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第五話『併合審理の通達と、沈黙の証言者』

 翌朝。

 宿の食堂で、安物の『針葉茶しんばちゃ』をすする。

 葉が開ききってから摘まれた『ふけ』茶葉を煮出したもので、泥のように濁り、えぐみが強い。本当なら新芽の『はり』を味わいたいところだが、今の懐事情では贅沢は言えない。

 そんな俺たちの前に、場違いな来客が現れた。

 豪奢なベルベットのように見える外套をまとった、老年の紳士だ。

 胸元には、この都市の紋章である「開かれた本と鍵」の刺繍。

 正典管理局の制服とは違う。

「……あれは、市政庁の使いですね」

 隣でリンネアが小声で教えてくれた。

「……田中翔一殿、並びにリンネア・カエレスティス殿とお見受けする」

 紳士は恭しく一礼すると、一通の封書を差し出した。

 最高級の羊皮紙に、金色の封蝋。

「大図書館都市市長、ヴァルター・ローゼンベルク閣下からの親書です」

「市長……?」

 俺とリンネアは顔を見合わせた。

 昨日の今日で、都市のトップから直々に連絡が来るとは。

 俺は封を切り、中身を取り出したが、そこにはまたしてもミミズの這ったような文字が並んでいるだけだった。

 俺は黙って羊皮紙をリンネアに渡した。

 彼女は一瞥して目を見開き、震える声でその内容を読み上げた。


『正典管理局長エリアスによる「異端審問」の申し立て、および盟約弁護士リンネアによる「臨時公判」の宣言を受理した。

 双方の主張は相反するものであり、かつ対象となる客体ポポロが同一であることから、本職の権限においてこれを「併合」し、単一の法廷にて審理を行うものとする』


 そして、最後の一文。

『開廷は一週間後。裁判長は、盟約法第百八条第三項の規定に基づき、市長である私が務める』


「……へえ」

 俺は思わず口笛を吹いた。

 リンネアが横からのぞき込み、息を呑む。

「併合審理……! しかも、市長自らが裁判長を!?」

「どういうことだ? これは俺たちにとって良いのか悪いのか」

「……賭けです。一発勝負の」

 リンネアは厳しい顔で言った。

「もし別々に審理されていれば、異端審問で負けても、臨時公判で所有権を主張して粘ることができました。ですが、併合された以上、一度の判決ですべてが決まります。負ければ即座に、ポポロちゃんは『異端』として処分されるでしょう」

 なるほど、リスクは倍増か。

 だが、俺の見立ては少し違っていた。


「俺は、これを『助け舟』だと見るね」

「助け舟?」

「ああ。昨日のエリアスの口ぶりじゃ、奴は俺たちを疲弊させるために、わざと日程をぶつける気だった。だが市長はそれを一本化した」

 俺は羊皮紙を指先で弾いた。

「それに、『異端審問』ってのは本来、管理局の地下でひっそりとやるもんじゃないのか? 奴らにとって都合の悪い連中を、こっそり消すための」

「……ええ。おっしゃるとおりです。弁護人もつかず、密室で行われるのが通例です」

「だが、今回は『臨時公判』とセットだ。公判は公開が原則。つまり市長は、密室で行われるはずだった魔女狩りを、衆人環視の『公開法廷』に引きずり出したんだよ」

 俺はニヤリと笑った。

「この市長、相当なタヌキだぞ。管理局の独善的なやり方が気に入らないのか、それとも俺たちを使って何か企んでいるのか……。敵か味方かは分からんが、少なくとも『土俵』は公平になった」

 密室での出来レースじゃない。

 白日の下での殴り合いなら、俺たちの得意分野だ。


          ***


 部屋に戻ると、ポポロが目を覚ましていた。

「ポポロ!」

 駆け寄ると、ポポロはぼんやりとした瞳で俺を見た。

 熱は下がっているが、まだ顔色は白い。

「……ショーイチ……?」

「ああ、ここだ。気分はどうだ?」

「うん……だいじょうぶ。でも……」

 ポポロは視線を窓の外――黒くそびえる『黒い塔』のほうへと向けた。

「……呼んでるの」

「呼んでる?」

「うん。塔の下……深く、暗いところから。……すごく寂しい声が、ずっと泣いてるの」

 ポポロは自身の胸をぎゅっとつかんだ。

「その声を聞くと、胸が痛いよ。……助けてあげなきゃって、思うの」


 俺はリンネアを見た。

 彼女の顔から、血の気が引いていた。

「黒い塔の地下……? あそこの構造は、私たち外部の人間には一切知らされていません。ですが……まさかポポロちゃん、そこに隠された『何か』と感応している……?」

「それが『巫女』の力ってやつか」

「はい。ですが……」

 リンネアは声を潜めた。

「このことは、法廷では絶対に伏せましょう。もしポポロちゃんが本当に、地下の何かと交信できるなら……管理局は全力であの子を排除しにかかります」

「……どういうことだ? 『異端』だからか?」

「いいえ。もっと政治的な理由です」

 リンネアは悲しげに目を伏せた。

「かつて『代弁士』たちは、竜人族に認められた法の番人でした。彼らは公平で、決して権力におもねらなかった。だからこそ、当時の王族や貴族たちに疎まれたのです」

 不正を許さない正義の味方は、腐敗した権力者にとって邪魔でしかない。

 どこの世界でも同じ構図だ。

「彼らは謀反の罪を着せられ、粛清されました。正典管理局とは、そうした『支配者にとって不都合な歴史』を封印し、管理するための装置なんでしょう。もしポポロちゃんが、竜人の遺産レガシーに触れる力を持っているとしたら……それは彼らにとって、体制を揺るがす最大の脅威です」


