第五話 Do not murder him
若い男の白く細いうなじには、汗濡れた黒髪が艶めかしく貼りついて、微かな刀傷から鮮血が薄く筋を引いている。
沖田は少年の着物の懐を探り、ピストールを抜き取った。
しかも、それは銃身や銃把に蔦を象った金の塗りがほどこされ、工芸品かと見紛うほどに豪華な造りの洋銃だ。
「……油断のならない御人のようだ」
渋面を浮かべた沖田を若い男は忌々しげに睨んできた。
江戸や京の豪商にも洋燈や洋靴と同じように洋銃を、己の財力を誇示するために買いつけて、愛でる者も多くいる。
だが、この青年が懐に忍ばせていた洋銃は、第二の武器だ。
金持ち達の単なる『お飾り』。
玩具ではなく、人を殺める手段としての機能を発揮する。
沖田は薄暗い店の土間へ目を向けた。
遺体となった同志は袈裟がけや胴払いなど、ほとんどが、ひと振りのみの傷痕で絶命している。
長脇差一本で、これだけの人数に致命傷を負わせる輩が、単なる見栄や御飾りで洋銃を隠し持つとは思えない。
開眼したまま果てた同士の目蓋を指で覆い、沖田は呻くようにひとりごちる。
「本当に、この人数を町人が……?」
彼らは全員、剣の腕を買われて入隊をした猛者なのだ。
にわかには信じられない光景だ。
「立ちなさい」
沖田は暗澹とした面持ちで、若い男に指示をした。
何はともあれ、この者を壬生の屯所へ連れ帰り、詮議をかねて身元を洗わなければならない。幹部に引き合わせる必要もあるだろう。沖田は少年の腕を掴み上げた。
すると、沖田は再び驚いて息を呑み、彼の顔を凝視した。
沖田の掌に伝わったのは、か細い骨と心もとない柔らかな肉の感触だ。
まるで子供のようだった。剣豪どころか男の腕にすらなっていない。
「あなたは一体……」
沖田は愕然として呟いた。
しかし、ふいに背後で日が翳り、あらためてまた焼けるように暑くなる。
沖田を見上げた青年の目も、沖田の後ろの人影を追い、ゆっくり左から右へ移動した。瞬時に沖田が振り向くと、
「Do not murder him!」
若い男は沖田の背後の人影に向けて、耳慣れない呪文のような声を発しつつ、制するように立ち上がる。