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第七話『沈黙の鉄槌と、干上がった鱗の盟約』

 ククルカ村での契約を終えた俺たちは、そのまま馬車を走らせた。

 だが、向かう先は領主の館ではない。

 隣接するドワーフの村、およびさらに下流にある蜥蜴人リザードマンの集落だ。

 ムロック村長を案内役に、俺たちはこの不毛な水不足の被害者たちを訪ねて回ることにしたのだ。

「戦わずして勝つ」ための、外堀を埋める作業である。


          ***


 最初に訪れたのは、鉱山のふもとにあるドワーフの村だった。

 本来なら、村中に槌音が響き、煙突からは黒煙が上がっているはずの場所だ。

 だが、今は墓場のように静まり返っている。

 炉の火は消え、痩せ細ったドワーフたちが、埃を被った金床の前で座り込んでいた。

「……ひでぇもんだろ」

 出迎えた村長のトルバルドは、自嘲気味に笑って俺たちを工房へ通した。

 髭は伸び放題で、自慢の筋肉もげっそりと落ちている。

「水がねぇんだ。鍛冶には大量の『冷却水』がいる。焼き入れのためだけじゃねぇ、水車を回してふいごを動かすのにも水がいる」

 トルバルドは、乾いた水路を指さした。底にはひび割れた泥がこびりついているだけだ。

「水がなきゃ鉄は打てん。鉄が打てなきゃ金は入らん。金がなきゃ……あの馬鹿高い水利税は払えねぇ」

「地獄の悪循環ですね」

 俺が言うと、トルバルドは重く頷いた。

「ああ。仕方なく、少し残った貯水で農具の修理だけはしてるが……それも時間の問題だ。このままじゃ、村ごと干からびるのを待つしかねぇ」

 絶望に塗りつぶされた言葉。だが、俺はそこに「交渉の糸口」を見つけた。

「トルバルドさん。あんたたちが作ってる武器や農具、どこに卸してる?」

「あ? そりゃあ、近隣の農村と……あとは領主の館だ。ガバリエ男爵の私兵団が使う剣や鎧は、全部うちの村で作ってる」

 俺は思わず口元を緩めた。

「なるほど。領主は、自分の兵隊が使う剣を、お前たちに作らせているわけか」

「……それがどうした?」

「いや。後で面白い話ができると思ってな」


          ***


 次に訪れたのは、さらに下流にある湿地帯だ。ここには蜥蜴人リザードマンたちの漁村があるはずだった。

 しかし、目の前に広がっていたのは「湿地」ではない。干上がった泥の原野だ。

「……酷い」

 リンネアが絶句する。

 かつては水に満ちていただろう場所が、今は無惨な姿を晒している。魚の死骸が腐敗臭を放ち、ハエがたかっていた。

「お前たちが、ムロックの言っていた『代理人』か……」

 集会所らしき粗末な小屋から、族長のサハギンが現れた。

 彼の肌は白く粉を吹き、所々ひび割れて血が滲んでいる。蜥蜴人にとって、湿気のない環境は拷問に等しい。

「見ての通りだ。水門を閉められてから、川の水位が下がり続けている。魚は獲れず、子供たちは皮膚病で倒れた」

 サハギンはれた声で言った。

「我々の特産品は『干し魚』だ。だが、魚が獲れねば作りようがない。……今度の徴税日までに規定量を納められなければ、罰金刑だと通達が来た」

「魚がないのに、干し魚を出せと?」

「ああ。……我らを見殺しにする気だ」

 ポポロが悲しげに、乾いた地面を見つめている。ここもまた、搾取の限界を超えている。

「その干し魚、領主は何に使ってるんだ?」

「……私兵団の『保存食レーション』だ。安くて日持ちするから、兵糧として重宝されている」

 剣に鎧、および食料。すべてのピースが揃った。


          ***


 一時間後。ククルカ村の集会場に、三種族の長が集まっていた。

 ムロック、トルバルド、サハギン。彼らの表情に共通しているのは「諦め」だ。

「……無理だ。領主様に逆らえば、兵を差し向けられて皆殺しにされる」

 トルバルドが弱音を吐く。サハギンも無言で頷いた。彼らは「力」に怯えている。領主という権力と、私兵団という武力に。

「逆だ」

 俺は短く言い放った。三人の視線が集まる。

「お前たちが怯えている『領主の兵隊』。そいつらが着てる鎧は誰が作った?」

「……俺たちだ」

「そいつらが食ってる飯は?」

「……我らだ」

「そいつらが着てる下着や服は?」

「……うちの村の綿じゃな」

 俺はテーブルに両手をつき、彼らの顔を覗き込んだ。

「お前たちが納品を止めたら、どうなる?」

 シン、と場が静まり返る。

「武器のメンテができない。腹を満たす食料もない。着る服もない。……裸で、腹を空かせた兵隊に、戦争ができると思うか?」

 トルバルドが、ハッとしたように目を見開いた。

「……おい。まさか、あんた……」

「そうだ。戦う必要なんてない。ただ『何もしない(ストライキ)』だけでいい。それが、今のあんたたちにできる最強の攻撃だ」

 パラダイムシフト。視点を変えれば、弱者は強者の「生命線」を握っていることになる。

「……へっ、俺たちが作った剣で脅されてたなんて、笑い話にもなんねぇな」

 トルバルドが口の端を歪めて笑った。その目に、鍛冶屋としての熱が戻る。

「我らの乾きを、奴らにも味わわせてやるか」

 サハギンが、鋭い爪でテーブルを軽く叩いた。


「リンネア先生」

「はい。準備はできています」

 リンネアが三通の羊皮紙を広げた。『物流停止に関する相互協定書』。

 どの村も、単独で動けば潰される。だが、三村が同時に供給を絶てば、領主軍は機能不全に陥る。これは「共倒れ」を防ぐための、運命共同体の契約だ。

 三人の長は、それぞれの覚悟を込めて署名(拇印)を押した。

「これで包囲網は完成だ」

 俺は協定書を丸め、懐に収めた。

「あとは、本丸に『通告』しに行くだけだ。……行くぞ、あんたたちの未来を取り戻しにな」


 集会場を出ると、各村から集まった男たちが立っていた。武器は持っていない。だが、その瞳には、もはや怯えの色はなかった。

 俺たちは三人の村長を馬車に乗せ、夕日に染まる道を走り出した。

 向かうは、川の上流。ガバリエ男爵の館へ。

 さあ、悪徳領主殿。お前の自慢の兵隊が、ただのカカシになる瞬間を見せてやる。


(第三章 第七話 完)

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