第三話 抜刀
店の座敷で腰を浮かせた花村を、総髪の青年が目で制し、芹沢一派を店の中へと追い込むように、じりじり間合いを詰めて行く。
「お前が店の主人か?」
と、芹沢は巨体を左右に傾けながら千鳥足で歩を進め、酒臭い息を青年の顔に吐きかけた。
間近で見れば思った以上に年も若く、前髪を下ろしたばかりの容貌だ。
女のように顎が尖った小造りな造作で、色白なうえに円らな双眸。
鼻筋も品よく通り、唇の色も艶やかだ。
髷を整え、羽織袴に着替えさせれば、一国一城の主君と言っても押し通せるはず。
その反面、どこか可憐な顔立ちは、色小姓にして侍らせたいような気にさせる。
「抜けるか?」
芹沢は若き店主の脇差を扇でこづいて挑発した。
時勢柄、町人だろうと長脇差の帯刀だけは許される。
それでも武士でもなければ、人は斬れない。
今まで斬ったことがなく、保身のために形だけ刀を差した輩に人は斬れないと、芹沢は自らの経験を通じて知っていた。
威勢はいいが、腰が引けて怯んだら、賄賂の代わりに伽でもさせてみるのも一興。
色好みの芹沢は舌なめずりして睨めつけた。
しかし、この妙に陰気な呉服屋の主人だという青年は、刀に手をかけた猛者浪人に包囲されても、顔色ひとつ変えるでもない。
長脇差の柄に手を掛けつつ、這うような足の運びも腰の据わりも堂に入り、程よく力が抜けている。
異国の強請にあえなく屈して国を開いた幕府を見限り、反目し、幕閣の専制体制を非難する、浪士や藩士が都に集結しつつある。
反幕派と化した彼等は、異人を道徳心の劣った夷てきと卑しめ、外敵として撃ち払う。
もしや町人の体を装った、反幕府派の尊王攘夷やもしれぬ。
芹沢はやがて半歩退き、身構えた。
「名を名乗れ」
誰何した芹沢は、右手で刀の鯉口を切る。
「馬鹿言っちゃいけねえよ。うちを苗字帯刀の大店とお間違えかい? 壬生狼士の旦那さん」
せせら笑って答えた彼が両手を上げた、その時だ。
一瞬の間を隙と捉えた背後の隊士が抜刀し、
「よせ!」
正気にかえった芹沢が制止をかけたその刹那、胸の中に肩を裂かれた隊士が倒れてきた。
花村は番台の下に隠している長脇差を鞘から抜き取り、素足で土間に飛び降りる。
刀が空を切り裂く音に男達の絶叫が重なり合い、奥へと逃げる女中の悲鳴が芹沢の耳をつんざいた。
しかし、無駄に多い土間の柱や低い梁に切先を取られた隊士等は、身動きできずに胴を割られ、次々袈裟に背中を裂かれる。
芹沢も大刀の柄を脇差様に短く握り、斬るのではなく槍のように刀を突き出さざるを得なかった。