第四話 私がやります
つい先日まで、諸外国から仕入れた安価な生地で割安に商う蔦屋を国賊と呼び、忌避し続けた都人ばかりか、反幕勢力の長州薩摩の藩士の出入りもあるらしい。
とはいえ、閑古鳥が鳴いていた自分の店に客を呼びたいためだけに、あんな騒ぎを起こすのか。
土方は自分の憶測を内心自分で疑った。
客を呼びたいだけならば、浪士組を巻き込むほどの面倒事など起こさずに、もっと穏便で狡猾な手を打つだろう。
蔦屋なら。
少女のように可憐で品よく整った、あの呉服屋の野性味溢れる双眸が、嘲るようにゆるんだ紅い唇が、一瞬脳裏をよぎった刹那、思わず鋭く舌打ちした。
答えの出ない問いかけに無理やり蓋をするために、何らかの理由を欲すると、引きずり出されるようにして蔦屋の目つきが蘇る。
肩をそびやかせたまま踵を返す土方に、沖田は黙って従った。
五条橋にさしかかると、川面を渡った涼風が二人の男の髷を揺らし、のぼせた頭を冷やしてくれる。
澄んだ鴨川の清涼な流れ。
そのせせらぎに数羽の鷺が脚を浸し、時折水草をついばんだ。
沖田は一人で足を止め、朱塗りの欄干に手をかける。
「私がやります。いざとなれば」
誰に言うともなく呟いた沖田を土方が振り返る。
すると、前方からやって来た舞妓が沖田に近づくにつれ歩幅を落とし、俯く沖田を覗き込む。そして言葉をかけるでもなく、はにかみながら会釈した。
おそらくどこかの宴席で沖田に侍った女だろう。
しかし、舞妓の秋波に気がつきもせず、陰鬱な面持ちで川の流れを見つめている。
土方は、袖にされて消沈する美形の舞妓を顎でしゃくって追いやると、沖田の隣に並んで続けた。
「何の話だ」
「土方さんは斬るおつもりでしょう」
「当たり前だ」
土方は即答した。
「だが、工夫がいる」
壬生組の痕跡を残さずやれとの意味合いだ。
「承知しています」
「助けはいるか?」
「いえ。私一人の方が動きやすい」
「お前が一人で?」
問い返しながら、土方の胸に俄かに疑念が湧き起こる。
沖田は生来、こういう鬼謀策略に乗じる事態をひどく嫌って避けてきた。
人間の色と欲とを極端に厭う質なのだ。
「総司」
土方は言葉を継ごうとした。
けれども顔を伏せた沖田は無言で一礼し、足早に橋を縦断した。




