第捌話 闘争前夜
第一次人類戦争後、海中の覇者となったアトランティス帝国はその圧倒的な力を海底諸国に向けて発し続けたが、地上には依然として敵対国家が存在し、さらに国内には巨大化しすぎた政治組織が蔓延っている。
特にアトランティスの軍事の要たる『IW』、政治の中枢を担う保守的な『IMA』、フィッツェ家を筆頭とした革新派貴族連合、皇帝とその一族の護衛組織である『帝国衛兵』が対立状態に陥っていた。これらは政治や軍事、経済に対して大きな影響を与えていたために帝国内は分裂状態と言っても過言ではないほどの状態となっていた。
この危機的状況を辛うじて繋ぎ止めていたのがラ・ムー28世である。
彼は全ての権力を握る"皇帝権限"を以って北部地方の議会共和派反乱軍の虐殺に近い鎮圧に成功すると、国内経済と政治の立て直しに取り掛かった。鬼角弾実験や宇宙空間における高速離脱実験、さらには経済政策も成功をおさめたものの、数年ほど前から持病の悪化に不安を抱いていた陛下は郊外にある彼の別荘で静養生活を送ることとなった。そしてその生活の中で陛下は急死してしまった。遺言としてエミリーが数世紀ぶりの女帝として即位するのは必然的だが、まだ幼い彼女が政治の実権を奪われるのもまた必然的である。
支柱を失った建物が跡形もなく崩れ去るように、帝国にも崩壊の危機が迫っていた。
ジリリリリリ……と邸宅にある電話が鳴る。
「はい、こちら臨時本部、ギュンター・フィッツェです」
「こちらアンドレア・コルテーゼ。陛下急逝の報で大変混乱されているであろう所申し訳ないのですが、私から一つお願いがあります」
「お願いですか?」
「ええ、貴族連合は一通り武器を揃えて、可能な限りの軍員全てを動員してくれ。だが、政治には介入しないでくれ。我々は"来たるべき日"まで中立を堅持する」
「貴方の言う"来たるべき日"とはいつ頃でしょうか?」
「分からない。だが兎も角それまで武装して待機させておいてくれ。以上」
「了解」
「あと、一つ聞いてほしい事があるんですけど…」
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「父上、貴族連合軍の配備がすべて完了したと、カレン殿とクラウゼから連絡がありました。"評議会"から指示はありましたか?」
そういう彼女は肩を大きく動かしながら額に溢れた汗をタオルで拭っている。アンナが落ち着くまでギュンターは待機して、呼吸が落ち着いたと確認したと同時に
「私から伝達。国内の予備のMMSもかき集めて部隊に振り分け、機械化師団も数千両のアトラン12534型戦車も全て動かせるようにしておいてくれ」
「了解しました。父上、一つ聞いてもよろしいですか?」
「ああ、なんだ?」
「……別にこれ私一人でやる訳じゃないですよね?」
アンナが30㎝はあろう書類の山をギュンターに見せつける様に抱える。それを見たギュンターは、クスクスと笑い、
「まさか」
といった後、
「ほかの仲間にも頼んで手伝ってもらって」
と続けた。
「了解」
アンナはそう言うとすぐに作戦本部から飛び出して行った。
貴族連合が"来たるべき日"に備え東奔西走する中、不安定化したアトランティスの政治にIWとIMAの一部派閥が介入を示唆したが、かつて『西部の食人馬』と呼ばれたフィリップモリス・バージニア元帥がテレビ演説において中立を宣言し介入賛成派や強硬派に対し「介入は断固として拒否する」と強硬的な姿勢を示した。
大戦乱の焔はすぐそこまで近づいている。
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