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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その王子、取り扱い注意!

作者: 江東しろ



私は動体視力がいい。


きっとこの力は前世で身についた。それは愛犬のポチとボール遊びをしすぎたおかげかもしれないし、ドン勝を狙って銃を打つゲームをしすぎたせいなのかもしれない。


そんな前世の特技を今世でも活かすことができてるもよう。


だって、目の前に飛んでくる雪玉…豪速球なんて余裕で避けられるのだから。


ヒュンッと風を切る音。

ドキッとする恐怖の鼓動。

スッと避けるミディアムな金髪の私。

それを見て不敵な笑みをこぼす、美丈夫…透き通る白銀の髪に、見上げなければならない高身長を持つ男。


「…いいねぇ」

「なにもよくないですわよ…ゼノン殿下」


アメジストと引けを取らない…彼の紫の瞳にやられるご婦人は数多くいるのだとか。二重でキリッとしている彼の瞳は周りを魅了してしまう。


「この雪玉に当たったら、間違いなく私のか細いお鼻が粉砕しましたわ」

「それは残念だねぇ」


(どっちの残念なんだ…!この狂人!)


雪玉は私の隣…木の看板に当たり、見事にメキョッと折れている。雪玉じゃなくて、鉄の玉だったかもしれない。


(日本だったら、すぐさま警察につきだすのに…!無念…!)


今、私はうまく笑えているだろうか。肩までの金髪に、二重で翡翠の瞳。日本で暮らしていた頃とはだいぶ変わってしまった外見だが…見慣れてきたこの世界の自分の姿でもある。


顎に手を当てるイケメンと私が立つ場所は、まさに西洋の煌びやかな冬の庭園ーー日本で暮らしていた頃、よく見た剣と魔法の王道ゲームの世界。


(なんで、友達がよくしていたゲームの世界に転生しちゃうのよー!)


前世は日本人、今世は大国の公爵令嬢…ミーナ・フォンベルクになってしまった。あくまで、友達が騒いでいたことしか知らない内容に…今ならもっと知っておけばよかったと後悔している。


「涙を浮かべるミーナも、とてもそそるよ」

「…ソウナノデスネ」


底知れぬ笑みを浮かべるこの男…ゼノン・リュミエールは、大国の第一王子であり、側近に裏切られたために世界を半壊させ、主人公に敵対するラスボスなのだ。


高校生だったあの頃、どうして銃のゲームにハマってしまっていたのか…あの時に「ゼノン様はすごいの!」と熱弁していた友人の言葉に耳を傾けていれば…。ミーナの頭は、ゼノンが世界を滅ぼさないルートはどこだと必死に考えていた――。



私がなぜ転生してしまったのか…ことの発端は、一切ない。天寿をまっとうし、平穏な人生を送った私に対して、神のイタズラが働いたとしか思えないほど…いきなりだった。


「おぎゃ―――」


刺激的とは言い難いが、いい人生だった――と、ベッドで安らかに死んだ瞬間、おかしなことが起きたのだ。見えづらい視界に、自分の口から出るオギャーという鳴き声。


ハッと気づいてみれば、赤子サイズの小さな手が見えて。


「奥様…!元気なお嬢様が…!」

「ああ…よかった…私の天使」

「ええ…、本当に可愛らしい女の子です!」


本能的な鳴き声を止める術はなかったが、赤子ながらも頭は冷静だった。もしかして、私は転生してしまっているのか…と考えるくらいには。


その日から、私はミーナという公爵令嬢になったのだ。ミーナとして成長していくにあたって、はじめは西洋の外国人になったのかなと思っていた。


しかし手から出る火やら水といった――ファンタジーな現象を見てしまい、まるでゲームのような世界だと首をかしげた。


その違和感に王手をかけたのは、とある豪華な茶会にて出会ったゼノンという男のせいだ。その時の私は10歳ながらにして――前の人生を足したら10歳にはおさまらないのだろうが――この世の絶望を味わった。


(ヤバいキャラクターが見える…)


よみがえるたくさんの記憶。


・人の血飛沫を笑う

・痛みに歪む表情が好き

・三度の飯より、拷問

・指先一本の力で、世界を半壊させた


友人に見せられたゲームの紹介映像で書いてあったことだ。友人は「この狂った表情がイイ!」と言っていたが…私には永遠にわかることはないだろう。


つまりは…ゲームをプレイしていない私にも、大きな衝撃をプレゼントしてくれたキャラクターなのだ。


こんな脅威を目の前にして、私は高速で考えた。どうしたら、無事平穏に過ごせるのか。その時ピーンと閃いたのだ。


記憶の奥底…友人が言っていた「裏切りの過去」さえ起きなければいいのだと。あとは、少しでもゲームとは違う人格にすればどうにかなるのではないのか、と。


(そうよ…!たしか、側近の騎士に裏切られて…ゼノンの心臓にある魔力の核を壊されてから世界はおかしくなったって…!)


