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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第七章 LOSE一LOSE
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第一話 WIN-WIN

 伏見の船着場に腰をかけて、長々とキセルをふかす才谷の前を、人をすし詰めにした高瀬舟がよぎっていく。

 京の四条から伏見を経由し、大坂の堺に向かう高瀬舟は、物資の輸送を主に行う。

 そのため、舟客を乗せていれば、それは島流しの沙汰を受けた重罪人の護送舟と決まっていた。


 後手に縄をかけられ、やせ細った面相を晒す咎人の中、極めて目鼻立ちの整った若者が混じっている。

 なめらかな流線を描く端正な横顔が、遠目で見てもそれとわかる。

 思わず腰を浮かせた才谷は、引きずられるように舟尾を追った。


「おんし! どうしたがだ。いったい」

「才谷さん……?」

 

 才谷は船場に寄せられた舟に駆け寄ると、降りようとする千尋の両手を身を乗り出させて掴み取る。次の刹那、千尋はその胸の中に引き寄せられて倒れ込む。


「すみません。ご面倒をおかけしました」

 

 才谷の胸の中で、千尋は同舟していた牢屋奉行に向き直り、頭を下げて礼を言う。

 舟を牛耳ぎゅうじる牢屋奉行は千尋の言葉に目礼し、船頭の男を顎でしゃくって先行きを促す。

 舟は千尋を伏見で降ろしたきり、再び堺を目指してくだりゆく。


「なんちゃあ……。おまん、捕まってしもうたと思ったかや」

「急いでたんです。ちょうどいい具合に護送舟があったんで、同舟させて頂きました」

「驚かすなやぁ。寿命が縮んだ」

「すみません。そんな事情ですから今日はこんな見苦しい身形です。ご容赦下さい」

 

 千尋は総髪をひっつめただけの緩い髷を指差して、決まり悪げにはにかんだ。

 

「ほがなことは気にしなって言うてるろう。それより何だ。はやおんしの耳にも入ったがか?」

「えっ?」

 

 千尋は一瞬何のことだと目を剥いた。

 だが、千尋から離れた才谷は、千尋に向かって居住まいを正し、腰からふたつに折れるように頭を下げ、一方的に話を続ける。


「とうとう会津が薩摩と手を組んだ。しょうまっこと、おんしのお陰だ。この通りわしからも礼を申す」

 

 その謝意もまた、駆け引き込みの見せかけではなく、才谷の心からの言葉であることも、

 この男の《《人たらし》》たる所以ゆえんなのだと千尋は思う。

 

「やめてください、本当に。会津が薩摩と手を組めば、私にもえきがあるからしたまでです。WIN-WINですよ」

 

 千尋は胸の前で両手を振って謙遜した。

 と同時に、長身の肩に手を置いて、爪先立ちになりながら、才谷の耳に吹きかける。


「でも、まだ肝心の朝廷がなびかないとか……」

「会津と薩摩が手を組んだ以上、長州に勝ち目はないと、帝にゃ再三申し上げているようなんだが……」 


 苦渋の色をにじませた才谷は懐手にして石段を上がり、船宿の陰に身を潜める。


「このまま帝の勅旨ちょくしが得られなければ、長州藩を討つこともままならん。帝は行幸ぎょうこう召され、帝を盾に長州は討幕に討って出る。……最悪の絵図だ」


 後に続いた千尋を見ながら嘆息した。


「今、帝の説得にあがられているのは?」


近衛忠煕このえただひろ公だと伺った。何とゆうたち、公は薩摩藩主のご息女、篤姫様のご養父でおられる。薩摩藩とのご縁も深い。薩摩は近衛公を頼みにしてきたようけんど、どうやら公ご自身は、この政変にゃ逃げ腰らしい。勅使の腰が引けてるようじゃあ、とてもとても……」


「では、二条斉敬にじょうなりゆき様に勅使をお願いしてみる、というのはいかがです?」

「二条様だあ? あの右大臣のか?」


「二条様は、一橋慶喜公の御従兄弟君であらせられる。公卿くぎょうにしては珍しく、武家筋らしい気骨もおありだ。この件で二条様にお願いにあがりたいと、薩摩藩から申し出て頂けませんでしょうか」


「接見? ……二条様にか? いったい誰がじゃ」

「私です。私と二条様の接見の場を内密に設けて頂けますよう、才谷さんから薩摩藩に働きかけて欲しいのです」

「しかし、それは……」

 

 才谷は渋い顔で語尾を濁し、木綿の単衣でひっつめ髪の千尋をちらりと一瞥した。

 いくら世相とはいえ、町人が右大臣に接見するなど、常軌を逸した夢物語だ。


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