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2.部活選びが今後の学校生活を左右するなど明白であるからして


 つつがなく自己紹介を終え、帰路につき、叔母と今日の出来事を話しながら夕食を共にする。

 平穏そのものというべき一日が終わり、あれだけ警戒していた昨日の入学式はただの通過点へと成り下がった。


 しかし油断することなかれ。

 入学から二日目、我々新入生一同はまたも大きな選択を強いられることとなる。


「じゃあ入部届の用紙を配るぞ。もう決まってる奴も、この後の部活オリエンテーションを見て、必ず部活体験参加後の提出が決まりだからなー」


 そう、部活である。


「俺らサッカー部で決まってるもんな」


「私は吹奏楽かなー。聞いた? ここ去年コンクールで結構いい賞取ったんだって!」


 中学からスポーツや音楽を継続する者や、


「私は美術部……絵好きだから」


 好きなことを明確に持っている者は良い。


「私は演劇部!」


 あと宇宙人も良い。


 問題は、僕のように中学の頃に帰宅部だった人間だ。

 何故なら――


「うちは部活強制参加だからな。家庭の都合等でどうしても部活ができない奴は別途申請が必要だから、その場合は相談するように」


 強制参加なのである。


 別途申請により免除されるので問答無用ではないといえど、保護者を巻き込んでの申請書が必要。

 正直言って部活参加不可能な理由などないし、捏造するにしても祖母にそんな偽造サインをさせるわけにはいかない。


 よって、僕は何かしらの部活に入る必要がある。


 そして更に深刻なのが――


(文芸部が消えている……)


 もちろん部活はリサーチ済だった。

 僕が最も自然に潜入し、そして幽霊として姿を消すに容易いと思われた部活が存在していたことも知っている。


 だがなんということでしょう。

 その肝心の文芸部が、本校の部活同一覧から姿を消しているではないか。


 これは由々しき事態だ。


「それじゃ、みんな体育館に向かうように」


 担任の声にそそくさと立ち上がり、群れの流れに沿って体育館に向かう。


 僕の心中は穏やかでなかった。

 頼みの綱だった文芸部が無いとなれば、代わりに隠れ蓑を探す必要がある。


 他の候補についてももちろん検討はしていたのだが――


『サッカー部では昨年度、県大会ベスト8でしたが、惜しくも全国大会へはいけませんでした。今年こそは、部員一丸となって全国への切符を掴みます!』


 運動部、論外。


『美術部では毎月、部員同士の作品発表の場が設けられておりますが、制作期間が長い作品や、作品コンクールの時期にはその限りではなく、あくまで個人の活動を大切に――』


 美術部、論外。


『茶道部では伝統を重んじ、地域貢献にも積極的に――』


 茶道部、論外。


『我がPC部では、パソコン検定やエクセル検定といった実用的なスキルの向上以外にも、AIを活用したプログラミングの開発や自作PCの組み立て等――』


 パソコン部、論外。


 そうなのだ。

 如何せん、部活動に対する取り組みの熱量がどこも異常に高い。


 パソコン部なんかは幽霊部員として参加できそうなものだが、ここではそうもいかないのは気合の入ったプレゼンからも一目瞭然だ。

 そして熱量のない文芸部は恐らく淘汰された。

 所詮世の中は弱肉強食ということである。


 その後も時にパフォーマンスを交え、時に丁寧な説明を添えて各部活の紹介が進められていく。

 僕が入れそうな部活など皆目見当も付かない程、全ての部活が熱心に活動を宣伝していく中。


『では、最後に演劇部よろしくお願いします』


 ついに最後の部活紹介となった。

 演劇部、と聞くとどうしてもあの宇宙人が脳裏を過ぎる。


『演劇部、部長の神崎悠だ。正直に言えば、我が部は部員数が足りなくて困っている。この際、幽霊部員であってもかまわないので部員を募集する。以上だ』


 言い残し、少しきざな先輩は颯爽とステージを後にした。場には静寂。

 当然、拍手が生まれるはずもなく。


 これはなかなかの衝撃であった。

 今まさに僕が最も求める部活PR、最も都合の良い紹介。


 それなのに僕の中の危険信号が鳴りやまない。


 空原ひよりの自己紹介と似た拒絶感が僕の胸を覆う。

 演劇部というのは、空気を読む気が無いこと、空気をぶち壊すことに抵抗のない人種しかいないのだろうか?


