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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第六章 才谷梅太郎
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第四話 丸腰

「沖田がですか?」

 

 反復する千尋に花村は険しい顔で頷いた。

 阿吽あうんの呼吸で先導する花村に続いて廊下を進み、くつ脱ぎ石で草履を履くと、暖簾をはぐる。

 すると、二本ざしの沖田が土間で折り目正しく一礼した。


 また、沖田の正面では腰の刀に手をかけた佑輔が、門番のように仁王立ちして陣を張る。

 花村は穏便に事を済ませるために、佑輔の耳には入れないつもりでいたのだろう。

 だが、来訪した沖田と店を離れる佑輔が、折悪しく出くわしたのか、立ちはだかる佑輔の向こう側から顔を覗かせ、会釈した。


「いきなり来てしまい、申し訳ございません」

 

 早朝から歯切れのいい沖田の声が土間に広がる。

 千尋は肩越しに振り向く佑輔を顎でしゃくって脇に寄せ、沖田の正面に進み出る。


「構いませんよ。何の御用向きでしょう」

「折り入って千尋さんにお話があります」

「私にですか?」

「失礼します」


 沖田は腰の大小を抜いて、目の前の佑輔に押しつけた。

 まるで遊郭の妓楼ぎろうに上がるように。


「こんな小芝居が信用するとお思いですか? 油断するなとおっしゃったのは、あなたなんです」


 佑輔は大小を沖田に押し戻した。

 遊郭での遊びは身分によらない文化でもある。

 そのため階級を象徴する大小は玄関先で楼主に預け、丸腰になって初めて登楼を許される。

 つまり、切った張ったの争い事を起こさないという表明だ。


「私も同席致します。よろしいですね?」

「いいからお前は向こうへ行ってろ。沖田は俺と話に来たんだ」

 

 千尋が聞こえよがしに嘆息し、いつものように佑輔の腕を引いた時、沖田はひんやりと冷めた口調で要請した。


「いいえ。久藤様にも同席をして頂きます」


 気炎きえんを上げる沖田に千尋は目を剥いた。ほとんど奇襲に近かった。

 あきらかに様子が違う沖田をまじまじ見つめると、目顔で佑輔の意思を問う。


「いいでしょう。私もご一緒致します」


 佑輔は聞かれるまでもないといった顔つきだ。

 どうやら話の本筋は佑輔に関与するらしい。

 だとしたら、ふたりに目の届かないところで話をされるよりはと、千尋は算段する。


「わかりました。どうぞ、お上り下さい」


 千尋は退き、店の奥へと沖田を招いた。

 その際、沖田は抜いた刀を差し出しかけたが、一笑した。


「この店は私の陣地です。私の他にも刀の使い手は数多あまたいる。帯刀たいとうしてもしなくても、あなたは飛んで火に入る夏の虫になりかねない。用心なさい」


 笑った千尋に案内されたのは、緋毛氈ひもうせんが畳に敷かれ、テーブルと椅子が配された西洋風の奥座敷。

 店子から花模様の洋磁器で赤みがかった茶を供されて、沖田は顔を近づける。


「これは何というお茶なんですか? 良い香りですね。色もきれいだ」  

 

 茶器の柄を持ち、洋磁器までをも観賞しながら千尋に訊ねる。


「イギリスの紅茶というものです。お口に合えば幸いです。嗅げば、気分が和らぐ作用もありますよ」 

「蔦屋さんには珍しいものがたくさんあって、おもしろい」

 

 沖田は素直にひと口啜る。少なくとも敵陣だという緊張感はないらしい。

 受け皿に茶器を戻し、沖田は紅茶を見つめたまま言う。


「……穏やかに話が出来ればいいんですが」

「怖いですね。穏便にかたのつかないお話ですか? たとえば、あなたの上役が三百両と芹沢鴨の首では、ご納得下さらなかったとか」

 

 口では怖いと言いながら、冷やかすように首をすくめて笑んでいる。


「申し訳ございません」

「あなたが謝ることではありませんよ」

「ただ、あなたほどの人が、相手の質を見極めもせずに喧嘩を売ったとは思えませんが……」

「何をおっしゃる。私はただの呉服屋ですよ。かいかぶられても困ります」

 

 沖田からの追及を、のらりくらりとかわしたが、息を凝らして隣に座る佑輔の視線を痛いぐらいに感じていた。


「お察しの通り土方は、あなたが幕府の要人だということには何の脅威も感じません。壬生組か、もしくは会津藩にとって不可欠な存在でなければ、遅かれ早かれ手に掛けるでしょう」

「ゆすり屋に立てついたら逆恨みをされ、見せしめに闇から闇に葬られるって訳ですか。まったく割りに合わない話です」

「それは私も同感です。悪いのはこちらの方だ」


 鼻で笑った千尋に沖田は弱り切った顔になる。


「しかし、土方の気質は変えられない。だとしたら、あなたには土方にとってかけがえのない存在になって頂くよりほか、ありません」

 

沖田の背後の障子から射し込む日射しが薄くなる。


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