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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第五章 久藤祐輔
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第一話 爪はじき

難儀なんぎどしたなぁ、ほんまに」


 無残に焼け落ち、重なりあう柱や瓦を佑輔が掻き集め、手押し車に投げていると、見知らぬ新造しんぞから労わりの声をかけられた。

 揚屋から戻った数日後。

 西洋学塾の学舎として、堤が借りていた一軒家が付け火に合って全焼したのだ。

 

「火付けの下手人は見つからはったん?」

「いいえ」

 

 佑輔は、はにかみながら俯いた。


「どうせ、帝の御膝元で洋学を教えるなんて不敵だという、攘夷じょうい浪士の仕業ですから」

 

 後始末を中断した佑輔は、煤と汗で真っ黒になった顔を肩にかけた手拭で拭く。


「攘夷だの尊王だの言うてはるけど。うちにはさっぱりわかりまへんなぁ」

「攘夷派は欧米諸国との外交を拒否する者の集まりです。今帝の孝明天皇の異常なまでの異人嫌いが発端です。帝がそう仰せになられるのであれば、帝の御意思を尊重し、国への上陸を阻止するべきだと、尊王攘夷派は唱えます」

「うちらかて御上を敬っておりまっせ。それはその……。尊王何とかにあたるんどすか?」 

「帝を敬うだけなら神仏を敬う気持ちと同じです。何の咎めも受けません。ただし、今回の付け火のように夷てき、つまり諸外国に組みするようなやからは不敬だとして抹殺しようとするのなら、あなたは尊王攘夷派ですねと言われます」

 

 佑輔は和やかに、そして出来るだけ端的に説明した。

 難しい話を難しく話すのは簡単だ。

 込み入った話を誰にでもわかるように説明するには、語彙力ごいりょくこそが、ものを言う。

 語彙力こそが学問のかなめなのだと、師である堤は提唱する。

 佑輔は、師の信念を踏襲とうしゅうする。


「ほんなら洋学塾の先生しはるんのも命懸けやね」

 

 手拭で頬被りをしている御新造ごしんぞは、重そうに抱えた立派な西瓜すいかを、ぐいと佑輔に押しつけた。


「冷やしといたし。皆で元気、出さはって」 

 

 か細く驚きの声をあげた佑輔が礼を述べる間も与えずに、気恥ずかしげに去って行く。

 佑輔は、その後ろ姿をあっけにとられて見送ると、 手押し車の引き手に座り、キセルをふかす堤に西瓜を差し出した。


「珍しいこともあるものですね」

「うまそうだな」

「京に来て初めてですよ。こんなに親切にされたのは」

「横柄な新撰組に歯向かったんだ。尊王贔屓そんのうびいきの都人も、少しは気を良くしたんじゃねえのか?」

 

 ひとまず西瓜は手押し車の脇に置き、堤はのっそり立ちあがり、焼け残った柱の下から見つけた分厚い洋書を引き出した。

 中をくぐってみたものの、放水により印字が滲んで読み取れない。

 溜息混じりに天を仰げば、骨組みだけになった屋根の向こうに青く澄んだ夏空が見える。


「千尋ん所で、ちょっくら包丁とまな板借りて来いや」

 

 堤は、わざと軽妙に言いつけた。

 先程の佑輔の言葉ではないが、帝の御膝元で洋学塾などするような『国賊』のために、御上が動くはずもない。

 たとえ攘夷浪士の仕業でなくても、火付けの下手人があげられることはないだろう。

 泣き寝入りするしか他にないなら、いっそ笑い飛ばそうと、堤は大きく伸びをした。


「嫌です」

 

 しかし、佑輔は即答した。

 そのうえ当て擦るように背中を向けて瓦を拾い、荷台に乱暴に投げつける。

 

「いつまでむくれてやがるんだ」

「別に……、むくれてなんていませんよ」

「幕府の通詞をしていたことを、お前に言わずにいたことも、千尋に考えがあってしたことだ。お前をないがしろにした訳じゃねえんだ。わかってやれ」

「ええ、今回のことでわかりましたよ。嫌というほど」

 

 佑輔は堤を見ようとしなかった。


「千尋さんに近ければ近い人ほど、千尋さんの立場や考えをご存じでいらっしゃる」


 言葉の端々に刺々しさを滲ませて、佑輔は自ら手押し車の取っ手を持ち上げ、前に押しつつ門を出る。

 堤は倒れた柱にくずおれるように腰をかけ、もう一度嘆息しながら項垂れた。


「私はわかる気がするなぁ。久藤さんのお気持ちが」

 

 蔦屋で番頭を勤める花村が、包丁とまな板を携えながら立っていた。


「久藤さんは千尋さんが幕府の外国奉行に重んじられているなんて、夢にも思わなかったはずですよ。慶喜公の箝口令かんこうれいで、京都守護職の配下でも重臣以外は知らされてません。それでは千尋さんからだけじゃなく、慶喜公からも爪はじきにされた気分になりますよ」


 花村は置かれた西瓜を持ち上げ、したり顔で笑んでいる。


「あいつはどうして千尋のことだと、あんなに目の色変えるんだ」

 

 堤は両手で髪をかきむしる。


「面倒くせえなぁ。いっそ、お前の門下生にしてやりてぇよ」

 

 花村が切り分けた真っ赤な西瓜を差し出され、堤は憮然と受け取った。


「どうして黙ってたんですか?」

「さぁな」

 

 喉が渇いた堤は西瓜を貪り食うと、種を吐き出し、首を振る。


「千尋の考えることは俺にもわからん」

「なんだ。先生にも箝口令が布かれてたんですか」

「お前にだって、そうだろう?」

「千尋さんは久藤さんを揉め事に巻き込みたくないだけじゃないかと、私は思っていますけど」

「先生」

 

 堤が西瓜の二切れ目に手を伸ばした時、門下生の青年が顔を出す。


「家主が来てます。今後の話がしたいとか」 

「すぐに行く」

 

 腰を上げた堤がすれ違いざま、花村の肩に手を置いた。

 

「千尋に何かあったら、また知らせてくれ」

「わかっています。……久藤さんにも、なんですよね?」

「千尋がいれば佑輔もいる。わざわざ俺に言わせるな」


 忌々しげに顔を歪める堤にクスクス笑い出す。

 そんな彼だが、壬生浪士を千尋と二人で斬りつけたのも彼なのだ。

 花村は流れる汗を首にかけた手拭いで拭く門下生にも冷えた西瓜を分けてやり、堤の目線に応えるように会釈した。 


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