表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/95

第四話『古戦場のハゲタカと、所有権の境界線』

 カレナ村を後にした俺たちは、獣人の男に教えられたとおり、古戦場の真っ只中を進んでいた。

 道なき道を進むこと半日。突如として、赤茶けた荒野の中に異様な光景が現れた。

「……なんだ、ありゃあ」

 目の前に広がっていたのは、鉄屑と瓦礫で作られた無骨な家々がひしめく、地図にない集落だった。

「……『屑鉄の都』か。話には聞いていたが、思ったより規模がでかいな」

 御者台で手綱を握るガルムが、低い声でつぶやいた。

「知っているのか?」

「ああ。この平原に眠る『過去の遺物』を掘り起こして生計を立てる発掘屋スカベンジャーたちが、勝手に作り上げた拠点だ。地図には載っていない無法地帯だが、珍しい魔道具が出回ることもある」

 なるほど、道理で荒々しい雰囲気なわけだ。

 煙突からは黒煙が上がり、ハンマーが金属を叩く音が絶え間なく響いている。

「活気があるというか……殺伐としていますね」

 御者台の隣で、リンネアが顔をしかめた。

 行き交う人々は皆、ツルハシやスコップを背負い、腰には剣や斧をぶら下げている。その目は一様に血走り、獲物を探すハゲタカのようだ。


 俺たちが街の中央広場に差し掛かったときだった。

「ふざけんじゃねえ! そこは俺たちの縄張りだ!」

「あぁン? 先に掘り当てたのはこっちだぞ! 文句があるなら力づくで奪ってみろ!」

 広場の中心で、二つの集団が一触即発の状態で怒鳴り合っていた。

 片や、泥だらけの作業着を着た男たち。もう一方は、少し小綺麗な革鎧を着た、用心棒風の集団だ。

 どうやら、新たに見つかった「何か」の所有権を巡って揉めているらしい。

 ヒートアップした一人が石を投げ、それが運悪く俺たちの馬車のほうへ飛んできた。

「危ない!」

 リンネアが叫ぶより早く、ガルムが動いた。

 御者台から飛び降りざま、飛来した拳大の石を素手でつかみ取る。

 そのまま着地し、石を投げた男の目前へ瞬時に肉薄した。

「……通行の邪魔だ。静かにしろ」

 ドスッ。

 ガルムの拳が男の腹にめり込む。男は声もなく崩れ落ちた。

 周囲の男たちが武器を抜こうとするが、ガルムは一切動じず、ただ鋭い眼光で彼らを射抜く。

 圧倒的な武力差。百戦錬磨の傭兵だけが放つ殺気に、荒くれ者たちは凍りついた。


「おいおい、俺たちは先を急いでるんだ。……これじゃあ、通るに通れねえな」

 場が静まり返った隙に、俺は馬車から降り立った。

 争いの中心にあるのは、道路のど真ん中が陥没してできた巨大な穴だ。

 のぞき込むと、地下へと続く石造りの階段が口を開けている。

 元々この街道の下に空洞があり、長年の通行の重みに耐えきれず、つい先ほど崩落したのだろう。隠されていた遺跡の入り口が、ぽっかりと姿を現していた。

「参ったな。この穴を埋めてもらわねえと、馬車が通れねえ」

 エルディアへ向かうには、この『屑鉄の都』を抜ける街道を行くのが最短ルートだ。

 ここを通れないとなると、一度大図書館都市まで戻り、山脈を大きく迂回する別の街道を使うしかない。そうなれば十日以上のロスは確実だ。

 ならば、この不毛な争いを手っ取り早く収め、奴らに穴を塞がせるほうが早い。

 それに――俺の『直感』がささやいている。これは金になる、と。

「面白そうじゃねえか。偶然開いた穴の底に、未知の遺跡への階段か……。男のロマンをそそるな」

「……翔一さん? 目が『金貨の形』になっていますよ。先を急ぐのではなかったのですか?」

 身を乗り出して穴をのぞき込む俺を、リンネアがジト目で睨んでいる。

 俺は慌てて咳払いを一つした。

「い、いや待て。俺が言いたいのは、こいつらの揉め事を解決してやれば、謝礼なり何なり『実入り』があるかもしれないってことだ。少しくらい遅れても、路銀の足しになれば結果オーライだろ?」

