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兄弟:清算

〈白けつゝ天道蟲のサンバ聴く 涙次〉



【ⅰ】


 楳ノ谷汀の「カンテラ突撃取材」は、軒並み髙視聴率を稼ぎ、結果として、局側は、莫大な資金を彼女に投下、更なるカンテラ一味の内奥に迫るやう、命じてきた。

 そこで、楳ノ谷、『カンテラ一味の人びと』と題した特番のシリーズを企画、今までになく、一味のメンバーの心情奥深くまで分け入る、そんな試みを試してみた譯である。

 第一回は無論カンテラ。彼は今まで一般には秘めてゐた、鞍田文造に依る自らの製造、及び彼との確執、更には彼の情婦・日々木斎子との絡みについて迄、洗いざらいお茶の間にぶちまけた。これは、視聴者たちには衝撃的だつたやうで、またも視聴率を稼ぎ出し、楳ノ谷はほくほく顔。



【ⅱ】


 で、二番手に彼女がインタヴューしたのは、じろさん。じろさん巻頭言として、「あの時代、幸福の輝きに叛して、不幸がありきたりな時代だつたのです」と、いきなり重い言葉を吐いた。


 迅壱・じろさんの兄弟、兩親は借金苦に依る心中で亡くなつた。丁度、消費者金融と云ふものゝ黎明期で、過酷な取り立てに、じろさんたち兄弟を置いて、兩親は「死」を撰んだ(そんな私が、人の稼いだカネを扱ふ、大藏官僚になつたのは、運命の皮肉かねえ、とじろさん)。幼い兄弟は、親戚中を盥回しにされ、散々この世の裏面の苦しみを舐め盡くした。だから、心中と云ふ決着には、なんと云ふ自己滿足の道を二親は撰んだのだらう、と思つた。然し、兄弟に生きる、と云ふ選択肢を採らせたのには、感謝してゐるとも、じろさんは語つた。



【ⅲ】


 兄は、武者修行中、不慮の事故であたら若い命を散らしてしまつた、が、私は生きてゐる。生き拔くつもりでゐる。平穏な家庭を、修羅場の每日の隠れ家として利用(?)してはゐるが、それが惡用にならぬやう、氣は使つてゐる。etc. etc.


 武道の、人間離れした達人に、こんな人間臭いエピソオドがあつたとは... 視聴者の反應も良い。これは当たり企画だつたな、と楳ノ谷、一人ごちた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈裏面史を表沙汰にするテレビだがそれが裏面と氣付かぬ儘だ 平手みき〉



【ⅳ】


 そんなじろさんの耳元に、一匹の「ねかうもり」(誰か【魔】の使ひ魔なのだらう)が囁いた。

「そこ迄苦勞なさつて、人間の世を怨んだりはしないのですか? 魔界へおいでなさい、とさる方も仰つてゐますよ」-「それがお前の(あるじ)か」-「さうです」-「名は何と云ふ」-「迅壱さまです。貴方様のお兄さん」


 嗚呼兄よ! 俺の秘術では成佛しきらなかつたやうだ。或ひは、俺に代表される人間界への、ネガティヴな思ひが打ち勝つてしまつたのか... だが俺はもう動かん。これ以上傷付いたら、精神のバランスが崩れて、仕事に差し障る。もう赤の他人と思ふしかなかつた。



【ⅴ】


 じろさんは、そんな迅壱を斬つて貰ふやう、カンテラに頼んだ。カンテラには勿論、兄だと云ふ事は秘した。「じろさんが自分で動かないなんて、珍しい事もあるものだ」-カンテラ、薄々とは氣付いてゐたやうである。が、兎に角、迅壱とやらを斬らねばな。じろさんを誘惑するなんて、不届き千万だ-


 次に「ねかうもり」が來た時、魔界のどの部署に、迅壱が勤めてゐるのか、じろさんは訊き、その場所をカンテラに傳へた。


「余りに姿かたちが似すぎてゐた。兄弟だとは直ぐに氣付いた」、とのちにカンテラは語る。「だが、じろさんが俺に直々に斬つてくれ、と頼むからには、斬らない譯には行かなかつた」と。


「しええええええいつ!!」呆氣なく、迅壱は斃された。あの、武道修業の日々は、何だつたのだらう? と云ふ程呆氣なく。或ひは迅壱は、自分を成敗しにくる者には、潔く従はうと心に決めていたのかも知れない。



【ⅵ】


「カンさん、これ尠ないけれど-」-「有難く頂戴して置くよ」。カネを懐に収めるカンテラ。

 この件については、じろさんの思ひ通りに動かねば、余りに彼が可哀相で、とカンテラは思つた。それを云へば、憐れみなんぞは要らないよ、と彼は答へたかも知れないが。そしてじろさんには、もう涙もなかつた事、付け加へて置く。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈酔ふてまた吐かんとしたり冷酒呑む 涙次〉



 お仕舞ひ。ちと暗い話になつたのは、じろさんらしかぬ事だつたかも、ね。


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