化物
「うぉーい!瀬都ー!」
学校の帰り道、1人で帰っていた瀬都ひなせに声を掛けるのは、同級生同クラスの桃田ひびき。
「ひびき。補習じゃなかったの?」
「抜けてきた!」
シシッと、白い歯を満面に出して、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「怒られるよ。」
「大丈夫だってー!俺推薦決まってるし!」
補習を受けるほどの落第を取ってなお、推薦で彼を取りたい大学は山ほどあった。それほどに彼が頭抜けた才能を持っていたからだ。
「運動神経いいだけじゃ、将来偉い人に騙されちゃうよー。」
「関係ねぇよ!この世で1番俺が偉いから、俺は誰の指図も受けねー。」
桃田ひびきは空を見上げる。
雲一つない晴れ空。将来に悩みなど何一つない。
自分は何でも乗り越えられると信じている。
何故なら、今までもそうだったし、これからもそうしていくつもりだからだ。
「少なくとも、僕はひびきが心配だよ。悩みがあったら、すぐに相談するんだ。君は抱え込むからね。」
「俺のことは俺が解決するからそれでいーんだよ。」
「そう言う問題じゃない。いつか、限界がくる。色んな意味で。」
「来ねーよ。心配しすぎだって。」
その時だった。
急に辺りが暗くなったと思ったら、瀬戸ひなせが倒れていた。口から血を流している。
「はっ?」
ズッ、と
鈍い音とともに己の体が吹っ飛ぶ。
コンクリートに数回叩きつけられて、呼吸ができない状態で、俺は顔を上げて前を見る。
そこにいたのは、黒い四角形の箱。箱からは黒い腕が這いずり出て、何かを掴もうとしている。あまりにも不気味で恐ろしいそれはどう考えたって、この地球上に存在するはずのない化け物だった。
「くっ……かはっ!?」
俺は無理やり立ち上がる。
そして、腹を抑えながら、目の前の化け物を睨み、頭をフル回転させる。
(考えろ。どうする。俺1人なら逃げりゃいいが、あの化け物の足元にはまだひなせがいる。)
考える間も無く、ゾロゾロと不気味な手が伸び、今にもひなせを掴まえようとしていた。
「やめろ!!」
俺は無我夢中に走り、その手に掴みかかる。手は、信じられない力で俺を振り払った。俺は数メートル飛ばされて、木に衝突し、再び息ができなくなる。
(ひなせ…………)
俺は薄れゆく意識の中、神に願った。
どうかひなせだけは、助けてください、と。
ひなせは、俺の命の恩人だ。そして、かけがえのない友人。絶対に渡さない。
『力が欲しいか』
突如、体の奥から波打ち、聞こえゆく声。
心臓が止まりそうなほど、汗が滴り目は揺れ動く。
本能が言っている。こいつに答えちゃいけない。
しかし、もう黒い手はひなせに迫る寸前。
躊躇している余裕はない。
「力を、くれ。」
そう言った瞬間、蒼い奔流が迸り、体には不思議な力が溢れた。そして、これから言うべき言葉も。
『burst』
その言葉と共に、黒い腕は破裂する。
耳を劈くような甲高い悲鳴が、辺りに響き渡る。
「うるさいな。」
俺は立ち上がる。
もはや、痛みなど感じない。
『raise』
俺が指を上にあげると、化け物は空高く打ち上がる。
『Fenrir』
俺がそう言うと、背後に黒い影が出現し、その中から巨大な狼の化物が現れ、箱を喰らい尽くした。
俺は口から滴る血を手で拭った。
背後に息遣いを感じる。間違いなく、俺はとんでもない相手と契約を交わした。
『Fenrir』
魔の獣。神を喰らい、縛られた幻獣。
今日から俺は、巻き込まれる。
未曾有の騒乱に。
「………ってことがあったんだけどよ。」
「ひびき。いよいよだね。これあげるよ。」
ひなせは自分が服用しているカプセルを渡した。
「いらねーよ!何が起こったって、最初のあの黒いので何となく想像つくだろ!」
「悪いけど、僕それ見てないんだよね。急に頭にガッときたと思ったら、そっから真っ白。」
「だぁー!!話進まねー!!!」
本当のことだってのに!!
