第五話『鉄の関所と、翼の折れた逃亡者』
『屑鉄の都』を抜け、北の山脈へと続く街道を進むこと一日。
俺たちの目の前に、巨大な城壁のような建物が立ちはだかった。
大平原と北の山脈地帯を隔てる国境の砦――通称『鉄の関所』だ。
「……なんだ、あの行列は」
御者台から身を乗り出した俺は、思わず顔をしかめた。
関所の門前には、通行許可を待つ馬車や行商人たちが長蛇の列を作っていた。
普段なら通行税を払うだけの簡単な手続きで済むはずだが、今日は様子が違う。
「物々しい雰囲気ですね」
「ああ。衛兵だけじゃない。……あれを見ろ」
ガルムが顎でしゃくった先には、関所の門番の後ろに控える、純白の制服に身を包んだ一団がいた。
胸には天秤と剣をあしらった紋章。正典管理局の局員たちだ。
「なんで奴らがこんなところに……」
俺たちの馬車の前後に並ぶ行商人たちが、ひそひそと噂話をしているのが聞こえてくる。
「おい、聞いたか? 管理局が血眼になって『何か』を探してるらしいぞ」
「また『通行許可証』を持たない連中を狩り出ししてるらしいぜ。普段なら小銭を握らせれば見逃してくれるってのに、最近、法を盾に強引な尋問が増えてるって噂だ」
「勘弁してくれよ……おかげで半日も足止めだ」
どうやら、これまでは影でこっそりと動いていた管理局が、表立って強引な検問を行っているらしい。
大図書館都市での一件で市長派が力を持ち始めたことに焦りを感じて、なりふり構わず取り締まりを強化しているのか……。
いずれにせよ、あまり関わりたくない連中だ。
「……ん?」
不意に、ガルムが手綱を握る手を止め、眉をひそめた。
そして無言のまま、馬車の荷台――俺たちが『屑鉄の都』で買い込んだジャンクパーツの山のほうへと視線を向ける。
「どうした、ガルム」
「……ネズミが紛れ込んだようだ」
ガルムは低い声で告げると、御者台から身を乗り出し、荷台に積まれた木箱の隙間をのぞき込んだ。
「ひっ……!」
そこには、小さな影がうずくまっていた。
ボロボロの布切れをまとった、痩せ細った少年だ。背中には、折れて歪な形になった鳥の翼が生えている。
「……見逃して、ください……殺される……」
少年はガタガタと震えながら、かすれた声で懇願した。
その背中を見て、リンネアが息を呑む。
「……翔一さん。あの子の背中、翼があります」
「翼? ……獣人族ってことか? 空も飛べるのか?」
「鳥人族……獣人族の一種です。ですが、現代の彼らの翼は退化し、背中に痕跡程度の突起が残るだけなのが一般的です」
リンネアは声を潜め、少年の背中を見つめた。
「これほど見事な翼を持つなど、現代ではありえません。……間違いなく『先祖返り』です」
俺は舌打ちした。
関所で管理局が躍起になって探しているのは、十中八九この子のことだろう。
ここで突き出せば、俺たちは無事に通れる。だが、もしそうすれば、この子は間違いなく処分される。
俺の脳裏に、大図書館都市で待つ銀髪の少女の笑顔がよぎった。
「……チッ。厄介な拾い物をしちまったな」
「助けるのですね?」
「勘違いするな。俺は面倒ごとは御免だ。……だが、目の前でガキが震えてるのを見過ごすほど、落ちぶれちゃいねえよ」
俺は悪態をつきながら、荷台の奥にある木箱――魔道具の残骸が入った箱の中身をぶちまけ、スペースを作った。
「入れ。音を立てるなよ」
「あ……ありがとう、ございます……」
少年が箱の中に身を隠したのと同時に、行列が進んだ。
次はいよいよ、俺たちの番だ。
「おい、次! 止まれ!」
横柄な態度の検査官が、槍を突きつけて馬車を止めた。
その後ろでは、白い制服の管理局員たちが、冷ややかな視線を送ってくる。
「通行証を見せろ。……ふん、大図書館都市の商人か。荷台の中を改めるぞ」
「おや、困りますねぇ。私の荷物に触れるなど」
俺は馬車から降り立つと、わざとらしく大げさに肩をすくめた。
そして懐から、一枚の羊皮紙を取り出し、検査官の目の前に突きつけた。
それは、第二章で悪徳役人を追い詰めた際に手に入れた、市長の署名入りの書類――を、俺が勝手に書き換えた『委任状』だ。
「私は大図書館都市市長直轄の『特別監査官』、タナカ・ショウイチだ。現在、屑鉄の都から流出する違法魔道具の極秘ルートを調査している」
「な、なに……? 監査官……?」
「この荷物は重要な『証拠品』だ。ここで開けて封印を解けば、証拠能力が失われる。……貴様、その責任が取れるのか?」
俺は傲慢な官僚のような口調でまくし立てた。
検査官がたじろぐ。
「し、しかし……上からの命令で、全ての荷物を検査することになっておりまして……」
「あなたは、都市間通商条約第十八条をご存じですか?」
すかさずリンネアが進み出る。その所作は優雅で、威厳に満ちていた。
「私は盟約弁護士、リンネア・カエレスティスです」
「公務中の監査官に対する不当な職務妨害は、重大な条約違反にあたります。場合によっては、あなたの更迭だけでなく、この関所の管理責任も問われることになりますが?」
「そ、それは……」
さらにガルムが、無言のまま一歩前に出る。
百戦錬磨の傭兵が放つ殺気に、検査官は「ヒッ」と悲鳴を上げて後ずさった。
そのときだ。
後ろで様子を見ていた管理局員の一人が、すっと手を挙げた。
「……通せ」
「えっ? で、ですが……」
「書類に不備はない。盟約弁護士と市長直轄の監査官をこれ以上足止めすれば、外交問題になりかねん。行かせろ」
管理局員は、俺の顔をじっと見つめながら、淡々と言い放った。
意外なほどあっさりとした許可に、俺は一瞬拍子抜けしたが、すぐに表情を引き締めて一礼した。
「賢明な判断に感謝する。……行くぞ」
俺たちは馬車に乗り込み、関所を通過した。
門をくぐるさい、俺は背中に冷たい視線を感じた。
思わず振り返るが、管理局員たちはすでに俺たちのことなど忘れ、次の旅人を冷ややかな目で見下ろしていた。
……考えすぎか。
ただのハッタリが上手くいっただけのことだ。だが、どうにも嫌な汗が止まらねえ。
厄介な「荷物」を抱えているという負い目が、俺を臆病にさせているだけならいいんだが。
関所を抜けてしばらく走り、人目につかない林道に入ったところで、俺たちは馬車を止めた。
木箱から這い出した少年――アリルは、安堵と痛みに顔を歪めながら、深々と頭を下げた。
「助けてくれて……ありがとう。僕はアリル……」
「礼はいい。……それより、その翼をなんとかしないとな」
俺はアリルの折れた翼を見つめた。
北の山脈、そしてその先にあるエルディア。
旅の目的が、また一つ増えたようだ。
第六章 第五話 完




