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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第二章 土方歳三
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第十三話 彼は特別

 壬生浪士組でも最大派閥の芹沢一派が恐喝まがいのやり方で、島原や祇園などでの遊興費をあちこちの商家から巻きあげる悪評は、土方の耳にも届いていた。


 それでも芹沢鴨は、烏合うごうしゅうの壬生浪士組には希少ともいえる武士階級。


 水戸藩士の芹沢の働きかけで、会津藩主との謁見が可能になり、自分達は晴れて会津若松藩御預かりの身となることができたのだ。

 本人もそれを傘にきて、立場上同等であるはずの近藤が、忠告すらできずにいるのが現状だ。


 今度のことでも騒ぎの発端となった芹沢は島原にずっと居続けて、屯所とんしょに戻ってさえいない。同志といっても芹沢は武士だ。

 会津若松藩御預りになったとはいえ、自分や近藤は未だ奥多摩で生まれた農民身分のままなのか。

 主家を持たない浪人か。

 少なくとも会津藩の奉公人なのかすら判然としない自分達に、武士の芹沢に手は出せない。

 それがどんなに歯がゆくても、だ。


「お前がここにいたって仕方がない。とっとと夜間の巡察に行け」


 土方は項垂れる沖田を顎でしゃくって促した。


「わかりました」

 

 苦々しげに目を伏せて、沖田は身を翻してえんに出る。

 広縁に面した中庭には、蔦屋に斬られた隊士の腕や足などがゴミのようにたらいに積まれ、無造作に放置されていた。


 いったい我が身と隊に何が起きたというのだろう。

 あまりのことに絶句して、唇だけを喘がせている。

 すると、質素な茅葺かやぶきの裏門から、諸士取調役兼監察方の宮迫みやさこが現れた。


「宮迫さん! 宮迫さんは確か蘭語らんごがおわかりでしたよね?」

 

 沖田は沓脱くつぬぎ岩で草履を引っかけ、中庭に出て呼び止めた。


「ええ、少しですが。それが何か?」

「ちょうど良かった。それでは『どんまーだー』とは、どういう意味になりますか?」

「沖田さん。それは蘭語ではなくて英語です」


 宮迫は苦笑いして訂正し、引いていた大八車を足元に置く。

 剣の腕もさることながら、豊富な知識と語学力を買われ、 諸士取調役兼監察方に就任した精鋭だ。

 米粒に目と鼻と口を一筆書きをしたような品のいい顔の汗を手ぬぐいで拭き、人懐こく微笑みながら沖田に答えた。


「『どんまーだー』とは、『殺すな』という意味です」

「では、『えくせぷしょん』とは?」

「『例外』。もしくは『特別』の意味合いでしょう」

「でしたら、『ひーずえくせぷしょん』では、どうなりますか?」

「『彼は例外、もしくは特別だ』ということになります」

「ありがとうございます。助かりました」


 満足した沖田は縁に戻ってあぐらをかき、指の爪を神経質に噛み出した。

 宮迫は切断された手足が入った盥を台車に乗せながら、感嘆の目で沖田を眺める。


「すごいな。沖田さんは英語を全くご存じないのに完璧に聞き取れているじゃないですか。よほど耳がいいんでしょう」

「総司。英語がどうした」

 

 土方は沖田の隣にしゃがみ込む。


「蔦屋の主人は、私は『特別な存在だから殺すな』と、言ったんです」

「蔦屋が、か?」

「彼らは私達に聞かれたくないことは、英語でしゃべったんだと思います」

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