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4.嵐からは逃げきれない。それが嵐である


 朝は憂鬱だ。

 新しい一日とは、すなわち新しい絶望を意味する。


 ましてや本日は事件の翌日である。

 通称、演劇部勧誘事件。


 これは僕が昨夜名付けた。

 昨日のあれを、事件と呼ばずしてなんとしよう。

 

 神崎に言い負かされ、ひよりの強引さに押し切られ、僕はついに演劇部の入部届を提出してしまったのだ。


 提出時、担任教師は少し複雑そうな顔をしていた。

 曰く、あの部活オリエンテーションのプレゼンのせいで、演劇部は教師陣からの印象が最悪なのだと。


 当たり前の話だ。

 部活動の活発さを売り出す高校であんなことされたら、教師の立場からすればたまったもんじゃないだろう。


 来年にでも廃部にしてしまいましょうよ。惜しみなく協力します!


 さて、肝心の部活であるが。


 得体が知れぬ部に入ってしまったとは言え、一切の活動を強制しないという神崎の言質を既に得ている。

 これは、奇しくも僕が最も望んでいた形であった。

 安心安全。平穏を手にしたと言っても過言ではない。


「おはようネガ太郎! 今日も元気に死んだ魚の目をしているねー!」


 それはこの宇宙人の侵略を勘定に入れなければ、の話だが。

 ひより問題は、未だ解決していない。


「おはよう空原さん。死んだ魚は元気じゃないよ」


「たしかに! 真中くん頭良いね!」


 ひよりは昨日、校舎を出るまでもずっとこの調子だった。

 僕が少し言い返す度、やたら嬉しそうにころころと笑う。


 まぁ、とりわけこの人は林檎を英語でアップル、という話一つでも笑い転げそうな調子である。

 内容などなんでもいいのだろう。


「今日も放課後演劇部行くでしょ? 楽しみだね!」


 だから行かないんだって。

 本当に昨日の話を聞いていたのだろうか?


「また放課後ねー!」


 そして颯爽と場を後にするひより。

 まったくに、いちいち嵐のような人間である。


「お前、結局演劇部入ったのな」


 そしてそんな様子を楽しそうに眺める視線が、一つ。

 隣の席の風見大翔だった。


 大翔は昨日からやたら絡んでくる。

 僕と話したいというよりも、空原ひよりの奇怪さを面白がっているような様子だけど。


「あぁ……うん。演劇部の部長もパソコン部は地獄って言ってたから」


「あ、やっぱそうなん? パソコン部ってもっと大人しいイメージだったけど、珍しいよな」


 ほんとにね。僕としては大人しくあってほしかった。


「でもそっか、演劇部にしたんだ。まぁよかったんじゃない? そっちの方が楽しそうだし」


 大翔は文字通り他人事のように言ってのけた。


 確かに、傍から眺める分には楽しそうという感想もわかる。

 部長はちょっときざで変だし、空原ひよりの明るさも異常だ。


 しかし実際に関わるとなれば話は別なのだ。他人事でなくなってしまう。


「はは……まぁ、部長も幽霊部員でいいって言ってたから、あまり部活には行かないかも」


「そうなんだ。まぁそれでもいんじゃない? 俺は部活なんてやりたい奴だけやればいいと思ってる派だし」


 さすが社交性お化けである。

 僕の消極的な発言も「まぁそれでもいんじゃない?」なんて軽口一つで浄化してしまった。


「ところでさ」


 そんな懐の広さを見せつけておきながら、なんでもないことのように大翔は続ける。


「ネガ太郎ってなに?」


 それは僕が聞きたい。




 ***




「さあ真中くん! 演劇部に行こう!」


 放課後になると、当然のようにひよりが現れ、勢いのまま僕の腕を引く。

 この状況だってもう慣れたものである。


 最初こそひよりの行動そのものに戸惑い、そして会話の成立のしなさに怯えていた。

 だがその噛み合わなさの原因の一端が「神崎の仕業だった」という解答を得た上で、来るとわかっているのならば怖くない。


「あのね、私昨日見つけちゃったんだ! 真中くんにぴったりの演劇! 部長が部室に持ち込んだモニター使っていいらしいから、このあと一緒に見ようよ!」


 未知でなければ対策できるし、地球人ならば対話ができる。

 それさえわかれば十分だった。


「あの……。ごめん、空原さん」


 既に言葉は用意してある。

 あとはそれを並べるだけの作業。


 ここまで来れば、僕は落ち着いて対応することができるのだ。


「放課後は忙しくて、あまり部活には行けないんだ。たまに顔を出すつもりだから、その時は声をかけるよ」


 そして、これは明確な拒絶だった。

 誘われても応じられない、行くときは「こちらから」声をかける。


 今後ひよりが僕に声をかける必要も、動機も、これで同時に失われた。


「ぇ……」


 ほんの一瞬だけ、ひよりの表情が固まった気がした。


「……あー、うん、そっかー! それなら仕方ない!」


 だがそれも束の間。

 ひよりはすぐに調子を取り戻すと、僕の腕を掴む手を離した。


「でも放課後空いたら一緒に行こうね! 約束だよ!」


 そうして身を翻すと、にこにこといつも通りの笑顔で手を振ってから教室を出て行った。


 ……なんだったのだろう、今の間は。


 なんだか、ゲームの選択肢で間違った択を取り、村人に糾弾されるテロップが流れた時のような。

 なんとも気持ちの悪い居たたまれなさを感じながらも、気のせいだろうと言い聞かせ、僕も静かに教室を後にした。




 ***




 放課後の一幕後、なんだか後味の悪さを感じながらも、これで僕は本当の平和を手に入れたのだと確信し祝杯を挙げた。

 午後の紅茶、それもレモンティーを片手に映画を嗜む。こんなに素敵な夜があってよいのだろうか?


 よいのだ。だって僕は自由なのだから!


 入学してから今までのように、登校する度ひよりの襲撃に怯える必要はもうないのだ。

 たまに痺れを切らして話しかけてくる可能性は否定できないが、それもいずれ時間の無駄だと悟るだろう。


 完全解決ではないが、後は時間が解決してくれるところまで状況は進んだ。

 これで僕の平和は守られたのだ。




 ――そのはずだった。




 それが一体どうしてこうなっているのだろうか。


「おっはよーう! 真中くん! ねえ、今日こそ演劇部に行こうよ!」


 おい全然伝わってないじゃないかどうなってんだこの人は!


 そう、あまりにも自然、あまりにも当然のこととばかりに、ひよりは朝から僕を部活へと誘ってのけたのだ。

 呆然とする僕と、お構いなしに突き進むひより。


 結局、以前と同じ構図だった。


 多分、いやこれはもう確定的だ。

 ひよりは宇宙人である。ついでに神崎も。


「今日は6限のホームルームもショートで終わるし、絶好の部活日和だよ! もう、燃えちゃうよね!」


 何なら暑苦しさがパワーアップしているような。

 ……一度倒すと復活して強くなるタイプのボス……?


「あの、空原さん、だから放課後は……」


「うん、一緒に部活だね!」


 ……もう勘弁してくれ。


 こうして、状況が振り出しに戻った絶望に天を仰ぐ。

 天井は去年張り替えられたとのことで非常に綺麗で、白く、まだ一切汚れていなかった。


 新たな憂鬱で胃が千切れそうだが、今朝までの胸のざわめきは、ひよりの煩さにかき消されたようだった。


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