人となり
「ひなせは!?大丈夫なんですか!?」
俺は、彼女の肩を揺すって尋ねる。
一刻も早く、助けに行かなきゃ。
「大丈夫よ。一命は取り留めて、回復に向かってる。数週間後には、面会できるようになると思うわ。」
彼女は柔らかな笑みでそう答えた。
俺はその言葉にホッと胸を撫でおろす。
エレベーターの時々なる不気味な機械音が、妙に心臓を高鳴らせる。せまい空間に2人。こういうのは慣れない。
「あら?緊張しなくて大丈夫よ。」
「あの、俺どうなるんですかね?」
「どうもしないわよ。事が終わるまで、ここで過ごすだけよ。少し長い付き合いになるかも知れないけど、よろしくね。」
優しく微笑むその女性の姿に、少し物恥ずかしくなって俯く。すると、エレベーターが止まり、ドアが開いた。
「あれ?その子は?」
目の前に現れたのは、幼なげな俺と同じくらいか少し上くらいの年齢の女性。
「この間保護した子。しばらく見ることになったから。」
「こんにちは。君、名前はなんて言うの?」
「俺?俺は、ひびきって言います。」
「ひびきくんね。これからよろしく。」
すると、うしろから尻を軽くしばかれ、エレベーターを降りるように促される。
「閉まっちゃうわよ。行きましょ。」
「それじゃあ、栂野長官。失礼します。」
「はい。いってらっしゃい。」
エレベーターで入れ替わる形で、俺は廊下に出る。長い廊下だ。先が見えない。
「そう言えば、名前。言ってなかったわね。私は、栂野明子。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします。」
長い廊下を歩いていくと、段々と風の通りが出てきた。その風で髪が靡いて、少し目を瞑った。
「ついたわよ。」
俺は、その声に瞼を開ける。目の前の光景、一生忘れることはないだろう、その景色に俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「わあぁ。」
虹のかかるあまりに巨大な滝に、不思議な半円球のガラスの天井、太陽の光が広大な近未来的都市を照らし、人々が行き交っている。
「私の家、来る?」
「えっ、いや、その………」
「面食らってるようね。ここは、軍事専用都市。あまり知られていないけど、一部では結構人気なのよ。お金持ちとかにね。」
そう言って、ウィンクし人差し指をひらめかせる。
思わず、頬を赤くしたが、それを見られていたようで腕で肩に組まれて、引き寄せられる。
「緊張してんの?うりうり〜。」
めちゃくちゃな絡み方をしてくる栂野さんに俺はタジタジになる。あまり女性と接するのは得意ではない。緊張するから。
「それじゃあ、行きましょうか。」
「は、はい。」
俺は栂野さんについて行く。
再び近未来的都市や、自然の見られる滝を眺めながら、歩く。思えば、不思議な体験ばかりで現実感がない。全て夢だと言う方が100倍説得感がある。
「ここよ。」
栂野さんは服の中からパスキーを取り出して、かざした。すると、扉は自動開閉だったようで、スーッと開いて行く。
「さっ、行くわよ。」
俺がついて行くと、ビーッビーッと警報サイレンののような音が鳴り、びっくりした。
「あっ、しまった!登録してなかったかも!」
どうやらパスキーによる認証と、上部にある監視カメラによる認証の2段階だったらしい。
栂野さんはスマホを取り出して、連絡を取る。しばらくすると、OKサインが栂野さんから出たので、俺は入る。
「208だから、覚えておいてね。ほらこれ、あなたの鍵。」
「あ、ありがとうございます。」
俺は、鍵を受け取り、中に入る。
そこは、一般のマンションに入るのと変わらない。
玄関で靴を脱ぎ、手洗い場で手を洗い、リビングでとりあえずソファーに座らせてもらう。
「じゃあ、やりましょうか。」
そう言って彼女がテーブルの上に持ってきたのは将棋だった。
「相手がずっといなかったのよねぇ。いやぁ、助かるわぁ。」
彼女は腕が鳴ると言うように、腕を回す。
俺は彼女のやる気満々の趣味に付き合うことになった。
「よし!私の勝ち!」
「だぁー!!勝てねぇー!!!」
10連敗。小学校のときは敵なしだったんだけどな。
子どもの時から、親の影響でみんなやってたし、サッカー始める前はずっと将棋しかやってなかったから。あと、ちょっとゲーム。
「晩御飯作るから、待っててね。」
そう言って彼女は台所に向かって、エプロンをつける。俺は一息ついて、気になることを一通り聞いてみた。学校のことがどうなるかとか、親は心配してないのかとか、あの力は何なのか、とか。
「んー、そうね。学校は問題ないわ。国としてしっかり保障する。それでも、あなたの大切な青春の時間が奪われてしまうことは大変申し訳なく思ってるわ。本当にごめんなさい。」