魔力の核さえ壊されなければ、恐ろしいラスボスになんてならないだろう。きっとそうだ。それ以外の方法なんて、そもそも知識がないから無理なんだという事実からは目をそらした。


私は得意な顔をして、ふんすっと鼻息を出した時。「きゅーん」と子犬のような鳴き声が聞こえてくる。


「ん?」


目の前には、ゼノンがいたのだが…どうやら今はこちらに背を向けてしゃがんでいる。両親の挨拶がメインな茶会では、子供たちは自由に動いていた。


ゼノンもおそらくそうなのだろう。だから、私も自由に動き…子犬の声がする方…ゼノンの前の方向をチラリと見てみれば。


「………」

「く、くぅーん」

(ひえ…いったいどういうことなの!?)


無言で子犬の頬っぺたを、左右に引っ張るゼノンがそこにいた。後ろからチラリと覗いている私に気づいているはずなのに、やめる気配がない。子犬は悲痛な声をあげているものの、ゼノンが怖いのかされるがままだ。


(…子犬ちゃん、痛がってるじゃない!)


ゼノンが幼い頃から、変な行動をしているという驚きも確かにあった…が。それ以上に、愛犬家である私は…犬をいじめている人間に怒りが湧いた。


ズンズンと、ゼノンに近づき――。


「…子犬ちゃんをはなしなさい!こうされると痛いでしょ!」


ぎゅむっと、同い年くらいの男の子――ゼノンの柔らかな頬を強く掴んだ。その瞬間、やっとミーナの存在に意識を向けたのか、こちらを振り向き目を見開いたのがわかった。


「…いた、い?」

「痛いわよ!あなたのこのモチモチほっぺが赤くなる前に、子犬ちゃんをはなしてあげて!」

「…ふぅん?」


意外とすんなりと子犬を手放すゼノンに、ホッとしたのも束の間。同い年にしては、低い声にゾワっとくる感覚が生まれる。


「…そ、それじゃあ…子犬ちゃんをいじめないでね」


嫌な予感を感じ、素早くゼノンの頬から手を離す。そしてごまかすようにウィンクをし、立ち去――れなかった。


「…ふふ、逃がすわけが…ないよねぇ」


1回目の腕は避けた。持ち前の動体視力で、すんなりと避けれたのだ。しかし続け様に、見えない腕が現れて…。


ぎゅっと強く手を引かれてしまい、気づけばゼノンの腕の中へいた。弧を描く口と目。獲物を見つけたとばかりに、嬉しそうなそれに心臓が痛くなった。胃もついでに。


「ひぇ…」

「君は、僕を退屈させなさそうだ」


ヤバいものに関わってしまった。どうしてこの男の人格をどうにかできると考えたのか…しかしどうにかできなければ…。


「あの…はなし…」

「ふふ、あの子犬よりも君は温かいねぇ」

「私で暖をとるだなんて…ゼノン様は冗談がオジョウズ…デス…ワー」

「君に流れる温かいけつえ…」

「きょ、今日はとてもおいしい紅茶が出るそうですのよ?ゼノン様は飲んだかしら!?」


この男、今血液って言おうとしましたよ!?私の警報機が最大音量で鳴り響いている。なんで温かいものイコール血液なのかな。その発想は危ないからね。やめようね。


「君は僕の名前を知っているんだね…お姫様の名前を知らず…ごめんね。教えてくれないかな」

「………」

「…へぇ?」

「みっ、ミーナですわ!」

「ミーナ嬢か…よろしくねミーナ」


「へぇ」という脅しに屈してしまった私は、きっと苦笑いが絶えなかっただろう。


反対に満面な笑みを浮かべたゼノンは……器用に、私を片腕で抱きしめながらもう一方で髪の毛にキスを落とした。本当に彼は10歳なのだろうか。末恐ろしい。


この緊張の一幕は、ゼノンの安否を確認しにきた国王と王妃の登場によって終了となった。「あらあら」と微笑ましそうな声が聞こえたが、全くもって微笑ましくない。


後からきたミーナの両親も「物語の王子様とお姫様のようだったよ」と言ってきたが、カエルとヘビの見間違いでは…と心の中で異をとなえておいた。


この茶会の日から、ミーナの刺激的な日々が始まってしまった――。



