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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第三章 沖田総司
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第十七話 分かれ道

 小窓の付いた木戸が閉じられると、佑輔がほっと安堵の息を吐く。

 ようやく腕を離されて、仁王立ちした千尋は心の中で振り上げたままの拳を下ろす機を逃し、決まり悪げに顔を背ける。

 その際、舌打ちまでした千尋を藪睨やぶにらみした佑輔は、座敷に置かれた行灯の火を吹き消した。


「与力がまた何か言ってこないうちに寝てしまいましょう。もう月があんなに傾いてしまっている」


 庭に面した障子の取っ手に手を掛けて、佑輔が夜空を仰ぎ見る。

 白い寝着。元結で括られた長い髪。

 月明かりが佑輔の怜悧な目元にかかる前髪や、額から鼻筋、唇から顎にかけての横顔の陰影を浮かびあがらせ、一幅いっぷくの画のようだ。


 先程までの気勢はあえなく消沈し、鼓動が俄かに逸り出す。

 どれほど見ても見飽きない。

 いつまでも、そこでそうしていて欲しい。


 殺気をたぎらせ、剣を奮う姿より、ふとした拍子にぼんやり佇む佑輔が……と、言いかけて、湧き出た言葉を千尋は慌てて蹴散らした。


「先に寝るぞ」


 ぶっきら棒に言い放ち、千尋は蚊遣りをはぐってもぐり込む。

 ひとまずここは折れてやるとの通告だ。

 ぴたりと沿わせた布団の縁を無言で眺め、二つの布団を引き離す。


「あっ、止めて下さい。そんな意地の悪いこと」


 障子を閉じた佑輔が気焔をあげて駆けつけた。

 蚊遣りに入った佑輔は、距離を置かれた布団を押してくっつける。


「暑苦しいから、ひっつくな」

「嫌ですよ。千尋さんと一緒に寝るなんて、江戸を出て以来じゃないですか」

「ここは宿屋じゃねぇんだぞ? そういう駄々をこねるから、慶喜公に元服を許されないんだ。いい加減に自覚しろ」

「そうです。私はまだ元服前の子供です。揚屋だろうと入牢させられ、心細くなったんです」

「どの口が言いやがる。そんなこと」


 千尋は布団の上であぐらをかき、眉を開いて吠えたてた。

 しばらく押し問答を続けたが、意地を張るのも説得するのも馬鹿馬鹿しくなる。

 帯から脇差を引き抜いて、溜息混じりに「勝手にしろ」と吐き捨てた。

 すると、同じく佑輔も腰の大小を抜き取った。

 それを枕元の二本掛刀掛台に収めて上掛けを剥ぎ、横臥おうがする。


 千尋がいくら渋い顔で睨んでも、どこ吹く風の若君だ。

 横になった千尋がわざと背中を向けても擦り寄って、額を肩に押し当てた。


「江戸を出ても、ずっとこうしていられるとばかり思っていたのに……」

「……いつの話だ」

「もう二年ぐらいになりますか?」


 憂いを含んだ佑輔の返答に千尋は何も答えない。

 佑輔は、江戸で私塾を開いていた蘭学者の堤永嗣つつみながつぐの門下生の一人にすぎない。

 私塾では平等博愛理念に乗っ取り、住み込みの教え子のみならず、堤自身も師範も宿舎で枕を並べて眠っている。


 京で一軒家を借り、洋学塾を開いた今でも変わらない。

 そんな私塾で語学の教鞭を取るようにせがまれて、教壇に立った日のことを、不思議と今でも覚えている。


 見るからに才気溢れる見目麗しい令息が、語学を自在に操る自分に感服の目を向けていた。

 そして、それは日を追うごとに熱を増し、少年の人生を歪ませた。


 額を押しつけたままの佑輔は、じっと息を凝らしている。

 千尋はそんな佑輔を哀れとも思い、いじましくもなる。

 自分になんぞ出会わなければ、彼の未来は順風満帆じゅんぷうまんぱんだったのに。


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