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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第七章 LOSE一LOSE
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第九話 朋友

「上のことはわからんよ」

 

 近藤は一刻も早く話を切り上げたいと言わんばかりに、手ぬぐいで汗を拭きつつ背を向ける。

 この男はがくのない劣等感をこじらせて、柄にもない議論好きで知られるものの、根っこのところは『策略』嫌いな性質だ。

 薩摩潘や朝廷の思惑などといった話は考えるのも嫌だと体で訴える。


 近藤とは郷里の多摩で共に生まれ、共に育った戦友だ。

 互いに短所長所も知り尽くした仲だからこそ、土方が怒気を浮かべた時だった。


「やあ、土方さん。ほんとに御花畑だ」

 

 沖田の明るい声に引き止められて、立ち止まる。


 御花畑御門は、御所の正門にあたる建礼門けんれいもんの正面に設けられた通用門。


 今度の政変で要職を解かれた長州藩が大挙たいきょして押し寄せ、薩摩が護る御所堺町の御門が突破されたら、そこからまっすぐ北に下がり、御所の正門前に位置するこの御花畑門が次の標的。

 門前も血で血を洗う戦場と化すに違いない。

 地味ではあるが、決しておろそかにはできない要所に当たる。

 

 その門の脇に、こんもり土を盛られた一角があり、白い花を咲かせた低木のムクゲ、紫紺の桔梗ききょう、赤、薄桃、紫の百日紅さるすべりが可憐な花を咲かせていた。


「総司」

 

 土方は振り向きざまに眉間に皺を刻み込む。


「……御花畑を連呼するな」

「怒らないで下さいよ。私は事実を言ってるだけなんですから」

 

 沖田は笑い声をあげながら、大げさに飛び退くと、巨体で知られる隊士の松原の陰に身を寄せた。

 坊主頭に白鉢巻を締め、大長刀を携えて立つ松原は見た目の通り愚直な男だ。

 若く清純な容姿の沖田に抱きつかれても、にこりともせずに直立している。

 あたかも『今弁慶いまべんけい』の様相だ。


「何にしろ、門前払いを食らわされる寸前で、ありがたい御役目を授かったんだ。幸運だったと思うことにしようじゃないか」

 

 近藤は土方の肩に手を置いてとりなし、烏帽子えぼしを被り直す。

 つまり、近藤の頭の中には『今』しかないのだ。

 備えとして、どんなに策を練ろうとも、刻々と移りゆく『瞬間』に、すべて有効に働くなどとは考えない。だから近藤は今、目の前で起きている、また、起きようとしている事象にだけに反応する。

 

 だから、近藤勇は頼もしい。

 

 何か事を起こす前に、九割方の備えをせずにはいられない土方が、心底唸ってしまうほど。

 そして、いつのまにか水を汲んだ手桶と柄杓を用意した沖田も、隊士の手拭を洗ったり、暑さにしおれた花々に残り水を撒いている。

 

 土方は近藤と沖田の明るさを頼もしく、そして同時に眩しく感じた。

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