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第十九話『禁忌の証明』

 リンネアの命懸けの契約により、翔一は再び戦場に立つ権利を得た。

 彼は、証拠品テーブルの前へ進み出る。そこには「トラバサミ」と「キツネの死体」があった。


 翔一は、無造作にトラバサミを掴み上げると、兵士に放り投げた。

「おい、ちょっとこれを開いてセットしてみてくれ」

 兵士は顔を真っ赤にして、ようやく「カチリ」と金具を固定した。


「見ての通りだ。大人の兵士でも一苦労だ。これを、あそこに座っている見た目五、六歳の子供ポポロが、一人で森まで運び、涼しい顔でセットしたと? 物理的に無理がある」


 ギデオンは鼻で笑った。

「勉強不足だな。獣人は人間とは筋繊維の密度が違う。彼らにとって、その程度のバネを開くのは人間が本のページをめくるのと大差ない。疑うなら、一度彼らと腕相撲でもしてみるといい」


 (……チッ。身体能力で攻めるのは悪手か)

 翔一は舌打ちした。やはりこの世界ファンタジーの身体常識は、こちらの物理法則とは違うらしい。


「なるほど。腕力の話じゃ埒が明かねえか」

 翔一はあっさりと罠を捨てた。

 そして、もう一つの証拠品――血にまみれた「キツネの死体」を掴み上げた。


 その瞬間、証人待機席にいたポポロが、ビクリと肩を震わせた。


「じゃあ、こっちはどうだ?」

 翔一は死骸を掲げた。「これはキツネだ。……そして、あいつは『狐』の獣人だ」


 彼はリンネアに視線を送った。

「先生。教えてくれ。獣人族にとって、自分の『原種』はどういう存在だ?」


 リンネアは凛とした声で答えた。

「……『家族』であり『祖霊』です。獣人族は、自らの原種を神聖視しています。彼らが原種を狩ったり食べたりすることは絶対にありません。それは『親殺し』と同義の、最も忌むべきタブーです」


 法廷がざわめく。だが、ギデオンではなく、証言台の兵士たちが鼻で笑った。

「はん。だからなんだ? 獣なんて腹が減れば共食いだってするだろうよ。奴らの高尚な文化なんぞ、俺たちが知るかよ」


 その、あまりに傲慢な差別発言。

 翔一は、その言葉を待っていた。


「……今、言ったな? 『知るかよ』と」

 翔一の目が鋭く光った。


「異議あり!」

 ギデオンが素早く立ち上がる。「兵士の個人的な見解は本件と無関係だ。被告人は、精神論ではなく客観的な証拠を示すべきだ」


「客観的証拠なら、ここにある」

 翔一は、床に転がった「トラバサミ」を蹴飛ばした。ガシャン、と金属音が響く。


「この罠を見ろ。獲物の足を食いちぎり、骨を砕く、殺傷用の罠だ。

 もし、ポポロがこの森で狩りをするとして、『自分の同胞キツネがいる』と分かっている場所で、こんな無差別な凶器を使うと思うか?

 もし間違ってキツネがかかれば、殺してしまう。だから、獣人たちは狩りをするとき、誤って同胞を傷つけないよう、『生け捕り用の檻』や『縄』を使うのが常識なんじゃないのか?」


