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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第七章 LOSE一LOSE
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第五話 一縷の希望

 外国人居留地から蔦屋に届けられる日刊、週間形式の欧字新聞を、花村が毎朝ひとまとめにして千尋の居室に運び入れる。

 文机ふづくえいっぱいに広げた中から選別した記事を帳面に、切り張りするのが千尋の朝の習慣でもある。

 他国の手引きも積んではいるが、千尋がそれを手にすることは滅多にない。

 今朝もそれらを届けると、早速文机に向かう主人の背後で端坐した。


「昨夜は久藤さんがお出でになられていることを、お伝えすることが出来ませず、申し訳ございませんでした。驚かれましたでしょう」


 膝の上で着物の袖を繰りながら陳謝する花村を、千尋は肩越しに振り返る。


「構いませんよ。私もずっと店を留守にしていましたし」

 

 さらりと答えて受け流し、千尋は紙面に向き直る。

 このところ帰宅出来る日もあれば、出来ない日もある。

 そのため花村や店の者には自分を待たずに休むよう、指示していた。

 でなければ、蔦屋の生真面目な番頭は、主人が戻って来るまでは、夜明かししてでも待つだろう。それではこちらも気が引ける。


「こんなご時世ですからね。家を焼け出されて佑輔も不安なのかもしれません。いっそしばらく置いてやって頂けませんか?」

「畏まりました」

「ご面倒をおかけします」

「いいえ、そんな。こちらこそ……。久藤さんがいらした方が心強いですからね」


 以前にもまして佑輔がなぜ頻繁に来訪するのか言わずもがなだが、口にするのは憚られた。

 また、朝廷の切り崩しが実現するまで無闇に出入でいりさせるより、逗留とうりゅうさせてしまった方が、店の者も気が楽だ。

 一旦千尋は文机ふづくえを離れ、窓際の皮の洋椅子に投げ出すように体を沈めた。

 そうして既に朝から疲れたように目を閉じる千尋を気遣い、花村は腰を上げかける。


「お茶でもお持ちしましょうか?」


 声をかけたが、返事がない。

 なぜか千尋は瞠目し、皮張り椅子の背もたれからも身を起こし、窓越しの下方の景色を食い入るように見つめている。


「……いいえ。そんなことより、花村さん……」

 

 千尋はさらに椅子から降り立ち、窓際へと寄り、子供が親を呼ぶように熱心に花村を手招いた。


「見て下さい。ほら。会津の藩兵達ですよ」


 千尋は格子の窓の外を指さし、言いたてる。

 何事かと身を寄せた花村も、会津藩ののぼりを掲げる藩兵が店の前の路地を塞ぎ、一糸乱れず北を目指して行進する様を確認した。

 

「変ですねぇ。藩兵の交替は、二日ぐらい前にありましたよね?」

 

 京都守護職として召喚された会津藩は、国元の在府常備兵と旗下はたもとの守護兵を、一年ごとに替えさせる。

 その新たな一陣が三日ほど前に都に入り、国元へ帰される兵の出立も二日前に済んでいた。

 

「あれは、国元に帰されるはずだった兵員です。呼び戻されているんです」

「そうなんですか?」

 

 一年ぶりでようやく国に帰れるかと思いきや、突然召還されたなら、ふくれっ面にもなるだろう。

 しかし会津の藩兵は、不平を顕わにしていない。

 藩主への忠誠心が強いのだ。

 

「ですが、なぜまた急になんでしょう。このところ、攘夷浪士の辻斬りだの押し借りだのが一段と増えたからですか?」

 

 しきりに首を捻る姿を楽しむように千尋は黙ってほくそ笑む。


「花村さん。どうやら近々佑輔を塾に戻せそうです」

「はぁ……。左様ですか」

 

 事情はさっぱり掴めなかったが、千尋にとって不穏で不利な事態でなければ、自分は何も知らされなくても構わない。


「では、私は千尋さんが持っていらした珈琲でもお入れしましょう」

 

 あの何ともいえない苦い汁が『気つけ薬』になるのだと言い、千尋は好んで飲んでいる。

 まるで湯にすすを溶かしたようにしか思えないのだが、疲労の中にも一縷いちるの光を見出したような主人のためにと窓辺を離れた。

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