第十九話 近藤勇
壬生浪士組幹部のひとり、近藤勇は京都守護職松平容保がいる金戒光明寺に、
早朝から馳せ参じていた。
「芹沢鴨がはたらいた蔦屋への狼藉の数々、許しがたい」
とする、外国奉行の文書を朗じる藩士の前で、近藤はひたすら平伏して陳謝する。当の芹沢は昨晩から遁走し、行方知れずのままだった。
「蔦屋は英仏蘭露、支那語もできる。経理に明るく、国外情勢にも通じている。横浜では幕府の通詞ではなく、わざわざ蔦屋を用いる外相や通商も多い。居留地での蔦屋は身内も同然に遇される」
会津藩士は文書を畳んだ。
「何が言いたいかは、わかろうな」
「畏まって仕りまする」
近藤は平伏したまま遠ざかる藩士の足音を聞いていたが、内心「好機だ」とも、思っていた。
これまでは、京に駐在する水戸家家臣の芹沢の兄により会津藩への渡りをつけ、
京都守護職の後ろ盾を得ることに専念した。
芹沢一派の暴挙を苦々しく思いつつ、見て見ぬ振りしたのは、そのためだ。
だが、京の治安維持が要職の会津藩御預かりの身となり、容保公からの覚えもめでたい今となっては、
芹沢の存在価値は消費されたと言っていい。
「斬ろう」
近藤は浪士組が屯所にしている壬生寺に戻るなり、土方の私室を訪れた。
「粛清の命を受けたも同然だ。今なら、私欲で斬ったと思われずに済む」
「あんたがそう言うのなら、反対はしない」
仏頂面で答える土方の同意を得るなり、近藤は早々に部屋を出た。
障子は開け放たれたままだった。
大柄な近藤が板間の廊下をのし歩き、地響きのような足音が遠ざかる。
回廊に囲まれた中庭の青紅葉が盛夏の強い日差しを受け、薄い葉陰を落としている。立ち上がった土方は、近藤の湯のみに残った冷茶を草木の根元にかけてやる。
まるで、蔦屋に助けられたかのようだ。




