第壱話 海色の箱の底で
「はぁ~疲れた~」
カレンは、書類の山をコンベヤに乗せて電源を入れるや否や、近くにあった革張りのソファーに直行して腰掛けた。これまでクイフレゴという帝都からは55万ヤードも離れた地方都市で働いていた時に比べ、疲れも頑固だった。
ウィーン…というコンベヤの動く音が、カレンの部屋の中にこだまする。時計はその時"5"を指している。カレンは、大きなため息をついた後、両手を思いっきり上に伸ばして伸びをした。
10階に位置するカレンの部屋には、靄のかかったような陽光が降り注ぎ、そして下の階の方にあるシャトルやエアカー、上の方にいる天の浮舟は、目まぐるしく動いていた。
ソファーの手前にあった机にあったリモコンに手を伸ばし、番組をつけてみるも、特にこれといった非常に面白い番組が散見していた訳ではなく、ただただ特に面白くも面白くなくもないバラエティーやニュースが放送されていただけだった。
日緋色金で出来た銅色のカップにいつものを注ぎ込む。ゆっくりと中のコーヒーを口の中に含む感触は、他の背広組には分からないだろう。いや、分かっているか。
地上人たちの破壊工作は、漆黒の騎士のカメラがしっかりと記録してきた。湖を干上がらせ、海を乾かし、森を砂漠にし、至る所で火をつけ、自らが育ててきた自然を自ら焼き払う。その様な意味不明な行動の暁には、最終的には自滅しかないのだ。
(数時間後)
つい7時間前、疲れで布団で仮眠を取ったつもりなのに、気付けば時計の針は既に"12"を指していた。ヤバい、寝すぎた!掛け布団に顔を突っ伏しながら起き上がれば、そこには、使い古された網の如くめちゃくちゃに絡まったりなんなりしていた自分の顔があった。軽く髪を梳かしてから窓へと歩み寄る。まだ眠気の残る目を手の甲で擦り外の景色を一望すれば、昼下がりの日差しの中に、多様な民族や衣装の人々が行き交う街並みが望めた。視線をまっすぐ前に向ければ、そこには体育場の様に大きなポセイディア中央駅が、少し離れた王宮の代わりにポセイディアの象徴であるかの様に鎮座し、その出入り口や周辺の歩道には淪のように忙しく行き交う数え切れないほどの人々が見える。
出発までの間に、帝都ポセイディアを見て回る気満々だったカレンは意気消沈してしまい、ぐちゃぐちゃになってしまった寝間着を脱ぎ、ナイトキャップを外して洗濯にかけると、慌てて出発の準備をし始めた。洗面所で顔を洗うと、ハッとした。「出発の前にトイレ行っとくか」と。
トイレの個室に入ると、ここでもクイフレゴの職場との違いを実感した。クイフレゴの前の職場のトイレは床が木で出来ていて(そもそも職場自体が3階建ての木造で)、跨ぐ部分の周りが楕円形にくりぬかれ、近くには用足しの後に尻を拭く紙と、出したブツを流すための水入りバケツがあるだけの、簡素なものだった。しかし、ここポセイディアの新しい私の部屋のトイレは、跨ぐ便器が白い陶器で出来ており、尻を拭く紙が領収証の印字前の紙の様にロール状になってホルダーにかけられており、水を流すためのペダルが前にあった。私は意を決して便器にしゃがみ込んで、用を足した。起床の前後から腹でくすぶっていた痛みが、用を足し終えると収まった。下半身裸のまま立ち上がると、暫く、ボーっとして自らの排せつ物を見ていた。臭いを感じる。現実だ。
正直、自分が帝都配属になるとは、思いもしてなかったからだ。
尻を拭いた後、下着を穿いて水を流した。トイレを出た後手を洗い、慌てて背広を着て3階へ降りた。大慌てでポセイディア中央駅行きのシャトルに乗り込む。この時間だからか、シャトルに乗っている人は皆が腰を曲げた年よりか、子供を連れた若い親子だけだった。
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