第十二話 接点
「また、蔦屋は江戸にいた頃から、同じく江戸で私塾を開いた蘭学者の堤永嗣とも懇意にしています。蔦屋の番頭の花村は、堤の私塾の門下生でした。堤と蔦屋が共に江戸を出て亰に移る際、花村が蔦屋の番頭を務めるようになったと聞きました。堤は、蔦屋の近隣で一軒家を借りて洋学塾を開設し、亰でも蘭学や英語を教えるなどしています。久藤佑輔は、現在この堤の洋学塾の門下生となっておりまして、英語や蘭語を教えることもあるようです」
「なるほどな。そこが蔦屋と久藤佑輔の接点か。……だが、江戸にいた頃はどうなんだ? 一介の町人の呉服屋ふぜいと、水戸藩附家老久藤家の若君、どんな親交があったんだ」
「申し訳ございません。今のところ、そこまでは……」
語尾を濁した宮迫は、即答できない己の不甲斐なさを恥じ入るように目を伏せる。
「まあ、いい。急な話だったんだ。これだけわかれば充分だ」
監察方に労いの声をかけ、下がらせようとした土方は、最後に思い出したように付け足した。
「そういえば、その久藤佑輔って奴はいくつなんだ。前髪らしいが、そろそろ元服してもいいはずの歳だろう?」
「数えで十五だそうですが、何しろあの顔ですからね。前髪を落とさせるのは惜しいと、慶喜公がごねておいでのようですよ」
「えっ……!?」
それまで沖田は無言で背後に控えていた。
しかし、十五と耳にするなり思わず声を張っていた。
豊かな総髪を、ひとくくりにした長い髷。
濡れたような黒い前髪。
品の良い瓜実顔に切れ長の目と一文字の眉。
濃い紅を引いたような赤い唇。
繊細で妖艶な面立ちが、今も沖田の目の裏に焼きついたまま離れない。
「あれで、十五……」
「何だ? 総司」
土方が肩越しに振り返り、ギロリと横目で睨んできた。
「いえ、……すみません。まさか、まだそんなに若いだなんて」
「お前と互角にやりあったらしいじゃねえか。十五と聞けば心外だろう」
失笑混じりに皮肉を言われ、沖田は拳を握り込む。
土方の物言いに腹が立ったわけではない。
互角にやりあったなどと口が裂けても言えないことは、自分がいちばんわかっていた。
あの時、蔦屋が仲裁に入って来なければ、確実に頭を割られていた。
幼少時から剣聖などとおだてられ、いつしか奢りが生じていた。
だからこそ十五の子供に打ち負かされた現実に、こんなにも動揺するのだろう。
沖田は自身の未熟さに、ほぞを噛むような思いでいた。
しかし、その間にも病人部屋から顔を出した町医者が、新たな死者の人数を二人に告げる。
「合わせて死人は十一か……」
これでまた、隊士の補充をかけなければならなくなった。
時間も費用も余分にかかる。
日々のまかないにさえ事欠く今の壬生浪士組に、捻出できるとは思えない。
腕を組んで深刻に黙り込む土方に、沖田はいてもたってもいられなくなり、板間に咄嗟に額づいた。
「申し訳ございませんでした! 私が応戦した為に、事を大きくしてしまい……」
「もういい、総司。お前が詫びる筋でもねぇ。元はといえば、芹沢が押し借りなんかするからだ」
「ですが、場合によっては、水戸藩附家老久藤家の若君に抜刀した咎に私も問われるはず……」
「そうなりゃ、何としてでも総司は俺が守ってやる。だが、それはそうなったらの話だろう。今は奉行所の詮議を待つしかねぇ」
土方は青ざめる弟分を無骨に慰め、叱咤した。