第三話『禁じられた検索と、隔離病棟の異変』
翌朝。
俺たちはポポロを抱え、大通りを走っていた。
宿の女将に教わった「生体保存局」を目指して。
「ポポロ、聞こえるか? もう少しだぞ!」
「うぅ……ショーイチ……あつい……」
俺の腕の中で、ポポロは高熱にうなされていた。
小さな体は火のように熱い。
意識は朦朧としており、時折苦しそうに呼吸を荒げる。
「急ぎましょう、翔一! あそこです!」
リンネアが指差した先には、他の塔とは趣の異なる、無機質な白い建物があった。
看板には「生体保存局・外来受付」と書かれている。
病院というよりは、研究所のような冷たい雰囲気だった。
***
「……魔素中毒ですね」
診察室で、医師は事務的に告げた。
白衣ではなく、技師のような灰色の作業着を着た男だ。患者を診る目というより、故障した機械を見るような目でポポロを観察している。
「この都市の魔素濃度に、生体機能が過剰反応を起こしています。特に獣人の先祖返りは環境適応能力が高すぎるため、毒素として排出するのではなく、無理に取り込もうとして回路が焼き切れるのです」
「な、治るんですか?」
「処置は可能です。壁に『吸魔石』を埋め込んだ特別室に隔離して、体内の余剰魔素を外部へ吸い出します」
医師は淡々と言った。
とりあえず、命に別状はないようだ。俺は安堵の息を吐いた。
「ただし、処置中は面会謝絶です。夕方までここで待機するか、出直してきてください」
「……分かりました。お願いします」
ポポロはストレッチャーに乗せられ、奥の処置室へと運ばれていく。
すれ違いざま、ポポロが薄く目を開けた。
「……いって、らっしゃい……ショーイチ……」
「ああ。すぐ戻るからな。いい子にしてろよ」
俺はポポロの熱い額をなでた。
ポポロは弱々しく、しかし安心したように微笑み、そのまま処置室の扉の向こうへと消えていった。
「……行きましょう、翔一」
リンネアが俺の肩に手を置いた。
「ポポロちゃんのためにも、私たちが立ち止まっているわけにはいきません。今日こそ、『本丸』を突き止めましょう」
「ああ、そうだな」
俺は拳を握りしめた。
こんな街、用事を済ませてさっさとオサラバだ。
***
俺たちは再び『行政・法学区』の目録塔へと向かった。
昨日は外堀を埋める調査に終始したが、今日は違う。
真正面から、「代弁士」そのものを検索する。
目録塔の検索台。
リンネアは迷いなく、巨大な引き出しの列へと進んだ。
この世界の文字は、こちらの「五十音順」にあたる「竜文字順」で並べられているらしい。
当然、俺には記号の羅列にしか見えないが、リンネアは流れるように指先を滑らせていく。
「……ありました」
リンネアの声が低く響いた。
俺ものぞき込む。
そこには確かに『代弁士』という項目があった。
だが――。
「なんだ、これ……」
書架番号が記されているべき欄には、禍々しい赤インクでスタンプが押されていた。
『分類:異端 状態:閲覧対象外』
「……『ない』のではなく、『見せない』ということですね」
リンネアが忌々しげにつぶやく。
「おい、どういうことだ? 『異端』って……ただの古い資格なんだろ? 弁護士の前身とか言ってたじゃないか」
「ええ。制度上は廃止されておらず、今でも取得可能な『生きた資格』のはずです。単に時代遅れで、忘れ去られただけの……。ですが……」
リンネアは赤いスタンプを睨みつけた。
「これは、存在そのものを『教義に反する』として封印する処置です。まるで、代弁士という概念そのものを、歴史から抹消しようとしているような……」
やはり、ただ事ではない。
一般人の目には触れさせないよう、厳重に鍵がかけられている。
俺たちはカウンターへ向かった。
出てきたのは、昨日とは別の若い司書だった。
「すみません。この資料を閲覧したいのですが」
司書はカードを受け取ると、一瞥して無表情に突き返した。
「閲覧できません。当該項目は『異端』指定されており、一般開示は不可能です」
「なぜですか? これは本来、正規の資格であるはず……」
「理由は存じ上げません。そこに書いてあるとおりです。それ以上でも以下でもありません」
取り付く島もない。まるで機械のような返答だった。
リンネアが食い下がるようにカウンターへ身を乗り出す。
「納得いきません! 正当な理由もなく知識を封鎖するなど、図書館都市の理念に反します! 責任者を呼んでください!」
「お客様、館内ではお静かに」
司書は表情一つ変えず、冷ややかに告げた。
「これ以上騒がれるようでしたら、業務妨害として衛兵を呼びますが? 『異端』に関わる騒ぎとなれば、ただの拘束では済まないかもしれませんが」
司書の手が、カウンターの下に隠された『衛兵直通の引き鎖』へと伸びた。