「落とさないで!フリじゃないからね!落とさないでよ!」

「ふふっ、どうしようかなぁ」

「ヒエ――――!」


下はメラメラと燃え盛る業火。炎の谷と呼ばれるここは、年柄年中至る所で火が絶えない。騎士の修行としては名高いが…遊びに来るところではない。


昨日雪玉を、スッと避けたのが不完全燃焼なのか…ゼノンに「空中デートをしようか」と勝手に言われ、お姫様抱っこされながら現在空中をふわふわと浮いている。


浮遊魔法はとても高度な魔法だ。

もう一度言おう。とても高度な魔法なのだ。


銃を打つ反射神経、動体視力が良いだけの私では使えない魔法なのだ。そんな私はもちろん、全力でゼノンにしがみつく。


「ミーナに抱きつかれると、嬉しいなぁ」

「後で覚えておきなさいよ…!ユルサナイユルサナイ…!」

「怒った顔のミーナも可愛いね」

「誰か…ゼノン殿下に常識を…!常識を教えてください」

「教わるのなら…ミーナがいいなぁ」


気づけば、10歳の頃からずっと心臓に悪いことをしてくるゼノンとの応酬が続いていた。避けるミーナと捕まえるゼノン。


今は16歳。お互いに社交界の仲間入りをして成人扱いになったはずなのに、未だにこの関係は続いているのだ。


当初の目的として考えたら、血だとか拷問だとかは言ってないから…大丈夫なのかもしれない。ミーナの驚く表情に、執着している以外はきっと…大丈夫。


そして成人後、ゼノンについた何人かの側近…その中の裏切る騎士をどうにかすれば、きっと上手くいくはず。


ただいつ動くのか、誰なのかが不明なのだが。


今のところ騎士全員、怪しいところがないのがまた…謎を深めた。ストーリーでは20歳あたりのキャラクターが多いのだから…きっとそのくらいに何かが起きるのだろう。


「ミーナは…あけすけな言葉の方が似合ってるよ」

「な、なんですってー!」

「ふふ、僕に怯えながらもどうにか逃げようと挑む姿勢…いいねぇ」

「何も良くないわよ――!心臓がただでさえ痛いのに!」

「本当かい?僕もだよ」

「…っ!あなたのワクワクと、私のハラハラを一緒にしないでくださいましー!」


私の心臓は、ゼノンに会うたびバクバクと鼓動が止まない。かれこれ5年以上つづくこれは…間違いなく、病気だろう。


だからきっと、こんな無邪気なゼノンの笑顔にバクバクしてるのも、病気だ。


頭によぎるのは、日本で聞いたことがあるストックホルム症候群。犯罪者に恋をするメカニズムに、ハマってしまったのかもしれない。


「…ゼノン殿下は力をもっているのだから、世界をもっとよりよくできますわ」

「…たとえば、全てを更地にしたり?」

「ちがいますわ!…戦争をなくし、自然を増やしたり…大きな幸せをつくれますわ!」

「ふぅん、ミーナはそれを僕に望むの?」

「全世界のみんなが望んでいますわ!ゼノン殿下なら、間違いなく賢王になれますもの」

「…そう、僕は君だけに望まれたいのだけれどもね」

「今なにかおっしゃったかしら?」

「ううん、なにも」


小声になって聞こえない部分はあったが、賢王になってくれなきゃ、私も困るからね。


どこか暗い表情をするゼノンは、あの噂が流行っているせいだろう。魔法が上手いがために言われている「化け物」王子だという噂。


こうして私を連れ出している行為を見て、眉を顰める王城の人々はたくさんいる。が、表立って注意する人はいない。


(ほんと、裏でコソコソ言って卑怯だわ)


ゼノンと関わるようになって、彼がどうして危ない性格になったのかという原因がわかった気がした。


たしかに彼は、危ないイタズラをしてくるが――決してミーナを傷つけたことはない。雪玉だって、本当に当たりそうになればきっと軌道修正をしてくれ―――…るはずだ。


(私自身、一瞬の迷いがあった気がするけど、ゼノンには世界を壊して欲しくはないからね)


