第六話 八月十八日の政変
一八六三年九月三十日(旧暦一八六三年八月十八日)。
午前一時。
会津や薩摩など、朝廷の伝統的権威と幕府の結びつきを強化して、弱体化した幕府の権威を立て直そうと奔走する公武合体派諸藩と気脈を通じる、中川宮が御所に参内。
続いて会津藩主松平容保、幕府の老中で京都所司代淀藩主(現在の京都市伏見区)稲葉正邦がそれぞれ藩兵を率いて御所入りし、九つあるすべての門を閉じさせた。
会津と薩摩藩主導で決行された八月十八日の政変は、一振りの舞のような静寂に包まれながら幕を開ける。
中川宮に遅れて半刻ばかり。
前関白の近衛忠煕父子、右大臣二条斉敬、公卿の徳大寺公純が相次いで参内。
薩摩藩兵は堺町御門の護りを固めた。
御所の正門に位置づけられるこの門は、日付けが変わる直前まで、長州藩が警護を仰せつかっていた。
そして、午前四時。
すべての門の護りが固められたことを知らしめる大号砲が、未明の京に鳴り渡り、都人を慄かせた。
千尋は居室の窓を開け放し、漆黒の御所を見つめていた。
傍らに立つ佑輔も窓枠に手をかけ、身を乗り出させる。
「千尋さん。このまま京は戦場になるんでしょうか」
か細い声で呟いた佑輔を、千尋はちらりと上目にした。
若く匂やかな面立ちに、微かに翳がさしている。
「さあ。……それは時の運だからな」
千尋はいつになく神妙に答えると、縋るものを探すように虚空に揺らいだ佑輔の手を握り込む。
大丈夫だと諭すために。
「千尋さん……」
暗さの中に日が射すような声音で呼ばれた。
歴史は流れるようにしか流れない。天意は誰にとっても不可侵の領域だ。
その神というものの無情さを、佑輔の澄んだ目にも焼きつけて欲しいと密かに願う。
たとえ神も天意もどれほど人に非情でも、お前のことは自分が守り抜くからと。