「はぁ……。あきれました。あなたという人は、転んでもただでは起きないというか……」

「褒め言葉として受け取っておくぜ」


 俺はニヤリと笑うと、あきれるリンネアを背に、争いの中心へと歩み出た。

「おい、お前ら! そんなに何が欲しいんだ? 金か? それとも名誉か?」

「……てめぇ、何者だ」

 用心棒グループのリーダーらしき男が、警戒しながら俺を睨む。

「俺はこの辺りの『地主』だ。この土地から出たモンは、全て俺の所有物だ!」

「はっ! 笑わせるな! ここは古戦場のど真ん中だぞ! 誰の土地でもねえ!」

 作業着の男たちも食って掛かる。

 泥沼だ。法も秩序もない場所での所有権争いほど、不毛で血なまぐさいものはない。


「……リンネア、あの入り口の文字、読めるか?」

 俺は遺跡の入り口にある、風化した石碑を指差した。

 リンネアは瓦礫の山を優雅に乗り越えると、古代語で刻まれた銘文を一瞥した。

「ええ。『都市国家第三種公的備蓄庫』……つまり、これは個人の所有物ではありません。かつてここに存在した国家の『公共財産』です」

「聞いたか? つまり、お前ら全員に所有権なんてねえんだよ」

 俺が肩をすくめると、自称地主の男が顔を真っ赤にして怒鳴った。

「うるせえ! 国家なんぞ何百年も前に消えてるんだよ! 今のルールじゃ、縄張りを張ったモン勝ちなんだよ! ここからあの岩までが、俺様の土地だ!」

 男は広場の端にある巨岩を指差した。

 どうやら、そこを境界線として主張しているらしい。


「ほう。……本当にそうか?」

 リンネアの目が、キラリと光った。

 彼女はツカツカと作業着の男たちに歩み寄ると、彼らが持っていた測量道具――三脚付きの経緯儀と、長い鋼巻尺を強引に借り受けた。

「翔一さん、手伝ってください」

「あ? なんで俺が……」

「いいから! その巻尺の端を持って、あの杭のところへ立っていてください! 一ミリも動いてはダメですよ!」

 有無を言わさぬ迫力に押され、俺はブツブツ言いながらも従うしかなかった。

 リンネアは慣れた手つきで経緯儀を設置し、レンズをのぞき込む。

 チュニックとズボンという実用的な旅装束に身を包んだエルフの美女が、泥臭い測量機材を完璧に使いこなす姿は、正直言ってシュールだった。

「……気温二十五度。鋼の膨張係数を補正して……角度よし」

 彼女はブツブツと計算し、地面に線を引いていく。

 基準点も登記簿もないこの荒野で、彼女は「動かない岩」や「古い遺跡の角」を三角点とし、数式だけで見えない境界線を可視化していく。


「出ました」

 数分後、リンネアはパンパンと手の埃を払い、自称地主の男に言い放った。

「あなたの主張する境界線は、あの岩を基準点とすると、ここから三メートルもズレています。それに、そのラインだと過去に発見された別の遺跡まで含まれてしまい、地形的に矛盾が生じます」

