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第十八話『代弁人の覚醒』

 「……証人は退廷! 次の証拠を!」

 兵士長が引きずり出され、法廷の空気は翔一たちに傾いていた。

 だが、ギデオンは眉一つ動かしていなかった。


 「……愚かな民衆だ。たかが一つのほころびで、真実を見失うとは」


 廷吏が、重そうな麻袋を運んでくる。ギデオンがその口を解き、中身を証拠品テーブルの上にぶちまけた。

 ドサリ、という鈍い音。

 そこに転がっていたのは、錆びついた「トラバサミ」。

 および――無残に首の骨を折られ、血にまみれて息絶えた、一匹の「キツネ」の死体だった。


 「ひっ……!」

 悲鳴が上がる。


 「兵士長の証言が混乱していたことは認めよう。だが、『モノ』は嘘をつかない」

 ギデオンは杖で死骸を指した。

 「これは、被告人らが確保していた獣人の子供ポポロが所持していたものだ。あの一見無垢に見える獣のガキは、この罠を使い、か弱い動物を捕らえ、および惨殺した」


 ギデオンは強調する。

 「見よ、この無慈悲な手口を。食べるためですらない。ただの殺戮を楽しむかのような、野蛮な所業。……これが『害獣』でなくて何だというのだ?」


 「なんて酷い……」「やはり獣人は野蛮だ」

 死体の視覚的インパクトによって、天秤は再び暴力的に検察側へと傾く。

 翔一は眉をひそめた。


 (……キツネ、か。おい、なんかおかしくねえか?)


 翔一の中にある違和感のアンテナが警鐘を鳴らす。だが、まだ確証はない。

 ギデオンは、ここで次の一手を打った。

 彼は、まるで事務的な確認事項のように、裁判長に向き直った。


 「ところで、裁判長。一つ確認させていただきたい」

 ギデオンの冷たい視線が、翔一を射抜く。

 「先ほどの人定質問で、そこの被告人は、自らの職業を『無職』と答えましたな?」


 裁判長が頷く。「うむ。確かにそう記録されている」


 「ならば、これは看過できない『越権行為』だ」

 ギデオンの声が、鋭く法廷に響いた。

 「先ほどは、君の拙い『弁護ごっこ』を、慈悲を持って黙認してやったが……それもここまでだ。彼は先ほどから、まるで弁護人のように証人を尋問し、異議を申し立てている。だが、この神聖な法廷において、弁護士資格ライセンスを持たぬ素人が、法的な手続きに介入することは許されない。被告人が許されているのは『陳述』のみ。証人への『尋問』は、資格者の特権だ」


 それは、翔一にとって最も痛い「事実」だった。

 論理の矛盾ではない。ルールの壁。

 冒頭で「無職」と名乗ったその言葉が、今になって首を絞める縄となったのだ。


 ドワーフの裁判長が、ハッとしたように頷く。

 「た、確かに。事務官、彼に弁護士登録の記録はあるか?」

 「ありません。彼は無資格者です」


 「……ならば」

 裁判長がガベルを叩きつける。

 「無資格者による弁護活動(尋問行為)は、明白な『非弁行為ひべんこうい』にあたる! 被告人タナカ・ショウイチ! 貴様から『発言権』を剥奪する!」


 「……あ?」


 「以後、裁判官が許可した質問への回答(陳述)以外、一切の発言を禁ずる! これ以上、勝手な口を利けば、衛兵に命じてその口を物理的に塞ぐぞ!」


 ギデオンが冷ややかに笑う。

 「聞いたな、タナカ君。君はもう喋らなくていい。所詮は無職の素人だ。ただそこで、自分の有罪判決を聞いているといい」


 衛兵たちが翔一を取り囲み、槍の穂先を向ける。

 退廷ではない。だが、それは「死刑宣告」に等しい。翔一の最大の武器である「言葉ロジック」を封じられれば、残るのは無防備なリンネアとポポロだけだ。


 翔一は、舌打ちを呑み込み、椅子に深々と座り直した。

 ただ、隣で俯いているリンネアのほうをじっと見た。


 (……おい、優等生。これでいいのか?)


 彼の目は雄弁に語っていた。


 (俺の口を封じて、それで正義が守れるのかよ?)


 リンネアの肩が震える。怖い。相手は伝説の検察官。

 だが、彼女の脳裏に翔一の言葉が蘇る。『勝者こそが、法だ』。

 および、ポポロとの約束。『必ず迎えに来る』。


 リンネアは、震える手で胸元の『星付き』のバッジを握りしめた。

 その金属の冷たさが、彼女の魂に火をつけた。


 ガタッ!

 リンネアが立ち上がった。

 「――待ってください!!」


 悲鳴のような、しかし芯の通った声。

 彼女は衛兵の槍を押しのけ、翔一の前に立ちはだかった。

 「裁判長! 『古き盟約』第一章、第四条をご存じのはずです!」


 「……何の話だ?」


 「『全ての知的生命体は、自らの魂の言葉を預ける者を、自由に選ぶ権利を持つ』。……通称、『代弁人スポークスマン』の条項です!」


 法廷がざわめく。ギデオンが眉を動かす。

 「ほう。だが、代弁人になるには竜人族の聖域で『試練』を受けねばならん。この男にその資格はない」


 「ええ、ありません!」

 リンネアは即答した。

「ですから、私は『古き盟約・特例条項』を行使します!」


 彼女は叫んだ。

 「私は、被告人タナカ・ショウイチを、私の『臨時・代弁人』として指名します! 彼には資格はありません。ですが、彼の言葉は私の言葉であり、彼の魂は私と共にあります! 彼から言葉を奪うことは、弁護人である私の言葉を奪うことと同義です!」


 彼女の声のトーンが下がる。静かな、後戻りできない決意の声。

 「もし彼が敗北し、この裁判に負けたならば。私の『星付き』の資格を剥奪し……いえ、私の魂も、彼と共に『真実の枷』で砕いて構いません!」


 法廷中が息を呑んだ。『星付き』が、その地位と命までも投げ出したのだ。

 翔一は、背中で彼女の震えを感じながら、口元を歪めた。


 (……おいおい, 優等生。俺の命は安くないが、お前の命はもっと高いぞ)


 沈黙を破ったのは、ギデオンだった。

 「ククク……。面白い」


 彼は裁判長に向き直る。

 「認めようではないか、裁判長。『星付き』がそこまで身を落として懇願するのだ。その覚悟に免じて、泥舟に乗ることを許してやろう」


 裁判長は渋々ガベルを叩いた。

 「……よかろう。ただし、彼の発言の全責任は、リンネア弁護士、貴殿が負うものとする」


 衛兵たちが離れていく。

 翔一は乱れた襟を直し、へたり込みそうになっているリンネアの肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

 「……よく言った、相棒。首の皮一枚繋がったな」


 リンネアは涙目のまま、しかし強気に言い返す。

 「勘違いしないでください。……あなたと心中するつもりはありません。勝つのです、絶対に」


 「ああ、分かってるよ」


 翔一は、再び法廷の中央へと進み出る。

 その目は、命を背負った「当事者」の目だ。

 彼はギデオンを見据え、テーブルの上の「キツネの死骸」を指した。

 「さて、延長戦だ, エリート様。さっき見せた、あの『汚いキツネの毛皮』について……じっくり話をしようか」


 翔一の中で、すべてのパズルが組み合わさろうとしていた。

 そこにある、決定的な「矛盾」に、彼は気づいていた。


(第一章 第十八話 完)

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