 だとしたら化け物の巣窟だ。絶対に近寄ってはいけない。


『え、えー……以上で部活オリエンテーションは終了となります! 部活動体験は各部本日から受け付けていますので、皆さん気軽に参加してくださいね!』


 一瞬、司会役の上級生も呆然としていたがすぐに調子を取り戻してうまくまとめていた。




 ***




 昼休み。

 入学式は午前で解散だったこともあり、これが学生生活初の昼休みである。


 午後はまたホームルームのみで、今後の学校生活の流れや注意事項なんかを説明されて終わるそうだ。


 さて、というわけでぼっちである。


 高校に学食は無く、購買ではパンや弁当が売られているが食べるのは主に教室。


 その為、教室の様子は概ね想像通り。

 既に仲の良い者同士はもちろん集まり、自然とグループ形成がされつつある人々も、よそよそしいがどこか安心感を抱いた様子で机を寄せている。


 そんな中、いそいそと祖母の弁当を広げて食事を取るぼっち、僕。

 一人で食事を取る者も今はちらほらといる為、現状そこまで浮いた存在でないのは救いか。

 とはいえ、食べ終わるとなかなかに暇である。


 僕は今後のエスケープゴート探しの旅に出た。



 昼休みが始まり15分程経った購買に人はまばらで、売れ残ったパンがちらほら。

 弁当は人気らしく、早めに買わないと結構売り切れているのかもしれない。


 窓から見る校庭にもそれなりの人。グラウンドには運動をしている人。


 遠くから聞こえるボールが跳ねる音は、体育館からだろう。

 昼にも活発な人種というのは案外多いらしい。


 そんな喧騒から逃げるように校舎の奥へ。

 あてどなく、廊下を歩く。


 美術部、茶道部、科学研究部。

 文科系の部室が多い区画は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静けさに包まれている。

 更に進み突き当りを右。まだ続く道の先。


 そこには我が愛しき文芸部跡地があった。


 文芸部員募集!の張り紙が虚しくも剝がれかけており、妙に哀愁を漂っているように感じて涙が出そうである。

 だが無いものは仕方ない。教室に戻ろうと踵を返し――


「やあ、演劇部に何か用かい?」


「はっ!?」


 敵襲か!?

 ではなく、午前中に衝撃的な部活紹介を行ったあの人――神崎悠が笑顔でそこにいた。


 蛇のように長くて細い身体と、吸い込まれそうなほど深い瞳。

 どことなく"舞台映え"しそうな雰囲気は、演技がかった口調のせいか、もしくはこの独特の風貌ゆえか――


「はい……? あ、えっと、演劇部?」


 神崎は僕の反応に一瞬首を傾げたが、ほんの数舜、僕の顔をじっと見、そして背の文芸部の張り紙に目を向けると得心がいったように頷いた。


「あぁ、用は文芸部だったかい? 文芸部は去年度で廃部になったからもうないよ。ここは演劇部の部室として譲り受けた」


「あぁ、そういう……」


 それなら納得である。

 廃部になった部室が他に当てがわれることも、当てがわれたのが演劇部で、この変な先輩がここに出没することも。


「特に用というわけではなかったんです。校舎をうろついてて。それだけなので――」


「ふむ。君のような人間はきっと演劇部向きだね」


 それでは失礼しますね、と僕が去るより先に神崎が言った。

 何を言ったかはよくわからない。多分僕の知らない言語だろう。


「いいや、日本語だよ。君も理解しているはずだ」


 え、僕今声に出してた?出してなくない?

 何この人。他人の心が読めるの?こわい。


「君がわかりやすいだけなのだけど。まぁ簡単な推測だし、そう悪い話ではないよ」


 僕の怯えなどお構いなしに神崎は続ける。


「文芸部を名残惜しそうに眺めていた君は幽霊部員としての行く宛を失い途方に暮れている。違うかな?」


 まぁ、そうである。

 こんなところで黄昏ていたら文芸部に入りたかった無気力人間と思われても仕方がない。


「はぁ、まぁ……」


 とは言え、馬鹿正直にそうですと答えて勧誘を受けても困る。

 幽霊部員としての立ち位置が担保されるのは魅力的だが、それにしてもこの人も、空原ひよりも、少し変わっている。

 関わってもろくなことが無さそうだ。恐ろしい。


「あぁ、勘違いしてくれないでくれたまえ。君に数合わせの幽霊部員になってほしいわけじゃないんだ」


 そんな僕の危惧を、この変人は斜め方向の回答でぶった切ってきた。


「君、口下手なのに目が泳いでいない。思考はやや落ち着いている証拠だ。この場をやり過ごす想定ルートは常に更新され続けているが、アウトプットが追い付いていないだけ。典型的な思考型、結構役者向きだよ、そういうの」


