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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第七章 LOSE一LOSE
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第二話 誰がために

「大丈夫ですよ。お会いするとなれば、ちゃんと衣を改めますから」


 千尋は才谷の戸惑いを読んだように短く笑い、おどけるように袴や袖のほこりをはたいた。


「二条様がまだ江戸にいらした頃に、非公式にですが、お目にかかったことがあります。二条様は一人の人間が五ヶ国語をあやつるなんて信じがたい、この目で確かめたいと仰せになられて、お屋敷に呼んで下さったんです。慶喜公もご一緒でしたよ。あの方も珍しいものがお好きだから」

「慶喜公にも?」

「お二人を前に、英仏蘭露えいふつらんろ支那人しなじんに囲まれて、延々しゃべらされました」

「大道芸だな」

「ええ。そうですよ」

「まっこと、芸は身を助くだなぁ……。おんしの場合は」

「ですから、二条様が覚えていて下さるといいのですが……」

「忘れるわけないやろうが。五ヶ国語言うたら、すぐ思い出されるに決まっちぅ」

 

 才谷は船宿の壁にもたれかかり、はすに構えて冷笑した。


 切れ者と名高い一橋慶喜ひとつばしよしのぶが、ただ単に異国語を楽しんだだけではないだろう。

 各国の通詞として大使館にも出入りがあった千尋から、何らかの情報を得ようとしていた。もしくは間諜かんちょうとして使った可能性も否めない。

 千尋なら、その辺りから公家の切り崩しをかける手もある。

 

「何にせよ、薩摩の手柄にさせてもらえるがやきあれば、願ってもない。京都守護職の会津と同盟を結んだとはいえ、これで幕府に恩売って、ちっくとでも薩摩の方が抜きん出られれば、それに越したことはない」

「何卒よろしく頼みます」

 

 八つの時の鐘が鳴り渡ると、千尋は肩を波打たせた。

 

「すみません。急ぎますので私はこれで」

 

 草鞋わらじの紐を締め直す千尋を才谷が覗き込む。


「ところで、なんで今更朝廷の調整になんぞ駆けまわっちゅうだ? おんしは薩摩に恩を売れば、それで万事済んだ話じゃったはずだ」

「さあ。なぜでしょうねぇ」

 

 千尋は顔をあらぬ方へと背けて嘆く。


「どうして私が幕府のために頭下げて回っているのか。誰かに説明してもらいたいぐらいですよ」

「なんちゃあ、おんしがほがな顔をする時は、久藤様がらみに決まっちゅう」

 

 早口になった千尋の背後で、才谷はあっけらかんと千尋の『弱み』を笑い飛ばした。

 

「あなた方のためですよ! 薩摩だって朝廷の勅旨が得られなければ、長州を討つことも出来ずに困るんでしょう?」

 

 千尋は憤然として振り返り、才谷のためだと強調した。

 あからさまに眉をひそめ、肩をそびやかせてはいるものの、可憐に耳まで染めた顔が、どんな指摘よりも雄弁に『佑輔のため』だと語っていた。


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