16.仮面の喜劇性とガラスの悲劇性の相反
「いやいや、ついに恋が叶ったんですよ? これはめいっぱいに嬉しさを表現するべきです!」
「ふむ。そうは言ってもね、彼女はまだ男装を解いてすらいないのだ。心中は複雑で、声が震えるくらいの喜びと、同時に強い戸惑いを抱える演技が必要だよ」
「だからあ! そんな戸惑いを! 吹っ飛ばしちゃうのが恋なんですって!」
ある日の放課後、僕が部室にて『十二夜』を読み進めていたところだった。
ひよりはソファと本棚を行ったり来たり、お湯を沸かそうとしたりそれを流したり、やけに落ち着かない様子だった。
そして、僕が読み終わったと報告するや否や、飛び上がって「聞きましたか部長! 十二夜で稽古をやりましょう!」と叫んだ。
僕は呆然として成り行きを見守ったが、何の迷いもなく「じゃあラストシーンから!」と告げたひよりに腰を抜かしそうになった。
彼女はロマンチックな部分以外、全てが白紙に染められた本でも読んだのだろうか?
そして、当然のように神崎とひよりの口論が始まったわけである。
「――ま、それも悪くはないさ。これはあくまで喜劇、揺れる情緒を呑み込むような君の情熱的解釈も、劇の受け手として一つの正解だよ。だが、それは決して役者の姿勢ではないだろうね。……時に真中君。君はどう思うかな?」
流れ弾のように僕に向けられる神崎の問いに、僕は思考を巡らせる。
読み切ったばかりで上手く整理ができないけれど、整理が必要なものだとも思えなかった。
物語は要約すると、男装をした女を取り巻く恋のすれ違い、である。
その仮面が剥がれた時、誰もが幸せになるコメディの世界。
そんな世界に、本当に神崎の告げる“本物の揺らぎ”が、果たして必要なのか。
それこそ、――そうだ、美女と野獣で削がれた“現実的な心の動き”のように、演出意図としての添削は必要なのではないだろうか?
「……なんとなく、部長の言い分はわかりますけど、それを表現する必要はないのかもって、思いました」
考えながら吐いた言葉は、どちらかと言えばひよりを肯定する内容になってしまう。
ひよりは味方を得たと判断したのか、思いきりのしたり顔になって胸を張った。
神崎はそれを横目で捉えると困ったように笑い、それきり相手にせず僕に向き直った。
「もちろん、喜劇性としては小さい揺れ、細かい情緒、そういったものを排除する考えは悪くない。だが、重要なのはヴィオラがまだ男装を解いてすらいないという点だ。彼女は最後まで男装のまま、その仮面を今まさに脱ごうというところで幕が降りる。――つまり、本当の彼女を知る者は、誰もいないということなのさ」
僕は神崎の言葉が頭の中で反芻される。
確かに、ヴィオラは男装のまま幕を閉じる。彼女の女性としての本当の姿や発言が演じられることなく、世界は終わるのだ。
演じること――そう、これは演劇の話である。演技をした者の演技だ。
ヴィオラの演技を演じるというのなら、その演技性が前提にあって、彼女の心の機微を受け取ることが必要ならばこそ喜劇性と割り捨てずに――駄目だ、元は何の話だっただろうか?頭がこんがらがってきた。
「……よく、わかりません」
降参して素直にそう告げると、神崎はそれ以上追求してこようとはせず、呆気なく身を引いた。
「ま、そういう考え方もあるというだけさ。……だからそんな怖い顔をしないでくれたまえよ、空原君」
「いーや! 真中くんを部長陣営に引き入れようったってそうはいきませんからね! すぐ丸め込もうとするんだから! 真中くんは私が守ります!」
ひよりは怒ったような表情で神崎に詰め寄るが、それが本当に腹が立っての行動ではなく、ただじゃれ合いたいだけのように見えた。
思わず、その姿にヴィオラを重ねて見る。
彼女の演技は、人を笑顔にする。少なくとも、一貫してその姿勢であった。
ひよりがその演技を捨てる時、十二夜のように全てが丸く収まるのだろうか。
それはあまりにも都合の良すぎる、フィクションの幻想のように思えた。
その後もしばらく、十二夜の演技稽古と、二人の解釈論争が続いた。
***
帰宅後にリュックから一冊の本を取り出す。
それはいつしかひよりが僕に渡そうとし、神崎に奪い取られた『ガラスの動物園』という劇台本だった。
「ハムレットは依然として混線した戯曲だ。『ガラスの動物園』はその点、素直に読み込むことができるだろう――テストも近いことだし、そろそろ空原君にも怒られてしまいそうだからね」
とのことだった。
神崎の言う通りそろそろ期末テストの期間に突入するので、重い内容の本に挑むにはタイミングが悪かった。
最近は神崎の言う通りにばかり本を読んでいて癪だが、ひよりが渡そうとしたこの本には元々興味があったので、仕方なく受け入れたのである。
――というかそもそも、神崎が奪い取ったりしなければよかったのではないか?
と、上手く丸め込まれていた事実に気が付いたらがっくりと肩が落ちた。
……なんだか、いつも彼の掌の上のようである。
気を取り直して読んだ『ガラスの動物園』は、十二夜とは一転して悲しい話だった。
取り残された母と、ガラスのように繊細な娘と、夢を追う息子。
誰もが悪くないのに、誰もが傷付け合わずにはいられない心の連鎖は、現実の儚さに似ていた。
『これは悲劇的なのにどこか温かく、痛みを伴うのに優しい。うん、いい本だ』
神崎の述べた通り、悲しいのに、それでいて優しい雰囲気が漂う物語だった。
救いがなく、悲劇的。そう、悲劇であることは確かなのだ。
ロミオとジュリエットのようにわざとらしく人が息絶える結末ではないが、どこまでも現実を突き付けてくる。
――だからだろうか。
これをひよりが「読んでほしい」と渡してきたことにも何か意味がある、などと考えてしまうのは。
家庭内の不穏な均衡は、息子が耐えて繕い続けるでも、娘が一歩を踏み出すでも、母が全てを受け入れるでも――
誰かが犠牲になれば、全てが丸く収まるこの物語が、されど上手くいかなかったこの悲劇に優しさが漂うのは――
「……ばかばかしい」
僕は荒れ始めた思考と共に、本のページをそっと閉じた。表紙の黄色が、スタンドライトの光に当たる。
そもそも、ひよりは読んでもいない本を押し付けてくるような宇宙人なのだ。
意味を求める方がどうかしているし、考えるだけ無駄なのだ。これだってしっかり読んだかどうかすら怪しい。
だが、ひよりのことはさておき、まだ読み解けていない部分がきっとあるような、何か受け取るべきものがあるのだという確信があった。
それまで借りているくらいは許されるだろう、と言い訳をして、僕はそれを本棚の端に丁寧に差し込んだ。
『大切なガラス細工の動物が壊れた時、少女の心が砕けなかったのは――』
脳にこびりついて離れず、それでいて一向に答えの出ない問いかけ。
そんなガラスの残響を、振り払うように僕は眠りについた。




