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1.人生で最も最低な一日が始まる


 恐らく、今日は僕の人生で最も最低な一日になるだろう。

 それは何故か? 明白だ。


 本日より、僕は高校生になった。

 つまるところ、入学式である。


 僕には確信があった。

 クラスで孤立し、ぼっちとして地獄の3年間を生き延びる確信が。


 何故なら僕が通うのは駅まで徒歩10分。1度の乗り継ぎを経ること40分。そこからバスで15分という、凡そ近場とは言えない高校へ進学してしまったからである。

 ただでさえ友達が皆無な僕に、新天地での人間関係の構築などできるはずがない。


 完全アウェイ。敗退確定である。


「まぁ、どうせ近場の高校に進学しても変わらないだろうけど」


 ため息をひとつ。

 ネクタイを結び、ブレザーの襟を正す。




 ***




 祖母に挨拶をすると、僕は重い足を上げて家を出た。

 僕の心はこんなにも重いのに、皮肉にも空は快晴である。


 無心で電車を、バスを乗り継ぎ、ようやく辿り着いた僕の監獄。

 ここに3年間も囚われる僕、すごく可哀想。


 クラスの張り紙には出席番号と名前がずらりと並んでいた。

『4組 32番 真中透(まなかとおる)』――これが、今後の僕の立場らしい。


 教室まで移動すると、わかりやすく机には名字の札が置かれていた。

 指定された席に着き、じっと息を潜める。


 当然、同じ中学校から進学する同級生がほとんどいない以上、僕が誰にも話しかけられるようなことはない。

 せいぜいが隣に座る人が会釈をしてくる程度のもので、そこで愛想が良いものなら会話に発展することもあるのだろうが――もちろん僕には不可能、無縁である。


「おっ、誠也! 同クラだったのまじ安心したわ~」


 時折、中学からの知り合い同士が仲良さそうに話していたり、


「おはようございまーす! 今日も天気が良くてハッピーだねー!」


 最高に空気の読めない未確認生命体が登場していたが、大抵の人間が緊張感に包まれた教室ではそれ以上のことは起こりえない。



 その後、体育館へ促されて行われた入学式も滞りなく終了する。

 新入生の保護者が体育館の裏手の鉄パイプに座っているのを見て少し胸がざわついたり、新入生をじろじろと眺める上級生の視線に晒され動物園のパンダのような気分になったりしたが、概ね問題はなかった。


 そう、ここまでは。

 確かに想定していたより平和な一日だった。


 突如衝突した隕石により瓦礫に生き埋めになってもいなければ、テロリストに占拠もされていない。

 いきなり上級生に呼び出されて煙草を押し付けられてもいないし、担任が超体育会系のゴリラでもない。


 だが問題はここからである。


「えー、じゃあ次は皆に簡単な自己紹介をしてもらおうか」


 そう、ここまでは流れるプール。

 安全整備された水をただ流されるだけの浮き輪だった。


 しかしここで一筋の自我を求められる。

 人間社会とは時に無情だ。


「じゃあ、出席番号順で、相沢からよろしくな。名前と中学時代の部活、あとは趣味くらいでいいからな」


 若干緊張した様子で、出席番号順に自己紹介が進められていく。

 ここで重要なのは、担任が放った最低の一言。趣味である。


 例えばここで振られたのが好きな教科であったら、悩む必要はない。

 国数英社理、どれを取っても違和感がないのだが、趣味となると話は別だ。


 趣味とは千差万別なり。

 スポーツ、ゲーム、音楽鑑賞――何を提示するかによって人の印象は大きく変わる。

 ここが鬼門――しかし、そんなことは想定の範囲内。


 高機能AIにも相談し、当たり障りのない趣味として選んだ解――すなわち、「読書」である!


 あーちょっと暗い奴かな、程度に思われるのが丁度良い。

 関わると危険だと思われてもいけないが、関わりたいとも思われたくない。

 そんな僕に寄り添ってくれるのが「本」だった。


 いや実際読むしね。いつもありがとう、本。


 そんな当たり前すぎる結論を胸に、そわそわと自分の番を待つ。



 一瞬、空気が揺れた。


「はじめまして! 空原(そらはら)ひよりです!」


 破裂音みたいな声が教室に響く。


 それは先ほど元気すぎる挨拶で教室に侵入した宇宙人――もとい同級生の声だった。

 なるほど、こいつが犯人である。


「中学では演劇部でした! 最近ハマってるのは即興劇とゴールデンレトリバーの動画を見ることです!」


 それは明らかに異物だった。

 他の生徒も明らかに困惑した様子。


 見てみろ。前の席の曽我なんかは「そのテンションでいくのか……」とでも言いたげな顔だ。ひきつっている。

 恐らく僕も似たような顔をしていることだろう。


 だが空気感としては決して否定的ではなく――どちらかというと、そうだな、これこそパンダだ。

 檻の中の動物を見ているような感覚に近い。


 そんな空気をものともせずに彼女は続ける。


「みんなと仲良くしたいです! よろしくお願いします!」


 ぱちぱちと、誰の自己紹介の後にも起こる形式上の拍手が鳴る。


 僕は呆気に取られていた。

 自我を求めるとはいえ、半ば儀式に近いこの自己紹介の場でここまで自己を主張するのは、矛盾しているようだが異例だ。


 皆、流している。まだ流れるプールにいる。

 彼女だけ全力でスクロールをして見せた。


 少しの間、目が離せなかった。


 ストレートのミディアムヘアーに、大きな瞳とすっきり通った鼻。

 小さな口元は常に口角が上がり、にこにこと笑顔を作っている。


 人目を気にせず振る舞っても許される美人ではある。

 あるのだが――


 なんだか、気持ち悪いな。


 その顔に、僕は何故かほんの些細な嫌悪を抱いている気がした。


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