 リンネアが頷く。「そうです! 獣人族の猟師は、決してトラバサミを使いません!」


 翔一は兵士たちを指差した。

「犯人は『キツネの命なんてどうでもいいと思っている奴』だ。

 お前らは、獣人の文化を知ろうともしなかった。だから平気でトラバサミを証拠として捏造したんだ」


「くっ……!」

 兵士たちが動揺する。だが、まだ決定打ではない。


 翔一は畳み掛けた。手元のキツネの死体を、まるで検死官のように弄ぶ。

「さらに言えば、このキツネの死因だ。……首の骨がへし折られている」


 彼はギデオンを見据えた。

「検察官。あんたなら分かるはずだ。トラバサミに足を挟まれた動物が、暴れて自分の首をへし折るなんてことがあるか?」


「……可能性はゼロではない」


「いいや、ゼロだ」

 翔一は断言した。

「見てみろ。頸椎が『背中側』へ向かって不自然に折れ曲がっている。

 これは、罠にかかって暴れた傷じゃない。

 ……何者かが、背後から覆いかぶさり、強い力で首を逆に捻り上げた『絞殺』の痕跡だ!」


 法廷が静まり返る。翔一は兵士たちに詰め寄った。


「ポポロがやったのか? 自分の親兄弟を、自分の手で?

 ……違うな。罠にかかったキツネを、お前らが『証拠品』にするために殺したんだ」


 証人待機席で、ポポロが泣き出した。

「ううっ……痛そうだったから……外してあげようとしたの……! でも、兵隊さんが来て……!」


 子供の叫びが、真実の最後のピースを埋める。

 翔一は一喝した。

「それを、お前らは後ろから襲って捕まえた! そして、自分たちの手柄にするために、その瀕死のキツネの首をへし折って殺し、証拠を捏造した!

 さっき言ったな? 『獣の文化など知るか』と。その無知と傲慢さが、お前らの墓穴を掘ったんだよ!」


 勝負あり。

 誰の目にも、兵士たちの嘘は明白だった。


「……なるほど」

 冷ややかな声が響いた。

 ギデオンだ。


 彼は、慌てふためく兵士たちを、汚物でも見るような目で見下ろしていた。

 (……使えんゴミ共め。無知ゆえに、ここまで完璧に論理を突き崩されるとはな)


 ギデオンの片眼鏡が、鋭く光を放ち、翔一を捉える。

 (この男……タナカと言ったか。ただの口先だけの男ではない。こちらの些細な綻びを、瞬時に致命傷へと変える嗅覚。……危険だ)


 彼は瞬時に計算した。

 このまま兵士を庇い、裁判を続ければ、検察の威信そのものが傷つく。

 ならば――切るしかない。腐った肉を切り落とすように。


 ギデオンは、静かに手を挙げた。

「裁判長」


「は、はい!?」


「検察側は、提出証拠の一部――即ち『獣の死骸』について、捜査官による重大な不正の疑いがあることを認める」


「え……?」

 兵士たちが絶望的な顔でギデオンを見る。「かっ、閣下!?」


「我々は、不完全な正義を許さない。よって、検察側は本件の公訴を取り下げる」

 ギデオンは、翔一に向かって、ほんのわずかに――誰にも気づかれないほど微かに、口の端を吊り上げた。

 『今回はお前の勝ちだ。だが、貸しにしておくぞ』とでも言うように。


「……賢明な判断だ」

 翔一もまた、微かに笑ってそれを受け止めた。


 カーン!

 閉廷の音が、乾いた空気を震わせた。


「被告人タナカ・ショウイチ、およびリンネアに対する審理を終了し、退廷を許可する!

 また、参考人ポポロについても、喚問を終了し、即時解放せよ!

 ……これにて、閉廷!」


「逃げるのか!」

 市民の怒号の中、ギデオンは優雅に一礼すると、翔一の方を見向きもしないまま、さっさと法廷を後にしてしまった。


 翔一は、拳を握りしめたまま、その背中を睨みつけた。

 (……汚え手使いやがって)


「……ポポロ!」

 特別証言台の柵が開かれ、ポポロが飛び出してきた。

「うわあああん! リンネア姉ちゃん、怖かったよぉ……!」

 リンネアは涙を流して、震える小さな背中を抱きしめた。


 翔一は大きく息を吐き、凝り固まっていた肩を回した。

「ま、いいか。……一番の目的(ポポロの奪還)は果たしたんだ」


 三人は裁判所の外へと出た。夕暮れの茜色が、石畳の広場を染め上げている。


 翔一は、無言で振り返った。

 背後にそびえ立つ裁判所。その二階のテラス。

 そこに、男が立っていた。ギデオンだ。


 彼は手すりに手を置き、無表情でこちらを見下ろしていた。

 距離にして数十メートル。目が合う。

 だが、片眼鏡の奥にある瞳は、怒りも悔しさも映していない。

 ただ、路傍の石を見るような、絶対的な「無関心」。


 (……今回は見逃してやる。だが、次は踏み潰す)


