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死か降伏か  作者: 手塚エマ
第一章 OBEY
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第一話 身ぼろ

 嘉永6年(1853年)。

 伊豆の下田にペリー率いる連合艦隊が来航した。


 圧倒的な軍事力の前に開国を余儀なくされた徳川幕府は、その権威を急速に失墜させた。

 以来、倒幕をもくろむ尊王攘夷そんのうじょうい派藩士による、暗殺騒ぎが横行し、京の都は野戦場と化していた。


 そんな無頼ぶらいやからを制圧するため、京都守護職の会津藩が文久3年(1863年)。

 幕臣警護の名目で、壬生浪士組みぶろうしぐみを『御預り』として徴用した。


 腕さえ立てば、罪人だろうと農民だろうと召し抱える。


 しかしながら、その貧しい身なりと出自から、都人には『みぼろ(身ボロ)』と揶揄され、『壬生の狼』と畏怖された。

 それが新撰組の前身だ。

 そして、壬生浪士組の筆頭局長芹沢鴨(せりざわかも)は、結成当初から良くも悪くも名を馳せることとなる。


 その日も芹沢は壬生の屯所とんしょで朝から酒をあおっていた。


 京都守護職会津藩御預りの身とはいえ、与えられた職務もなければろくもない。

 将軍警護も名ばかりで、浪人雑人ろうにんぞうにんの厄介者が御預りの名のもとに、檻に入れられ、飼い殺しにされている。

 そんな屈辱と鬱屈は、筆頭局長の芹沢が誰よりも身に染みて感 じていた。

 

 暇をもて余した芹沢は、直属の部下と共に巡回と称して京の都をねり歩き、一軒の商家の軒先にしつらえられた床几しょうぎに腰かけた。

 格子窓にかけられた日除け幕には、藍の地に『呉服蔦屋』の店名が白く染め抜きされている。


「それにしても、この蔦屋という呉服屋は、やけに地味な造りだな」


 湿度の高い盆地の盛夏に辟易へきえきしながら単衣ひとえの襟をだらしなく広げ、脇や首に扇子で風を送り込む。

 吹き出す汗が太鼓腹を玉のように流れて落ちる。


 興味をそそられた芹沢は腰を上げ、軒先から土間へと移動した。

 土間のひやりとした冷たさを心地よく感じつつ、泥酔した目で店内を物色する。


 都人は家に凝ると聞いていたのに、繊細な彫の欄間らんまもなければ、金屏風のひとつも見当たらない。

 黒光りする天井の梁も剥き出しで、柱がやけに多かった。

 土間の奥には一段高い畳の間があり、その壁際に桐箪笥きりたんす数竿すうさお置かれている。


 だが、箪笥の手前に山と積まれた肝心の反物は、ほとんど木綿やかすりの安物ばかりだ。

 雅な都の風情など微塵も感じさせない。良く言えば質実剛健。

 悪く言えば陰気な店だ。


 店子たなこから芹沢来訪の報せを受けた花村はなむらは、店の奥から出て来ると、着物の裾をはらりと整え、畳に端座し、一礼した。


「お勤め、ご苦労様でございます。手前が番頭の花村でございます。本日は、どういったご用の向きで、ございましたでしょうか」


 端正な面立ちに笑みをたたえ、かつ慇懃に申し出る。

 芹沢の背後では、壬生浪士組の隊員が睨みを効かせて控えていた。 


「なに、造作もない。蔦屋が幕臣を闇討ちにした長州藩士をかくまったとの報が入ったものでな。事の真偽を確かめに来た」

 

 芹沢は、出まかせの検閲理由を口にした。肉の層が段になった首筋を忙しなく扇であおぎつつ、三十前後の細面の花村を、上目使いに盗み見る。

 薄鼠うすねずの着物に、花菱柄はなびしの地模様の黒帯を締めた、いかにも呉服屋の番頭らしい瀟洒しょうしゃで控えめな装いだ。 


「これは、また」

 

 花村は大げさに慄いて見せたのち、むせて咳き込む振りをして、肩越しに女中に囁きかける。


「……久藤くどうさんを呼んで来い」


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