俺は、いえいえと手を振る。
こういう非日常がないと、退屈で仕方なかったから、俺にとっては夢見心地な時間だ。ひなせとの時間以外、そんなにつまんなかったし。
「親御さんには、国が保護すること。あなたが事件に巻き込まれたこと。そして、あなたを狙う組織を完全に無力化した後、必ず息子さんをお返ししますと、そう伝えてある。不安になると思うけど、あなたは必ず私が、私たちが家族の元への送り届ける。念の為に、ご家族の方にも厳重警戒の警備が敷かれている。だから、安心して。あなたは、とにかく気にせずに何気ない日常を送って。気がついたら全部終わって必ず元通りの日常が帰ってくるわ。」
俺は、栂野さんの誠心誠意の答えに安心して、ソファーにくつろいだ。本当に、こうして気を抜くと、一気に体がダルくなって、疲れが溜まっていたんだなぁと実感する。いけない。眠くて、瞼が。
「何だ、ここは?」
暗い空間。目の前には、体長20メートルはあろうかという巨狼の神、フェンリルがいた。
『申し訳ない。何でもない普通の人間である、お前を巻き込んで、我々の戦争の代理としてしまったことを、心から詫びる。何か望みはあるか?」
俺は、フェンリルに向かって、言った。
「別に。何もいらないよ。ただ、安全に家族のもとに戻れれば、何も言うことはない。ただ、やっぱりひなせや、家族、大切な人たちを巻き込みそうになったのは、嫌だった。」
『………………』
フェンリルは少し考え込んだように俯くと、しばらくして頭を上げ俺の方に頭を差し出した。
『契約を破棄し、今すぐ終わらせることもできる。それが望みであれば、我の頭に手を置き、念じるといい。』
俺は、そんな簡単に終わるのかと驚きつつも、俺に契約を持ちかけた経緯を尋ねた。
『世界が危ないのだ。神々が結集し、立ち向かわなければならぬ事態に陥っている。』
そういうと、フェンリルは立ち上がり、向こうを見た。すると、そこには神話的な神々と悪魔の壮絶な戦いが映った。
『我は、過ちを犯し、封印された。神々は皆最後まで我を見捨てず、最後には殺すのではなく、封印という手段を使って、我を無力化した。長き時の中で我は己の過ちに気づき、そして、過ちを正そうとしてくれた皆に恩を返したいと思うようになった。そんな時、我の封印が解かれた。何でも、神々が束になっても勝てないような相手が現れたのだと聞いた。我は皆に恩を返すため、動き出した。』
映像が終わり、俺の方にフェンリルは向き直る。
『咄嗟とはいえ、契約を持ちかけてしまったこと、後悔している。我と契約を交わすということは、神々の戦争にお前を巻き込んでしまうということだ。一度狙われてしまえば、標的から外れるということは難しい。それでも、力を持ち戦線に送られるよりかは、マシなはずだ。』
俺はしばらく下を向き、考える。
正直、興奮した。あんな力を扱えるなんて、まるでテレビやゲームのヒーローになれてるみたいで、ワクワクした。それに、神々の戦い?に敗れれば、世界はどうなるのだろうか?
『世界は滅びる。人間界も、神界も、悪魔の手に堕ちる。』
ならば、俺がやることは一つだ。
「俺が、まとめて救ってやる。フェンリル。お前の力を貸してくれ。」
俺はそう言って手を差し出した。
フェンリルは驚いたように目を見開き、そして柔和な笑みを浮かべ、自ら跪いて、頭を差し出した。
『私の力の全てを、お前に授けよう。』
俺は、フェンリルの頭を撫でると、光が立ち登り、暗闇の世界を照らした。
「…………ひ……き、………ひび………ひびきくーん!」
「おわっ!?」
俺は起き上がる。
「ぶべっ!?」
栂野さんのおでこと俺のおでこがごっつんこした。
「あっ!栂野さん、大丈夫ですか?」
「いちち、大丈夫。ご飯、できたわよ。」
テーブルを見ると、豪勢な料理が並んでいた。
俺は思わず顔が綻ぶ。
「あ、ありがとうございます!!」
「どういたしまして。さぁ、食べましょう。」
椅子について、箸を手にしようとしたその時だった。
ガタガタと、地面が揺れ始める。
そして、
ドーン!!!と大きな地響きと共に、
サイレンが鳴った。
「来たわね。ごめん!ひびきくん!」
栂野さんは、部屋の壁を開けて、指差す。
「ここから、地下のシェルターに繋がってるから、急いで!」
「は、はい!」
俺は言われるがままに、シェルターに入る。
栂野さんは数秒で着替えて、家を飛び出す。
瞳が動揺し、瞼が渇く。
もし化け物が来たのなら、俺が行かなきゃ、
いけないんじゃないか?
そういった思考が頭を埋め尽くすが、
ともかく栂野さんのいう通り、シェルターの中に
入った。
俺は、何をすればいいのか、分からなかった。




