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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第四章 近藤勇
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第二十話 粛清

 壬生組が近藤派と芹沢派に分裂し、粛清しゅくせいをもって組する以外に道はない。

 その機を互いに狙い合っていた。


 しかし、それは隊の内情だ。呉服屋如きに干渉されるわれはない。

 眉根を寄せた土方は、思案しながら佇んだ。

 すると、回廊の対岸まで来て土方に気づいた様子の沖田に足早に駆け寄られ、土方は訝しむ。

 善きにつけ悪しきにつけ、滅多なことでは感情を表に出さない沖田がひどく慌てている。

 土方も回廊を巡り、沖田に近づく。


「土方さん。蔦屋が目通りを願い出ています」


 途中で交えた沖田が目礼してから報告した。

 驚いた土方と目と目をかわして頷き合い、土方の後に沖田も続く。

 主庭に沿った廊下を二人で進むうち、奥座敷で待つ蔦屋が視界に入ってきた。


 夏大島の単衣に墨染めの羽織を重ねた後姿だけで、間違いなく美しい。


「お待たせしました」


 奥座敷の鴨居の下で立ち止まり、居丈高いじょうだかに告げたあと、土方は当然のように上座に着く。

 座布団を用いず、畳に直に端坐していた蔦屋が一礼した。


「手前が蔦屋の千尋です」 

「土方です」


 挨拶が済んだ頃合いに、若い隊士が二人の前に湯呑を置いて立ち去った。

 土方は早速茶で喉を潤した。 


「このたびは貴殿に多大なるご迷惑をおかけ申した。この通り、陳謝致します」

「とんでもないことでございます。土方様。どうぞ頭をお上げ下さい」


 土方が申し訳程度に頭を下げた途端、蔦屋は白々しいほど狼狽うろたえた。

 かえって屈辱の増した土方が肩を怒らせ、堪えていると、面を伏せた視界の中に風呂敷包みが押し込まれた。

 

「ご迷惑をおかけ致しましたのは、当方でございます」

「どういう意味です?」

「どうぞ、お納め下さいませ」 

 

 蔦屋が自ら風呂敷包みを解いて言う。

 落ち着き払った丸い声。

 現れた紫色のふくさの上には、和紙と帯で包まれた小判の山が三つある。

 沖田は廊下に面した障子の陰に控えていたが、思わず身を乗り出させて息を呑む。


「なるほど」

 

 しかし、土方は失笑した。


「上納はしないが、見舞金なら出すとおっしゃる」

 

 町人の分際で、壬生浪士組を虚仮こけにする気か。土方は固く腕を組み、抜刀の衝動を耐え忍ぶ。

 なにしろ、この男は幕府の外国奉行に重用される通詞なのだ。

 表立って手は出せない。

 すると、蔦屋は用は済んだと言わんばかりに早々に立ち上がる。


「金は金。いかようにお取り下さろうとも結構です」


 鉄槌てっついでも下すような返答が土方の頭上に振り下ろされる。

 続いて廊下で控える沖田に優美に会釈して、蔦屋は足音もなく奥座敷を去る。

 座敷では、土方が白い帯のかかった小判を前に身じろぎひとつしなかった。 沖田はかける言葉も見つからず、廊下で息を凝らしていた。


「だったら、どうして……」

 

 土方は、ぶつぶつと口の中で言葉を転がす。


「どうしてわざわざこんなに派手に騒いだんだ。三百両も出す気があるなら」


 三百両あれば、失った隊士の穴埋めも可能になる。

 目の上のたんこぶだった芹沢も粛清できる。

 これでは、やはり蔦屋に窮地を救われたとしか思えない。


「さあ……。私には見当もつきませんが……」

「興味がねえか? 蔦屋の腹の中なんぞ」

 

 あまりに他人事ひとごとめいた口調で返され、土方は怒りの矛先を沖田に変える。

 もともと争い事を避けて通るたちの沖田は、色や欲が絡むとなると、毛虫か何かに触れるように顔を歪めて嫌悪する。

 

「嫌だなぁ。私に八つ当たりはよして下さいよ」

 

 沖田はおどけるように首をすくめ、一目散に逃げ去った。

 いつものごとく土方は、疑惑と憤怒の嵐の中に残された。 


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