第陸話 想いは永遠に…縦え旅立とうと
数日間の検査入院の後、ポセイディア中央病院を退院した皇帝陛下ラ・ムー28世はポセイディアから45万ヤード離れた避暑地であるナングランヌイユにある別荘地で静養生活を送っていた。
退院後数日間は好調が続き、一週間ほどたったある日、アトランティス帝国は新型の鬼角弾の開発に成功した。様子は高官限定で公開され、陛下も上機嫌だった。
――――それを最後に。
翌朝、陛下が動悸や浮腫を訴えたのが全ての始まりだった。当初は何とか床を離れることができていたものの、みるみるうちに体は衰え、時計が"11"になる頃には手を動かしたり、言葉を発する事でさえ容易ではなくなっていた。
皇帝陛下ラ・ムー28世は青い壁で囲まれ必要最低限のものだけが揃えられた部屋の中で一人呟いた。すると部屋の隅から一人の幼い少女が目を輝かせながら小走りで彼の傍へと近づく。そしてベッドの横に置かれた小さな椅子の上に座って陛下を見つめ、喋りかけた。
「パパ~」
「やはり具合は良くないが…お前はいつも元気だな、エミリー。」
陛下のしわしわの手が、幼女の頭を撫でる。
「いやあ、父想いの優しい子供ですね!私の娘アンナとは大違い。きっと幼いながらも陛下の才能を感じ取っているに違いありません!」
傍にいたギュンターアンナの父が、衰弱しきって横たわる陛下に向かってそう話しかける。すると彼は一度頷き
「そうだな。エミリーは父想いの優しい娘だ。まさかここまで懐くとは思ってもいなかったよ。」
エミリーの頭をわしゃわしゃと撫でながらギュンターにそう言った。エミリーの無垢な目がギュンターに向く。
「おじさん、お父さんはどうなっちゃうの?」
実際はかなり重症であったが、エミリーを悲しませる事を恐れ、ギュンターは嘘をついた。
「大丈夫。きっとパパは元気になるよ。」
陛下は、ゆっくりと身を起こしてギュンターに話しかける。
「フィッツェよ、私が死んだら、エミリー"女帝"の事を頼む。」
「陛下にそう言っていただけるなんて、身に余る光栄であります…」
不思議そうな顔をして、ギュンターに話しかける。
「そういえば、クラウスは今どこにいる?」
「クラウス様はただいま別室にて待機しております」
「そうか、ならいい」
陛下は再び体を寝かしつけた。
エミリーに少し離れたところに行くように指示を出し、ギュンターと陛下は話を続ける。
「ミシェルから手紙が来ていると聞いたのだが……持っているか?」
「ええ、ここに」
ギュンターは小脇に抱える黒いカバンから壱枚の封筒を差し出す。
陛下が手を差し伸べ、そこにギュンターが封筒を乗せる。
「また何かあれば呼ぶ。君は戻って休んでおいてくれ」
「はっ。」
手紙の封を切った彼はギュンターにそう言い、ギュンターは部屋から出て行った。
そして、陛下は渡された封筒を眺める。差出人はペトラ・レントシュミット。陛下と同い年で、前陛下の主治医の子であり、そして唯一の女友達であった。
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(アトランティス共通語から翻訳)
「親愛なるデイビッドへ。
あなたが職務中に倒れたという知らせを受けたとき、私は悲しみと無力感で涙が止まりませんでした。しかし、大きな異常や病気はないと聞いて、とても安心しました。さて、現在、大変な状況にあることは承知していますが、月末に郊外の教会で小さなイベントを開催する予定です。体調と相談して、無理をしないでください。もし体調がよければ、是非ご参加ください。一国の王としてではなく、一国民として。
追記
娘と息子は元気です。来週あたりにそちらへ向かいます。子供の頃のように、また宮殿の庭であなたと遊びたいです...お返事をいつまでも待っています。」
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均整な字で丁寧に書かれたその手紙は間違いなく『親友』と言える存在でしか送ることができないものだった。
「ペトラ……どうして君はそうやってずっと律儀に手紙を送ってくれるんだ? 私が返事をくれなくても、何度も何十度も私の身体を心配して、手紙を書いてはその返信を待ち続けて……確かイベントは月末だったな……できれば今日のうちにでも近況報告も兼ねて参加の旨を伝える手紙を書こう……」
そう小さく言って、起こした体を倒し、目を閉じる。そうして、デイビッドの生命は無限に続く暗闇に吸い込まれた。