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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第六章 才谷梅太郎
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第五話 長州藩の策略

「下田港開港以来、開国に傾く幕府の主な意向に反して、朝廷は天皇を尊び、夷てきを撃退しようとする尊王攘夷そんのうじょういが主流になってきています。そのため、朝廷や公家の中には、攘夷派の先鋭の長州藩の後ろ盾であることも事実です。壬生浪士組を召し上げた会津藩は、幕府より京都守護職を仰せつかっておりますが、急速に攘夷に傾く朝廷や、公家の掌握には未だ至っておりません。ですから近々、長州藩の策略にも関わらず、孝明天皇の大和国行幸やまとこくぎょうこうが強行されかねない状況です。幕府も会津藩も、このまま京に御留まり召されるように、再三朝廷に要請を出しておりますが、帝は夷てきを切に望まれ、長州藩の意に反することは避けたいと、思し召されるようなのです」


「つまり、朝廷は国から夷てきを追い払い、政権の中枢を幕府から朝廷へ返還せしめんとする長州藩を、より重んじておられるわけですね。当然といえば当然です」

「恐縮ですが、その大和行幸というのは一体……」

 

 千尋の顔色を伺いながらも、ためらいがちに口を挟んだ佑輔に、テーブルの向こう側の沖田が身を乗り出して解説する。


「近く、尊王攘夷を祈願する名目で、帝は大和国の春日神社へ行幸ぎょうこうされます。しかし、大和行幸は帝を京から連れ出す口実にすぎません。長州藩は京を離れた帝を長州まで連れ帰り、帝を錦の御旗に官軍として、一気に倒幕の兵を挙げる腹づもりでいます」

「そんな有事が、この京で……」

 

 政変の胎動に触れた佑輔が、瞳を激しく震わせる。

 それを沖田が痛ましげに見つめている。


「ですから、あなた方には早急に、中川宮朝彦なかがわみやあさひこ親王殿下に拝謁して頂きます」

「……中川宮親王?」

「中川宮からも帝に御進言申し上げて下さるよう、あなた方から宮にお願い申し上げて頂きたい」

「冗談じゃない……!」


 千尋は途端に目を剥いた。

 まるで異人のように失笑しながら両手を高く掲げた直後、真っ赤になって罵倒する。


「あなたは私を一体誰だと思ってるんです! 再三言ったはずですよ? 私はただの呉服屋です。どうして公卿くぎょうに接見なんて出来るんです!」

「あなたには出来なくても、久藤様になら出来るはずです」


 沖田は佑輔をひたと見据えた。 


「残念ながら実現しませんでしたが、中川宮は先の十三代将軍徳川家定公ご逝去の折、次の十四代将軍として一橋慶喜公を推挙され、公武合体政策にも力を尽くしていらっしゃる。攘夷はお望みでも、倒幕までは本意ではない帝の複雑な御心情にも理解を示され、帝からの信任もお厚い。ここまで話せば、おわかりでしょう? 久藤様から慶喜公に、慶喜公から中川宮親王に、行幸中止を帝に進言して下さるように、働きかけて頂きたい」


 その瞬間、千尋が椅子を蹴倒して立ちあがり、テーブル越しに沖田に凄んだ。


「……こいつに何をさせる気だ」


「実際、宮に接見するのは慶喜公になるでしょう。ですが、どう宮を攻略するかは千尋さんがお考えになって下さい。そうすれば、あなた方お二人は会津藩の窮地を救った会津にとっての『恩人』になる。土方さんも、もうお二人には手出しは出来ません」


「そんなの俺の知ったことか!」

「私は久藤様のご意向を伺いたい」

「その必要はない」

 

 千尋は佑輔の強ばる肩口を抱き寄せた。


「OK. A strategy of Choshu-han control is sold. Don't worry.(大丈夫だ。長州藩制圧の戦略の手は打ってある。心配いらない)」

 

顔を上げた佑輔の耳に唇を寄せて囁きかける。


「Leave it to me.(俺に任せろ)Was it understood? Dear.(わかったな?)」

「But……」 

「沖田さん」

 

 千尋は沖田を仇のように睨み据え、テーブルの下で佑輔の手を握り締めた。

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