第二話 袖の下
女中が無言で頷いて、 そっと席を外すとともに老齢の女中が入れ替わる。
塗りの盆に用意した酒と肴を花村の手元に置いた女中が、花村の背後に退いた。
「長州藩士をかくまうなどと、とんだ濡れ衣でございます。 ご覧の通り、手前どもは安価が売りの呉服屋でございます。 長屋のご新造相手の、しがない商人。御上に立たてつくなんて、とてもとても」
花村は柔和な笑みを張りつかせたまま徳利を掲げ、当たり前のように盃を手にした芹沢に酒をすすめて応酬した。
しかし、すっかり畳の間に腰を据えた芹沢に一刀両断に返される。
「人は口では何とでも言える」
「……と、申されますと」
「幕府に逆らう意向はないなら、証を示してもらわねば」
番台の書卓に置かれた洋燈を物珍しげに手に取って、観賞しながら芹沢が、下卑た笑みを浮かべている。
膝の上で拳を握った花村は唾をゴクリと嚥下した。
蒸し暑い夏の盛り。
凍てつくような沈黙の中、賑々《にぎにぎ》しい蝉の音が店を預かる花村の耳に、 ひときわ大きく響いていた。
要するに、賄賂をよこせと言うのだろう。
しかも相手は壬生浪士組の筆頭局長。半端な額では済まされない。
とはいえ、番頭だけでは即断できない要求だ。
だが、もし主人の不在を盾にして抗弁しようと、断れば壬生浪士組に刃向うのかと更に絡まれ、暴れ回るに違いない。
花村は背後の女中に声をひそめて訴えた。
「久藤さんは、まだか?」
切迫した目で訊ねても、老いた女中は痛切な面持ちで俯いた。無闇に動じることを好しとしない、腹の据わった京女らしい対応だ。
花村はやむを得ないと腹をくくり、番台の下に常置している鍵付き箱に、手をつけかけた時だった。
「袖の下をよこせってんなら、はっきりそう言え。腐れ壬生浪!」
芹沢達の背後から、よく通る青年の声がした。
直後に壬生浪士組の侍が四方八方に飛びのいて、自分の刀に手をかける。
それでも彼は怯むどころか、ますます血気盛んに着物の裾を尻からげにして罵倒した。
「てめえら公儀御用だ何だの言って、金をむしり取っていやがるが、こちとらてめえの体張って稼いだ金だ。壬生浪なんぞに一銭だって渡しゃしねえっ!」
上背もなく体躯も華奢な青年の、ひと括りした総髪が、うなじの辺りで揺れている。
帯に長脇差を差しているが、一本刀で大刀がない。
芹沢は侠客かとも思ったが、青年はまだ少年のようにあどけない。
「旦那様!」