 なるほどな。

 宗教的な狂信かと思っていたが、もっとドロドロした権力闘争か。

 それなら話は早い。

「だったら尚更、ポポロが『ただの子供』であることを証明しなきゃならん」

 俺はポポロの頭をなでた。

「あいつらが恐れている『竜の権威』なんて関係ない。ポポロは俺の大事な従業員で、ただの魔素中毒エーテル・トキシックの患者だ。……それを客観的に証明してくれる人間が必要だな」

「証明……? 誰か心当たりが?」

「ああ。一人だけいる」

 俺は立ち上がった。

「昨日の医者だ」


          ***


 生体保存局、第三研究室。

 受付では「キース主任は多忙のため面会謝絶」と門前払いを食らったが、俺たちは構わずに奥へと進んだ。「患者の命に関わる緊急事態だ」と叫び、警備員がたじろいだ隙に強行突破したのだ。

 薬品の臭いが充満する部屋に入ると、その男は顕微鏡をのぞき込んでいた。


「……面会できないと言ったはずだが」

 ドクター・キース。

 この生体保存局を取り仕切る『上級保存官シニア・キュレーター』だ。

 普段は生体資料の保存管理を行っているが、医師の資格も持ち、こうした急患の対応もこなすスペシャリストだと、受付のネームプレートには書いてあった。

 俺たちが部屋に入っても、彼は顔を上げようともしない。


「待たせたな。あんたが診た患者ポポロの件で話がある」

「あの『検体』か。管理局が持っていっただろう。私に言っても無駄だ」

「検体じゃない、患者だ。しかも、あんたの患者だろ」

 俺は机の上のカルテを指差した。

「あんた、昨日の処置室でイラついてただろ。エリアスがポポロを『サンプル』呼ばわりして、治療を中断させたとき」

 キースの手が止まった。

「……君は、私に何の要件で来たのかね?」

「一週間後の裁判で証言してほしい。ポポロは『悪魔』でも『異端』でもなく、ただの『魔素中毒患者』だと」

 キースは鼻で笑った。

「断る。私は政治には関わらない主義だ。それに、管理局に逆らえば研究予算を削られる。リスクを冒すメリットがない」

「メリットならある。あんたのプライドだ」

 俺は一歩踏み出した。

「あんたは優秀な医者だ。ポポロの症状を一目で見抜き、適切な処置をしようとした。……それを、医学の素人が『異端だ』と決めつけ、あんたの診断を否定したんだぞ?」

「……」

「エリアスは、科学を自分の都合のいいようにねじ曲げている。あんたはそれを許せるのか? 自分の診断しごとが、政治の道具にされるのを黙って見ているのか?」


 キースがゆっくりと顔を上げた。

 その目には、冷たい怒りの色が宿っていた。

「……あの男は、いつもそうだ」

 キースは吐き捨てるように言った。

「私の報告書を書き換え、都合の良いデータだけを抜き取る。『正典』にそぐわない事実は、存在しないものとして扱う。……科学者として、反吐が出る」

「なら、法廷で真実を話してくれ。あんたが見たままの事実を」


 長い沈黙があった。

 やがて、キースは引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。

 ポポロの検査データだ。

「……あの子の魔素パターンは異常だ。通常の獣人の許容値を遥かに超えている。だが、それは決して『悪魔』の証左ではない。特異体質による過剰摂取オーバードーズだ」

 キースは俺を睨んだ。

「いいだろう。証言台に立ってやる。私の診断が正しいことを、あの能無しの官僚どもに分からせてやる」

「恩に着る」

「礼はいらん。その代わり……」

 キースはニヤリと笑った。それは、マッドサイエンティストの笑みだった。

「裁判が終わったら、あの子の経過観察データを私に独占させろ。あんな興味深い症例、滅多にないからな」

「……手荒なことはしないと約束するならな」

 俺は苦笑して、その手を握り返した。


          ***


 帰り道。

 夕暮れの空に、黒い塔が不気味なシルエットを落としていた。

「……すごいです、翔一。まさか、あのキース先生を説得してしまうなんて」

 リンネアが感嘆の声を漏らす。

「敵の敵は味方ってやつさ。それに、専門家プロってのは、自分の領分を土足で踏み荒らされるのを一番嫌うもんだ」

「ふふっ、翔一らしいですね」

 リンネアは笑ったが、すぐにその表情を曇らせた。

「でも……もしポポロちゃんが本当に、世界を揺るがすような『何か』だとしたら……私たちは、とんでもないパンドラの箱を開けようとしているのかもしれません」


 黒い塔の地下。

 そこに眠る何かが、ポポロを呼んでいる。

 その真実は、今回の裁判で明らかになるかもしれないし、あるいはもっと深い闇へ繋がっているのかもしれない。

 俺はリンネアの頭をポンと叩いた。

「そのときはそのときだ。今は『あいつは俺の従業員で、ただの子供だ』ってことだけを証明する。……それ以外の真実は、俺たちが守り抜くしかない」

「……はい!」

 俺たちは覚悟を決め、黒い塔を見上げた。

 一週間後の決戦に向け、舞台は整った。


(第四章 第五話 完)

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