俺は、とんでもねーことに巻き込まれてしまったのかもしれない。代わりに、親友も救えたし、俺の命も助かった。だから、まぁ、感謝してる。それはそれとして、非現実的な事象が、いまだに受け入れられないでいる。自分の頭ん中でパンクしそうで、すぐにでも誰かに打ち明けたくて………でも、こんなん誰が信じてくれんだよ。
「信じるよ。」
俺はハッと、ひなせのほうを向く。
「ひびきの言うことだからね。まぁ、間違ってたってひびきは天然だから、何か勘違いでしょ。」
俺は思わず肘で突いた。
「なんだよ。」
「さすが俺の親友。まじで。」
腕を肩に回して、引き寄せる。
「うわっ、あついよ。」
「あはははっ。帰りアイス買って帰ろーぜ!」
「あぁ、いいけど。」
小暗く地下に広大に広がる空間。
培養液の満たされたガラスの円柱に浮かぶ脳が、無数にそこにはあった。彼らは話し始める。
『予言の阻止に失敗しました。』
『むぅ。何としてでも阻止しなければならんかった。』
『このままではラグナロクの再来となる。』
『始まる。始まってしまう。世界の崩壊が。』
『各なる上は手段を選ばず、あの兵器を利用するしかありません。』
『いや、しかしあれは……やむを得ないか。』
『至急、配備せよ。多少の犠牲も厭わん。』
『世界救済の為だ。悪く思うなよ、若者よ。』
「あー、あちぃ。」
「タダでさえ夏でバカ暑いのに、くっつくからだろぉ。」
「アイス食べ切る前に溶けるわ。」
ひびきは、打撲痕、あの黒い箱に打ち付けられて黒くなった箇所を見つめる。
「なんだ?どうかしたのか?」
「いやさ、あの化け物にしばかれた所黒くなってっから、病院一回見に行っといた方がいいんじゃねぇかなって。」
「あぁ、確かに。少し痛むね。」
ひなせがおでこの黒ずんだ部分を触る。
「でも、大丈夫だよ。すぐ治まる。」
「俺は行っといた方がいいと思うぜ。頭打って、何ともないのに次の日目覚めることなく、何てこと聞いたことあるからな。」
「うーん、わかった。じゃあ、病院予約してみるよ。」
「うし!一安心!」
コンビニの手すりから、腰を上げて、携帯で予約を取ろうとしたその時、視界の端に何かが映った。視線を上に移す。
「はっ?」
「どうした?ひなせ………って、はぁ!?」
上空には数十を超える黒い箱が明らかにこちらに向かって、飛んできている。
「ひなせ!下がれ!!」
ひなせは下がろうとするが、地面に黒ずんだ空間が生じ、そこから腕が生えて彼を引きずり込もうとする。
「ひなせっ!!」
足を掴まれた彼は、体を捻りながら腕を掴み、黒い淵から引き摺り出しその正体を地面に叩きつけた。
「何度も同じのにやられるのは、癪なんでね。」
その正体は、ひとつ目の羽の生えた悪魔?
不気味な笑い声を浮かべ、牙を尖らせる。
『raise』
叩きつけられ、手を離した化け物を空へ打ち上げる。
「仲間割れしとけ!!」
そのまま化け物を空中の集団にぶつける。
すると、黒い悪魔は瞬く間に黒い箱から出てきた黒い腕に引きちぎられ、箱の中にその残骸が引き込まれる。そして、グシャグシャという生々しい音とともに血が滴った。
「こいつらは何なんだよ!?」
「おい!ひびき!お前、こいつら何とかなりそうか!?」
「あぁ!任せろ!」
「なら、僕は囮になる!その隙にこいつらまとめてやってくれ!」
「おう!わかった!無茶すんなよ!」
自然と分かる。与えられた力が、その意味が。
辺りにいる人達が気づいて、悲鳴を上げる。
ひなせが人のいない方に誘導する。
「いけそうか!?」
「おう!」
ひなせに引きつけられた化け物どもは、完全にごっちゃになってまとまってる!
『blast』!
黒い化物が爆ぜる。
ひなせは爆風を手を前に掲げて、防ぐ。
「おい!熱いぞ!もうちょっと何とかならないのか!?」
「これで限界だ!今はな!」
だが、慣れてきた。
この感じなら、この爆発を繋げて、一掃できる!
『blast』!!!
ひなせに向かって連なった化け物たちの列に沿うように、爆撃を走らせる。化け物たちは爆ぜて、消滅した。
「やり〜!!」
「やれやれ。あー、皆さん。ショーをご覧くださり、有難うございました!以上なります!それでは!」
ひなせが、周囲の人々を綺麗にまとめ、俺の手を引っ張ってその場を去る。
「お、おい!どこ行くんだ?」
「通報されるでしょ。あんな派手にやれば。トンズラこくんだよー。」
「そっか。確かにそうだな。」
何か俺も、妙に違和感なくやってるからそんな感じてなかったけど、他の知らねぇ人達からすれば、明らかに異常だもんな。
「ひびき、ストップ。」
ひなせが、俺の手を引っ張って、引き止める。
「うわっ!?何だよ!?」
ひなせは目の前を指差す。
「あれ、ヤバそうだよ。」
目の前に見えるのは、明らかに異質。
空気が変わる。黒い羽、人の体、貴族が身に付けるようなシルクの黒と白の布に覆われた体躯。
まるで神様に出会ったような、そんな感覚。
『ーーーーー』
瞬間、ひなせの胸が光に貫かれる。
「ひなせっ!!!!」
俺が、怒りで相手の方に振り向いた時には、強烈な破裂音とともに顔前は血に染まり、強烈な痛みと共に、目の前が真っ暗になり、俺の意識は遠くへ沈んだ。
「うぅん………あっ?」
俺は重くなった瞼をひらく。
「いててて………。」
体の痛みに耐えて、体を起こした。
見渡すとそこは、まるで終末世界の映画で見たような地下施設にある一室。薄緑の鉄壁に床は丁寧に床暖房だ。
「あったけぇ。」
ここが何処か分からないが、ひとまず助かったようだ。しかし、俺はすぐに友人であるひなせの姿が見えないことに気づく。あいつは重症なはず。
「ひなせっ!」
俺が声を出すと、それに反応するように扉が開いた。
「あら、お目覚めのようね。」
そこにいたのは、金髪ロングのハーフっぽい女性。軍服のような格好に、葉巻を口にしている。しかし、
「うっ……ケホケホッ!な、慣れないことはやるもんじゃないわね。」
どうも慣れていなかったようで、咳き込んで、後ろを向く。しばらく咳き込んだ後、コホンッ、とひと息つけて俺を見た。
「あ、あの、ここは………」
「いらっしゃい、ひびきくん。ここは、国の防衛軍事施設。あなたの身柄は我々が保護しました。」




