第十六話 二人なら
「いいえ。私はここで充分です」
佑輔はにべもなく言い放つ。
まるで見廻り役に当て擦るように、自ら座敷の隅に積まれた寝具を延べ始める。
さほど間隔も空けずに敷いた布団に、蚊遣りまで掛け出した。
「お前が行ってやらねぇと、与力の面子が立たねぇだろ。構わねぇから行ってやれ」
千尋はむくりと起き上がり、強情な弟分を追い立てる。
「嫌です」
「佑輔」
「千尋さんを一人には出来ません。万が一、牢内で何か事が起こっても、闇から闇に葬り去られるだけですから」
毅然と答えた佑輔に、千尋は口をへの字に折り曲げる。
「……随分見くびられたもんだな。俺は水戸藩附家老久藤家の若君に四六時中、庇護されなければ危うい小童か」
「そうじゃありません。そんなつもりで言ったんじゃ……」
佑輔は慌てて言葉を重ねたが、千尋は眦を尖らせる。
「いつまでも俺の腰巾着なんかやってるお前を久藤家は苦々しく思っている。俺を一人にさせたら、これ幸いと暗殺されるとでも言いたいのか?」
歯にきぬ着せぬ物言いにたじろいだ佑輔が、瞳を可憐に震わせた。
「まだ前髪のPatoronに庇護されて、ぬくぬく大牢を免れたなんて言われたかねぇんだよ。俺だって」
自分も大牢へ入ると言い出しかねない佑輔のために渋々揚屋に上がったものの、やはり分かれるべきだった。
武家は武家。町人は町人。佑輔は歴然とした一線を何としてでも越えたがる。
まるで分別もつきかねる子供のような戯言だ。
そんな佑輔の我儘を通した自分が悪いのだ。
肩を怒らせ、木戸に向かった千尋は背後から腕を掴まれ、ぐんと体を仰け反らせた。
「私はどこにも行きません。千尋さんも与力の座敷に留置されるなら、私も喜んで参ります」
千尋を背後に押しやって、迎えの与力に豪語する。
「佑輔!」
「千尋さんが今、ご自分でおっしゃったじゃないですか。私が側にいるせいで、あなたはいつ寝首をかかれるかわからない。あなたがどんなに強くても、多勢に無勢で襲撃されては敵いません」
長身の佑輔に顔を寄せられ、射抜かれて、今度は千尋がたじろいだ。
「そのように本間様にお伝え下さい。お勤め、ご苦労様でございます」
佑輔は、木戸を僅かに開いた困惑顔の見廻り役を追い立てる。
それでも千尋は肘を挙げ、振りほどこうと足掻いたが、暴れる子供を御すように、一層力を込めてきた。
「では、そのように」
ぎこちなく頭を下げた見廻りは木戸を閉じて錠をした。
板間の廊下を踏みしめる足音も程なく途絶え、夜のしじまが蘇る。