「な……っ!?」

「つまり、あなたは最近になって勝手に境界線を書き換えた。……違いますか?」

 数学的根拠と論理的矛盾を突きつけられ、男は言葉を失った。

 その完璧な仕事ぶりに、周囲の発掘屋たちからは「すげぇ……」「姐さん、何者だ?」と感嘆の声が漏れる。

「ふふん。私を口先だけの頭でっかちだと思っていたでしょう? これでも私、盟約弁護士一の現場主義なんです!」

 リンネアが得意げに鼻を膨らませて胸を張る。


 俺は苦笑しつつ、仕上げにかかった。

「さて、勝負あったな。……だが、俺は鬼じゃねえ。全員が得をする『契約』を提案してやる」

 俺は懐から羊皮紙を取り出し、即席の契約書を書きなぐった。

「この遺跡は誰のものでもない。だが、発見者には報酬を得る権利がある。作業着のあんたたちは『発掘作業』を請け負え。労働の対価として、発掘品の三割をやる」

「さ、三割……?」

「そして地主さん。あんたは『出資者』だ。機材と人員を提供し、現場を管理しろ。その代わり、利益の五割を持っていけ」

「ご、五割だと!?」

「残りの二割は、仲裁料として俺たちがもらう。……文句あるか?」

 俺はニヤリと笑った。

 殺し合いで消耗するより、協力して利益を分け合うほうが遥かにマシだ。

 彼らは顔を見合わせ、やがて渋々と、しかし納得した顔で頷いた。


 契約が成立した後、俺たちは発掘品の中から、旅に役立ちそうな保存食や魔道具の残骸を安値で買い取った。

 これで一件落着……と言いたいところだが、問題はまだ残っている。街道の真ん中に開いた大穴だ。

「これじゃあ、まだ馬車は通れねえな」

「埋め戻すには時間がかかりすぎる。……橋を架けるしかないだろう」

 ガルムが穴の縁に立ち、職人のような目で距離を測る。

 幸い、この街には鉄屑や廃材が山ほどある。頑丈な鉄骨を使えば、馬車が通れる簡易橋くらいは作れるはずだ。

「よし、材料を集めるぞ。……おい、そこの廃坑道に使ってる支柱を持ってこい!」

 ガルムの指示で、男たちが古い坑道から補強材を運び出してくる。

 だが、その様子を見たガルムの眉間に深いしわが刻まれた。

「なんだ、その組み方は。……よくこれで死人が出ねえな」

「あぁ? 何言ってんだ、毎週のように坑道崩れで死人が出てらぁ」

 男の一人が平然と言い放つ。

 ガルムは大きくため息をつくと、俺のほうを向いて肩をすくめた。

「……翔一。悪いが、少し時間をくれ」

「おいおい、まさか教育的指導か?」

「……知ってしまった以上、放っておけん。死ななくていい奴が死ぬのは、寝覚めが悪い」


 結局、俺たちはこの街で一泊することになった。

 ガルムは夜遅くまで、男たちに坑道の正しい補強方法や、安全な支柱の組み方を叩き込んだ。最初は面倒くさがっていた荒くれ者たちも、ガルムの実践的な技術と、命を守ろうとする真摯な姿勢に心を打たれ、次第に「兄貴!」と慕うようになっていった。


 翌朝。

 俺たちが宿を出ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

「へへッ、どうだ兄貴! 朝飯前によ!」

 昨日の大穴には、太い鉄骨と木の板で組まれた、立派な仮設橋が架けられていた。

 街の職人と発掘屋たちが総出で、夜通し作業してくれたらしい。

「……悪くない」

 ガルムが短く評価すると、男たちは子供のように歓声を上げた。

 彼らは我先にと駆け出し、馬車が通れるように周囲の瓦礫をどけ、誇らしげに道を開ける。

「へへッ、気をつけて行きな! 兄貴も、達者でな!」


 男たちの熱烈な見送りを受けながら、俺たちは橋を渡り、馬車を進めた。

 その光景を眺めていたリンネアが、あきれたように、けれどどこか楽しげにつぶやく。

「……無口だけど行動で信頼を築くガルムさんに、憎まれ口を叩きながらも、結局は誰も損をさせないように丸く収める翔一さん。……やり方は違いますけど、二人とも人を惹きつける天才ですね」

「いやいや、今回はお前らの腕と頭脳、そしてガルムの男気のおかげだ。……助かったぜ、現場主義の先生たち」

 俺が茶化すと、リンネアはまんざらでもなさそうに微笑み、ガルムはフンと鼻を鳴らして照れ隠しをした。

 荒野の真ん中で、俺たちのチームワークは確実に深まっていた。

 屑鉄の街の男たちに見送られ、俺たちは次なる難所――国境の関所へと馬車を進めた。


第六章 第四話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