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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第四章 近藤勇
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第二十一話 別の闇

「蔦屋さん」

 

 沖田は壬生寺の裏門を出てすぐ蔦屋に追いついた。

 彼は手代も伴わず、駕籠も使わず歩いていた。


「これを、お返ししようと思って」

 

 炎天下で駆けて来た沖田は頬も耳も紅潮させ、懐から短銃を差し出した。

 芹沢一派との小競り合いで没収した代物だ。

 けれども路上で足を止めた蔦屋は差し出された短銃に、よそよそしい目を向けている。

 

「差し上げますよ」

「え……っ?」

「弾も入っていますから」

 

 飄々とした笑みをのぼらせ、軽く眉を開いたきり、蔦屋は再び歩き出す。

 品があり、際立って端正な造りの蔦屋の笑顔は柔らかい。

 沖田は束の間唖然とするも、焦って後を追いかけた。

 

「私が頂いたって無用です。銃なんて撃てやしないんですから」


 蔦屋の前に回り込み、工芸品に近い銃を振りつつ告げる。

 しかも実弾の入った銃を敵対している相手にくれてやろうとする意図が掴めない。

 土方が示唆した通り、壬生浪士組を援助する筋書きありきの言動だとしか思えない。沖田は困惑しきりに蔦屋と並んで歩き続けた。


「撃てないのなら練習なさい」

 

 やがて蔦屋は長身の沖田を仰ぎ見た。


「これからの時代、剣術だけでは生き残れません」

 

 沖田が銃を持つ手に蔦屋はそっと両手を添えると、優しく銃を握らせた。


「蔦屋さん……」

「あなたにもご迷惑をおかけした。ですからせめてもの、お詫びです」

 

 伏し目がちに謝る蔦屋は、あの芹沢一派を脇差ひとつで追い込んだ、剣豪だとは思えない程たおやかだ。蔦屋は閉じた唇の両端を持ち上げるようにして微笑むと、沖田の異議を押し負かす。

 規則正しい足取りで遠のく姿が、道なりに軒を連ねる町屋の風情と往来に自然に馴染んで小さくなる。


 柔よく剛を制すとは、このことか。


 沖田は蔦屋に対して文字通り、手も足も出なかった。

 返し損ねた銃を見ながら油断のならない御仁ごじんだと、心の緩みを改める。そんな蔦屋の守護者のように振る舞う久藤とは真逆の闇が、要所要所で現れる。


おそらくそれは艶麗えんれいな色香を醸す久藤の闇とは、全く別の闇なのだ。


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