そんな刺激的で、思い悩む日々を私はゼノンの戴冠式まで送り続けた。



季節が巡り、あっという間にゼノンもミーナも20歳になった。国王が正式にゼノンに王位を譲る決断をし、盛大な式典を開くことになったらしい。


らしいというのは、公爵家にそのような招待状が届いたからだ。


この頃は、ゼノンが忙しいのか会えない日が続いていた。平穏なのは良いことのはずなのに、噂で聞いたゼノンの迷っている様子や暗い表情を思うと悲しい感情がわく。


(ゼノンが世界を滅ぼさないためにって、思いながら動いていたはずなのに)


でも今では、彼が幸せになってくれる未来を思い描いてしまう。ゼノンのことを考えると、心臓もバクバクと痛い。本当に病気だ。


爆弾になりつつある心臓を携えて、私は両親と共に戴冠式へと向かった――。


「ゼノン殿下…本当に輝かしいわね」

「まだ婚約者がいらっしゃらないのでしょう?」

「あの公爵家の…」

「ミーナ様ね…でも正式に決まっているわけではないのだから」


会場ではゼノンの話でもちきりだった。あとは、よく一緒にいる私の話も少し。


「でもこの頃、ミーナ様はゼノン殿下と…」

「ええ、捨てられたのではなくて?」

「あら、お可哀想に…ふふ」


とても不愉快な話が少し耳に入るくらいだった。


(鬱陶しい話は無視無視。今日も…ゼノンの近くに側近はいる。つつがなく戴冠式が終わってくれたらそれはそれでいいけど…)


式典中は、国王が国で功績を挙げたものを褒めるスピーチをしていた。スピーチの後、ゼノンの戴冠式という運びだ。


豪奢な城の広間で、ゼノンが呼ばれる。公爵家という身分のためか、よく見える位置で様子を眺めていた。


国王が王冠をゼノンに…跪くゼノンに渡そうとしたその瞬間。私の身体は動いた。


私は動体視力がいい。

側近が裏切ってくることも知っていた。

だから、「1人」を対処するのはわけもなかった。


(…裏切り者が2人もいるなんて!)


剣を構え、ゼノンに不意打ちとばかり襲いかかる影が二つあった。どちらも体躯がいい騎士。


1人は素早く魔法を打つことで、薙ぎ払った。しかしもう1人の剣が、ゼノンに狙いを定めている。


「…やらせない!」


声をあげて、反射神経を総動員して駆け出し、私はゼノンを守るように騎士の前に立ちはだかった。途中、ゼノンが大きく目を見開いていたような気がするが――。


「…ゔぁ…」


まるで突くような剣先が、容赦なく自分の肩を貫通した。あまりの痛みに、出血の多さに目の前が暗くなる。


「くそっ」

「反逆者を取り押さえろっ!」


ざわめく会場内。どうやら、裏切りイベントを潰すことは成功したみたいだ。


(ゼノンが無事で、よかった…)


「ミーナッ!」


音も聞こえなくなっていく中、最後にゼノンの声を聞きながら…私は意識を手放した。




もう一度死んでしまった…と思った。


「あ、あの…ゼノン殿…陛下…?」

「………」


しかし私は生きていた。そして、目が覚めてからずっと私の手をはなさないゼノンがいた。


どうやら、あの裏切りイベントで深傷を負った私はすぐさま医者に治療をされたらしい。王家が抱える医者によって、最上級な魔法と治療をかけられ…なんとか意識を回復できた…らしい。


なんていったって、私は丸3日眠り続けていたのだから、治療の記憶がない。あくまで起きた時、近くに控えていた医者から聞いたことなのだ。


(うーん、むすっとしてるなぁ)