 僕の内心を見透かしたような発言に、少し背筋に冷たいものが走る。

 やはりこの人も宇宙人らしい。話せば話すほど、危険度が上がる。


「いや、はは……他に入る部活も考えてるので、それでは」


 そういった場合は非難が一番である。

 危険シミュレーションの基本その一、不審者とは速やかに距離を取りましょう。

 僕は意を決してこの場を離れることを決め、神崎に背を向ける。


「まぁ君とは少なくとも、もう一度必ず会うことになる。そしてこれだけは覚えておいてくれたまえ。我々は君を歓迎するよ」


 背後から聞こえる声は、やはりどこか演劇っぽいというか、まるで舞台の幕引きのようで不自然だった。



 先輩との会話という緊張感も相まって、なんだかどっと疲れた僕は足早に教室へと戻った。




 ***




 災難だった。

 そうとしか言いようがない。


 ふらりと散策した結果辿り着いただけの文芸部跡地が、新たに演劇部の部室となっていた。

 知っていたら寄り付かなかったし、そこで神崎に会うのも不幸としか言いようがない。


 やはり行動範囲の拡大は常に危険が付きまとう。

 昼休みに安寧の地を得る冒険も容易いものではないのだ。


「真中くん!」


 そして、更に災難だったのが。


「ねえ今日昼休みに演劇部の部室行ってたよね? 私挨拶しに行ったら真中君が出てくとこで驚いちゃった! 良かったら今日一緒に部活体験行こうよ!」


 それをこの怪物、空原ひよりに目撃されたことである。


「あー、えっとね」


「今日はねー、部長さんしかいないんだって。でも私はもう演劇部って決めてるから、さっさと体験行って入部届も出しちゃおうかなって」


 こともあろうに放課後になるや否や、僕の席に突撃しこの有様である。

 机に肘をついて顔を突き出してくる。あの。近い。顔は可愛い。いいにおいする。こわい。


 は。いけない。あまりの不測の事態に、脳みそがショートするところだった。


 周囲も恐らく未だに自己紹介以外で声も聞いたことが無い僕と、空原ひよりという異質のコンビに好奇の目を向けているはずだ。

 もっとも、空原ひよりはクラスで多少の変人扱いはされているが、空気を読まずに元気すぎるだけで、人柄も容姿も良い為に決して嫌われてはいない。


 空原ひよりが何故か演劇部の話題で陰キャに絡んでいる、程度の認識であろうから気にするほどのものではないか。


「あの……ごめん、演劇部に用があったわけじゃなくて。たまたま歩いてたら部長さんと会って、少し話をしてただけなんだ」


 ということなので落ち着いて、伝えねばならぬことを伝えた。

 しかし一息つく暇もなく、空原ひよりは続ける。


「そうなんだ! 部長さん面白いよね、喋り方変だし!」


 えっなんでどっかいかないの?

 演劇部に用があったわけではない、という一文だけで僕は会話が終了したつもりになっていた。

 何故この人はまだここで雑談を続けているのだろう。この先の展開を想像していなかったため言葉に詰まる。


「それじゃあいこっか! 演劇部!」


 駄目だやっぱりこの人宇宙人なんだ。

 会話が通じなそうだな、と思っていたけどやっぱり通じてない。


「いや、だから、僕は演劇部に行く予定はなくて」


「え、でも部長さんまたねって言ってたよね?」


 あれはあの人が勝手に言ってただけだ!

 頭を抱えたくなるが、なるべく穏便に済ます。これ以上の会話は周囲からの違和感も膨れ上がる。


「あー、そんなこと言ってたかも。でも今日は用事があるからもう帰らなきゃなんだ。また今度ね」


 言い終わるや否や、僕はリュックを抱えて立ち上がる。

 なるべく失礼ではないように、軽くお辞儀をして去る僕の背には。


「そっかー! じゃあまた明日ねー真中くん!」


 やはり飛びぬけて元気な声が降り注ぐ。


 今日はよく背に声を掛けられる日である。




 ***




 そして帰宅後。


 制服を脱いだ時、ブレザーのポケットに身に覚えのないペンと共に、メモ帳をちぎったような紙切れが入っていることに気付いた。


『なんてこった! そんなところにあったのか! それは"見ての通り僕の大事なペン"で、是非とも僕に直接返却をしに演劇部の部室まで来てくれたまえ。なんたって僕は君の名前さえ知らないんだ。僕から君に会いに行くのは困難だからね。 神崎悠』


 僕は思わず"見ての通り税込み110円で売っている至って普通のペン"をベッドに投げつけた。


 ……あの野郎、やりやがった。


 間違いなく、もう一度演劇部に招く為のトラップ。

 いつの間にこんなものを……? 


 あれが演劇家なのか宇宙人なのか、はたまたマジシャンなのか。

 謎が深まるばかりであることに頭を抱え、僕は一旦思考を放棄した。


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