第十八話 路傍の猫
出自も気質も何もかも違うふたりが、互いの体温だけを拠り所にして路傍で寄り添い、健気に生きる野良猫に見える。
堤は牢屋奉行が開けた木戸をくぐって座敷に入りるなり、ふいに胸を詰まらせる。
蚊遣りの中。
布団はふたつ延べてあるのに、ひとつの布団で額をあわせ、千尋と佑輔は丸くなって眠っている。
佑輔は千尋の肩に腕を回し、千尋もそれを許している。
安心しきった寝顔のふたりを今から修羅へと引き戻す。それが自分の務めなのだと思っても、やはり心は痛むのだ。
「千尋」
堤は小声で名を呼んだ。
と同時に跳ね起きて、枕元をまさぐった千尋は彼の脇差を掴み取る。
鞘から抜いて身構える。
けれども千尋は庭に面した障子から差し込む朝日を顔に受け、あどけなく双眸を瞬かせた。
「……堤さん」
「よくもまぁ。……呑気に朝寝しやがって」
「こっちもてっきり見捨てられたかと思いましたよ。あんまり迎えが遅いから」
堤は苦虫を噛みつぶしたように精悍な顔を歪めさせたが、千尋は堤と分かるなり、脇差を手近に置いて伸びをした。
そうして畳の上であぐらをかき、あくびをしながら脇やら腹やら掻いて言う。
「出迎えですか? それとも何かの差し入れですか?」
このまま放免されるのか、まだ逗留が続くのか。
千尋は堤を上目に見ながら、ほくそ笑む。
しかし、詮議の前に堤がこうして来たのなら、答えは既に明白だ。
とはいえ、二、三日は牢屋暮らしを覚悟して、番頭の花村にもそう告げた。
それが、ひと晩で済んだのだ。堤にしては上出来だ。
そう思いながらも憎まれ口をたたく千尋に堤は更に激昂した。
「こっちは寝ずに一晩駆けずり廻ってやったんだぞ! てめぇが無駄に暴れたせいでだ!」
怒りに任せて堤が木戸を蹴り飛ばす。
それでも千尋はどこ吹く風で笑んだまま、眠り込む佑輔の額や頬に汗で貼りつくみだれ髪を、指先でそっと梳き払う。
「少しは静かにして下さい。佑輔は昨日の疲れが残ってるんです」
「人の弟子に縄かけやがって! てめえなんぞ一生臭い飯食ってりゃいいんだ!」
「そうは問屋が卸さねえから来たんでしょう?」
千尋の傲然とした反撃に、堤は二の句が告げずに黙り込む。
そして、つかつか歩み寄るなり、千尋の鼻をひねりあげた。
「この鼻を、この鼻をへし折ってやる!」
千尋は沖田に首を打ち据えられた昨日の痛みの癒えない上に鷲掴みにされ、子供のように喚きたてた。
そうして朝っぱらからいがみ合う『兄』と『師』の喧騒に、ようやく佑輔も目を覚まし、半身を起して二人を見やる。
「どうしたんです。先生まで」
佑輔は呂律がうまく回らない寝起きの声で問いかけた。けれども堤は肉感的な唇を硬くへの字に引き結び、今度は弟子へと罵声を浴びせる。
「うるせえ! 帰るぞ!」
「ですが、先生。私たちには詮議がまだ……」
「詮議なんぞするまでもない。こいつに手ぇ出したら外国奉行が黙っちゃいねえ」
「外国奉行?」
「そうだろ? 千尋」
佑輔を力任せに立たせた堤は、にやにや笑っているだけの千尋をきつく睨み据えた。
「幕府だって壬生浪なんぞと引き換えに米英蘭仏、敵に回したかねぇだろうしな」
「待って下さい。どういう意味です? 千尋さんがどうして幕府の奉行など……」
呉服問屋の主人にすぎない千尋が捕縛をされたなら、どうして幕府の外国奉行が動くのか。
しかも外国奉行は黒船ペリー来航以来、半ば脅されるようにして各地で開港し続ける、幕府の外交を担う国の中枢。
その外国奉行と一介の呉服屋との続き柄とは何なのか。
佑輔は堤に引きずられながら訴える。
「ちゃんと説明して下さい! 外国奉行がどうしてあなたを……」
「それから、言っときますけど。堤さん」
もげそうになりかけた鼻を掌で覆い、千尋は堤を呼び止める。
「私は何の意図もなく、喧嘩をふっかけたんじゃないですよ」




