第五話 長州藩の策略
「下田港開港以来、開国に傾く幕府の主な意向に反して、朝廷は天皇を尊び、夷てきを撃退しようとする尊王攘夷が主流になってきています。そのため、朝廷や公家の中には、攘夷派の先鋭の長州藩の後ろ盾であることも事実です。壬生浪士組を召し上げた会津藩は、幕府より京都守護職を仰せつかっておりますが、急速に攘夷に傾く朝廷や、公家の掌握には未だ至っておりません。ですから近々、長州藩の策略にも関わらず、孝明天皇の大和国行幸が強行されかねない状況です。幕府も会津藩も、このまま京に御留まり召されるように、再三朝廷に要請を出しておりますが、帝は夷てきを切に望まれ、長州藩の意に反することは避けたいと、思し召されるようなのです」
「つまり、朝廷は国から夷てきを追い払い、政権の中枢を幕府から朝廷へ返還せしめんとする長州藩を、より重んじておられるわけですね。当然といえば当然です」
「恐縮ですが、その大和行幸というのは一体……」
千尋の顔色を伺いながらも、ためらいがちに口を挟んだ佑輔に、テーブルの向こう側の沖田が身を乗り出して解説する。
「近く、尊王攘夷を祈願する名目で、帝は大和国の春日神社へ行幸されます。しかし、大和行幸は帝を京から連れ出す口実にすぎません。長州藩は京を離れた帝を長州まで連れ帰り、帝を錦の御旗に官軍として、一気に倒幕の兵を挙げる腹づもりでいます」
「そんな有事が、この京で……」
政変の胎動に触れた佑輔が、瞳を激しく震わせる。
それを沖田が痛ましげに見つめている。
「ですから、あなた方には早急に、中川宮朝彦親王殿下に拝謁して頂きます」
「……中川宮親王?」
「中川宮からも帝に御進言申し上げて下さるよう、あなた方から宮にお願い申し上げて頂きたい」
「冗談じゃない……!」
千尋は途端に目を剥いた。
まるで異人のように失笑しながら両手を高く掲げた直後、真っ赤になって罵倒する。
「あなたは私を一体誰だと思ってるんです! 再三言ったはずですよ? 私はただの呉服屋です。どうして公卿に接見なんて出来るんです!」
「あなたには出来なくても、久藤様になら出来るはずです」
沖田は佑輔をひたと見据えた。
「残念ながら実現しませんでしたが、中川宮は先の十三代将軍徳川家定公ご逝去の折、次の十四代将軍として一橋慶喜公を推挙され、公武合体政策にも力を尽くしていらっしゃる。攘夷はお望みでも、倒幕までは本意ではない帝の複雑な御心情にも理解を示され、帝からの信任もお厚い。ここまで話せば、おわかりでしょう? 久藤様から慶喜公に、慶喜公から中川宮親王に、行幸中止を帝に進言して下さるように、働きかけて頂きたい」
その瞬間、千尋が椅子を蹴倒して立ちあがり、テーブル越しに沖田に凄んだ。
「……こいつに何をさせる気だ」
「実際、宮に接見するのは慶喜公になるでしょう。ですが、どう宮を攻略するかは千尋さんがお考えになって下さい。そうすれば、あなた方お二人は会津藩の窮地を救った会津にとっての『恩人』になる。土方さんも、もうお二人には手出しは出来ません」
「そんなの俺の知ったことか!」
「私は久藤様のご意向を伺いたい」
「その必要はない」
千尋は佑輔の強ばる肩口を抱き寄せた。
「OK. A strategy of Choshu-han control is sold. Don't worry.(大丈夫だ。長州藩制圧の戦略の手は打ってある。心配いらない)」
顔を上げた佑輔の耳に唇を寄せて囁きかける。
「Leave it to me.(俺に任せろ)Was it understood? Dear.(わかったな?)」
「But……」
「沖田さん」
千尋は沖田を仇のように睨み据え、テーブルの下で佑輔の手を握り締めた。




