第七話 詮議
その意味不明な彼の言葉は、沖田の耳にも甘美で妖しい響きをもった不思議な声音で伝わった。
静まりかえった店先では、藍の地に屋号を白抜きにした暖簾が風に旗めいた。
「Dont’ let me say the same thing(これ以上同じことを言わせるな)!」
語気を強め、前髪の少年を咎める若い男の円らな瞳が怒りに燃え立ち、色白の頬が引きつった。
やがて佑輔という少年は可憐な仕草で唇を噛み、掲げた刀を忌々しげに振り下ろす。
刀を鞘に収めた前髪は思いのほかに長身で、肩幅も広く胸も厚い。
脚が優れて長いせいか、異人のように見栄えが良い。
小さい頭に濡れたような黒い前髪。
豊かな髪をひとくくりにした総髪の髷。
品の良い瓜実顔に、切れ長の目と一文字の眉。濃い紅をひいたような赤い唇。
長脇差の若い男も美男だが、この少年には、ぞくりと肌が粟立つほどの妖気がある。
そうしてどれほど呆けていたのか、いつのまにか鼠色の雲が夏の空を覆い尽くし、生温かい雨風が少年の前髪を、はかなく揺らし始めていた。
厚い雲から大粒の雨が滴り落ちると、往来を埋めつくしていた野次馬も左右の軒へ、はけて行く。
人気の失せた蔦屋の前に横たわる隊士の上でも雨粒の跳ね、路地には赤い河が流れていた。
それから程なく、番傘をさした京都町奉行の与力が、部下の同心達を引きを連れて、悠長に歩いて現れた。
「なんだ。もう、済んだのか」
と、失笑し、蔦屋の周囲を見渡した。
「蔦屋。これは全部お前の仕業か?」
「ご覧の通りですよ。壬生浪士組の芹沢鴨にゆすられて、追い返したらこのざまです」
蔦屋だという若い男は縦一文字に血振りを行い、鞘に刀を収めている。
無駄のない一連の所作は、人を斬り慣れた刺客のそれだった。
「剣は何流をお使いになる?」
「何です? 急に。私の剣は、ただの見よう見まねの素人です。何流でもありません」
真顔の沖田を苦笑しながら札なくいなし、蔦屋は土間に倒れた鼠色の着物の男の元へ行く。
「大丈夫ですか? 花村さん」
「だ、……旦那様」
蔦屋に抱き起こされた花村が薄目を開け、事の次第を確認しようとするためか、ふらつく頭を片手で支えて巡らせた。そんな花村の耳元で主人が番頭に囁いた。
「後を頼みます。花村さん」
「旦那様……?」
「ひとまず私は牢に入ります。ですが、早ければ今夜中、どんなに遅くても明後日までには帰れます。ですから、それまでは店と佑輔を……」
どういう意味だと瞠目している花村に目力で強く念を押し、蔦屋は同心の捕縛を甘んじて受けている。
その時、ようやく沖田は我に返り、京都町奉行の与力の前に進み出た。
「待って下さい! この者が討ったのは京都守護御預かりの隊の者。しかも洋銃を隠し持つなど、ただの町人だとは思えません。この男の詮議は私どもに承りたい」
沖田は与力に詰め寄った。
けれども、与力はその申し出を一笑に伏して言い返す。
「確かに御預かりとはいえ、禄を受けておられる訳ではございますまい」
「……何ですって?」
「そちらが御預かりの御身分ならば、当方も京都守護職直属の町奉行でございます。洛中における町人百姓らの検使は我ら、京都町奉行の役目にございますれば、この男の身柄は当方で貰い受けたい」