これ以上は危険だ。
俺はリンネアの腕を引いた。
「……行こう、リンネア。ここでは無理だ」
「くっ……」
リンネアは悔しげに司書を睨みつけたが、やがて短く息を吐いて背を向けた。
正規の手順では、絶対にたどり着けない。
そのことが確定した瞬間だった。
***
夕暮れ時。
結局、その日は何の成果も得られないまま、俺たちは生体保存局へ戻った。
重い足取りで受付へ向かう。
だが、ロビーに入った瞬間、異様な空気が肌を刺した。
「おい、どうなってるんだ?」
非常事態を告げる早鐘が激しく打ち鳴らされ、院内は騒然としていた。
技師や職員たちが、血相を変えて走り回っていた。
「第三処置室、魔素濃度上昇! 制御できません!」
「拘束具を増やせ! サンプルが暴走しているぞ!」
第三処置室。
それは、ポポロが運び込まれた部屋だ。
「ポポロ!」
俺は弾かれたように走り出した。
職員の制止を振り切り、廊下を駆ける。
処置室の前には人だかりができていたが、俺はそれを強引にかき分けてドアを開けた。
「ポポロ!」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
分厚い鉛ガラスの向こう、部屋の中央にある石造りの処置台。
その上で、ポポロが宙に浮いていた。
いや、浮いているだけではない。全身から眩い黄金色の光を放ち、周囲の空間を震わせている。
「……■■■……■■■■■……」
ポポロの口から、聞いたことのない言葉が紡がれていた。
それは言葉というより、歌のように美しく、そして雷のように力強い旋律だった。
意味は分からない。
だが、その声を聞いた瞬間、俺の肌が粟立った。本能が「畏敬」を感じている。
「これは……『竜語』……!?」
隣でリンネアが絶句した。
「まさか、ポポロちゃん……覚醒しかけているのですか?」
「覚醒?」
「古代の巫女だけが使えたという、始祖竜との対話言語です! 知るはずのない言葉を……無意識に!」
「ちょっと待て。巫女って……ポポロは男だぞ?」
俺は思わず口を挟んだ。
リンネアがあきれたように口を開きかけた、そのときだった。
背後から、パン、パン、と乾いた拍手の音が響いた。
「素晴らしい。まさかこんな場所で、失われた『巫女』の資質にお目にかかれるとは」
振り返った俺の横で、リンネアが息を呑む気配がした。
視線の先には、一人のエルフの男が立っている。
銀髪を几帳面に撫で付け、神経質そうな薄い唇を歪めた男。俺には見おぼえがないが、その身なりは明らかに高位の役人のそれだ。
だが、リンネアの反応は尋常ではなかった。
その表情が、一瞬にして凍りつく。軽蔑と、隠しきれない嫌悪。普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど、全身から敵意が立ち上っている。
俺の知らない、深い因縁がある相手なのか。
男の背後には、武装した衛兵たちが槍の穂先をこちらに向けて整列している。
「……エリアス。なぜ、あなたがここにいるのです」
リンネアが低い声で問い詰める。
エリアスは薄く笑い、肩をすくめた。
「異常な魔素反応を検知したのでね。来てみれば……案の定だ」
「そうではありません! なぜ、あなたがこの都市に……あなたがなぜ、兵を従えてここにいるのかと聞いているのです!」
リンネアの声が荒らぐ。
彼女は知らなかったのだ。この男が、この都市の中枢にいることを。
だが、エリアスは彼女の動揺を楽しむように無視し、光り輝くポポロを見上げた。
「許容量を超えた魔素の暴走……危険な状態だが、それ以上に稀有なサンプルだ」
「なんだと?」
「失われた巫女の資質。これは大図書館都市が管理すべき『生きた資料』だ。よって、『希少種保護法』に基づき、正典管理局が『重要生体資料』として接収・保管する」
エリアスが指を鳴らすと、衛兵たちが処置台を取り囲んだ。
保護なんて言葉は建前だ。あれは「捕獲」だ。
「ふざけるな! 資料だなんて……人をモノみたいに言うんじゃねえ!」
俺は前に出ようとした。
だが、衛兵の穂先が一斉に俺に向けられる。
「抵抗は勧めませんよ。公務執行妨害で、あなた方まで収容所送りになります」
「くっ……!」
「それに、今のあなたたちにこの子を救う手立てはない。我々の施設なら、適切な『管理』が可能です」
エリアスは勝ち誇ったように言った。
魔封じの拘束衣を着せられ、鉄の檻に入れられたポポロが搬出されていく。
光の中で眠るポポロは、何も気づいていない。
嘲笑を残し、エリアスたちは去っていった。
残されたのは、静まり返った無機質な部屋と、何もできなかった俺たちだけだった。
(第四章 第三話 完)