傷は深かったが、治療が功を奏して今は赤い痕が残っているくらいだ。しかし、それと同じく深刻なのはゼノンの様子。


目を赤くして、険しい表情。そして3日間、私の側を離れず、ずっと手を繋いで心配していたようだ。目が覚めた時は、勢い余って抱きしめられていたし。


「…陛下、私よりも身体を休めた方が…」

「それ…やだ」

「え?」

「名前で、呼んで」

「ゼノン陛下…?」

「陛下もいらないから…お願い」

「………ゼノン様」


あの不敵な笑みを浮かべるゼノンは、どこかへ行ってしまったのか。まるで幼児のような態度に変わっていたのだ。


「ミーナ…」

「どうしましたの、ゼノン様」

「………っ」


私の名前を呼んで、何かを耐えるような表情。


「私がしたことに…怒っていらっしゃいますの?」

「……君には、怒っていないよ。ただ…」

「ただ…?」


ゼノンは下を見ていた視線を私に向け、ベッドで座る私を優しくハグしてきた。


「ゼノン様…?」

「ミーナがいなくなってしまうの…僕は耐えられないんだ」

「………!」

「あんな怖いこと、初めて知ったよ。隣に君がいないとこんなにも辛いんだ」


まるで慟哭をするように、彼は「僕をかばってくれたのは、本当にありがとう…でも、もうミーナに怪我を負わせないように、絶対僕が守るから」と言った。


「ふふ、最近会わなくて…ゼノン様が別人に変わったみたいだわ」

「……ふぅん。そうかもしれないね」

「…え?」


どこか拗ねた素振りのゼノンはそっと優しく、私を布団の中へ押し倒してくる。


「君には、僕の責任をとってもらわないとねぇ」

「…んっ!?」

「ここ最近、ミーナを見ると…全てに触れたくて仕方なくなる…」

「おっと…?」

「ねぇ、ミーナは…?」


優しい声音を出しながらも、追い詰められている感覚。アメジストの瞳が怪しく光る。私はいつの間にか、彼の獲物だったようだ。


「…その」

「うん?」


迫り来る…雄の顔をしたゼノン。こんなゆっくりな動作、私の動体視力があれば余裕でかわせる…はずなのに。


「そうよっ!ゼノン様、あなたといると私の心臓…おかしくなるの!あなたこそ、ちゃんと責任をとってくださいまし!」

「ふふ、もちろんだよ。可愛いミーナ…愛している」


至近距離でゼノンの美しく、逞しい顔が近づき――チュッと互いの唇が触れ合う。私の心臓は、お祭りが開催されるかのようにドンドコ鳴り響く。


「…ああ、ミーナ…欲張りな僕は…君からの気持ちを言葉でほしい…」

「……す、すきよ…」


顔に熱が集まっていくのがわかる。好きという言葉を伝えたが、まだ足りないのかゼノンはジト目で見つめてきた。


「…うう、わかったわよ!愛しているわ、ゼノン様」


求めていた言葉がもらえたのか、満足そうな笑みをゼノンは浮かべた。そして、ベッドから椅子へ座り直し、耳元で「もう離さないよ」と囁いてくる。


言葉にならない恥ずかしさによって、その場で硬直していると。


「あらあら!」

「ふぉっ、ふぉ…ゼノンはもう心に決めた人がおったのか」


病室に入ってきたのは、ゼノンの両親…元国王陛下と王妃様だった。急な登場に、別の意味で硬直してしまう。


「…!ご機嫌うるわしく…」

「よいよい、そなたは負傷した身…挨拶は省いてかまわぬ」

「ありがとうございます」

「そうよ、ゼノンを助けてくれてありがとうね」

「父上、母上…なぜこちらに?」


温かい視線のゼノンの両親とは反対に、2人の登場にゼノンは怪訝な目を向けている。


「もう!この子は、ほんと可愛げが少なくなってしまって…!お母様悲しいわ!」

「まあまあ…ゼノンが魔力暴走を起こさず済んだのだから…」

「そう言って!あなたがゼノンを甘やかすから、この子の素直さが…」

「ははは…」

「…………」


正式な場での堅いイメージな王族。それがガラガラと崩れていく瞬間だった。王様は王妃様の尻に敷かれていたのか…。


「でも、プリンセス・ミーナがゼノンを愛しているという言葉を聞けて安心したわ…私」

「そうじゃな…ほんとうによかった」

「え?」


先程の言葉を聞かれていたのだろうか。しかも、2人ともどこかゼノンとは違うながらも満足気なのはどういうことなのか。


「式の日程は、そなたの身体が回復してから執り行うでの…心配しなくても良いぞ」

「ええ、しっかり身体を休めて…可愛い娘ができると思うと嬉しいわ」

「…式を予定してくださるのは、助かります…ありがとうございます…父上、母上」

「ま…まあっ!」

「明日は、虹がたくさんかかってしまうのう」


(えっ!とてつもない流れに身を任せてしまっているような…)


私はそれ以上深く考えるのはやめにした。ゼノンが幸せ、みんな幸せ…国務が大変そうだとか、有無を言わせぬ黒い笑顔とか…全て気のせいなはずなのだから。



Fin.



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