 声なき宣告。

 ギデオンは、ゆっくりと背を向け、闇へと消えていった。


「……ハッ。あそこが特等席ってわけか」

 翔一は、震える拳をポケットに隠し、自分に言い聞かせるように笑った。

 見上げなければならない屈辱。それが、今の自分の立ち位置だ。


「なぁ、リンネア」

「……はい?」

 翔一は尋ねた。

「あんたが持ってるその『星付き』……正式には『盟約弁護士』だったか。その資格、俺が取るにはどうすればいい?」


 リンネアは首を振った。

「……無理です。弁護士には三つの階級があります。『種族法務士』、『広域弁護士』、そして最高位の『盟約弁護士』。

 『星付き』になるには、中央の学院で十年の法学課程を修め、有力貴族の推薦を得て、五年に一度の国家試験に合格しなければなれません」


「十年のお勉強に、貴族のコネか。……やってられねえな」

 翔一は鼻で笑った。

 そんな悠長な階段を上っていては、その前にギデオンに踏み潰される。奴と同じ土俵に立つには、あまりに時間が足りない。


「じゃあ……さっき法廷でハッタリに使った、『代弁人』ってのはどうだ?」


 リンネアの顔色が変わった。

「なっ……! 正気ですか!? あれは、もっと無理です!

 『代弁人』になるには、大陸のどこかにあると言われる『竜の聖域』へ行き、竜人族の審判を受けなければなりません。

 ですが、それは法知識の試験ではありません。『魂の色』を問われる試練です」


 彼女は翔一の胸を指差した。

「あなたのやり方は、あまりに危うい。『勝てばいい』……そんなあなたの魂を、高潔な竜人族が認めるはずがありません。最悪、試練の炎に焼かれて死にします」


「死ぬ、か」


 翔一は、空を見上げた。

 正規の道は閉ざされている。裏道は、死ぬほど険しい。

 なら、答えは一つだ。


「……面白えじゃねえか」

「え?」


 翔一は、ニヤリと笑った。

 その顔には、法廷で見せた悪徳弁護士の仮面ではなく、未知の冒険に挑む少年のごとき無謀な輝きがあった。


「コネも時間もねえ俺には、それ(ショートカット)しかねえだろ。

 それに……清廉潔白な正義の味方ヒーローしか通さないなんて、そんな石頭なトカゲなら、俺が論破してやるよ」


「ろ、論破って……相手は神話の存在ですよ!?」


 翔一は歩き出した.

 足取りは軽い。目指す先は、見下ろされる場所ではない。あいつらよりも高い場所だ。


「行くぞ、リンネア。

 まずは祝杯だ。そのあと、その『竜の聖域』への地図を書きな。

 ……俺が、この世界の『法』になってやる」


 呆気にとられていたリンネアだが、やがて諦めたように、しかしどこか嬉しそうにため息をついた。

「……本当に、どうしようもない人ですね」

 彼女はポポロの手を引き、その背中を追いかけた。


 夕日が、三人の影を長く伸ばしていた。

 悪徳弁護士と、堅物エルフと、獣人の子供。

 奇妙な一行の、本当の旅がここから始まる。


(第一章『異世界法廷』 完)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

これにて「第1章 異世界法廷編」、完結となります。


文字の読めない翔一と、堅物エルフのリンネア。

凸凹な二人の反撃は、ここからが本番です。


12月22日(月)からは【第2章】がスタートします!

舞台は街へ。いよいよ旅の資金と装備を集める「悪徳の準備」が始まります。

ポポロとの関係も大きく変わっていきますので、ぜひお楽しみに!


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