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98.心(ロジャー・ランデル視点)

新キャラのロジャー視点、全一話です。


レオナが騎士長になってから王妃様とお茶会をする前の話になります。

ただのモブにするには情が移ってしまったので、ちゃんとした名前をつけてしまいました。

 ――それは僕にとって衝撃的な一日だった。




 次期ウェスター公爵夫人であるブリジット様の夜会に参加したものの、女性が苦手だった僕は誰にも話しかけられずにいた。


「おいロジャー、お前ずっとそんなんでいいのかよ?」


 友人のディーノ・キャルゼールがそんな僕を心配してくれている。


「大丈夫だよ。僕のことは気にせずにディーノは楽しんでくれたらいいよ」


「はぁ……まったくお前って奴は……。何の為にここまで来たのかわからねぇじゃねぇか……」


 彼は呆れたように頭を掻きながら、ご令嬢たちのいる方へと歩き出した。その後姿はとても男らしく、勇ましい。……僕とは大違いだ。


 僕は彼のように背も高くないし、筋肉もない。夜会に参加しているご令嬢たちと殆ど変わらない体格の僕には彼がとても眩しく映る。きっと実家で姉たちに女のようだと揶揄われたりすることもないのだろう。


 女性が苦手なのをディーノが見かねて夜会に誘ってはくれたけれど、僕には彼のようにご令嬢たちに話し掛けることは出来ない。する事といえば彼が良い相手を見つけられることを女神に祈るくらいだ。




 どうやら上手くいかなかったらしいディーノが溜め息を吐きながら戻ってきた。


「はぁ~……やっぱブリジット様主催とあって参加するご令嬢もレベルが高けぇなぁ」


「……そうだね」


 彼のぼやきを聞きながら会場をぐるりと見回す。所々見知ったご令嬢がいる中、一際目立っている女性が目に留まる。淡い金髪に深緑のドレスを纏った美人――レオナ・クローヴェル女男爵だ。


「……なんだ、お前教官殿狙いだったのか?」


「そ、そんなことないよ! どうしても目立つから、つい目で追ってしまうというか……」


「あぁ……それはわかるけどな……。でもさっきラディウス・カーディル様やビリー・レガント様まで彼女に近づいてたから、そういう相手として見るのは正直無理過ぎるよな」


 月に一度王都で僕たち騎士の訓練を見てくれている教官殿は恐ろしいほどの美人で、凄まじいほどの魔力を秘めている凄いお方だ。王国騎士団総長の次男や次期領主が相手でも何もおかしくないと思う。


 去年の春に第二騎士団に入ったけれど、鈍くさい僕はまだ彼女の定めたC組から抜け出せていない。もう色々と住む世界が違いすぎる。


「あのお方は一体誰と結婚するんだろうね……」


 少なくとも自分ではない。それはわかっていても気分が沈んでいくのは止められなかった。




 ディーノが玉砕し続けて挫けそうになってきた頃、突然会場が騒がしくなった。なんと王太子殿下が突然姿を現したのだ。しかも外からではなく会場の隅の方から。


 僕を含め会場中の人間がその後の教官殿とのやり取りを観察している。


 どうやらあの王太子殿下までもが教官殿に迫っていたらしい。僕からしてみれば相手が王太子であろうとお似合いだなと思えたくらいだった。


 ただ話の流れは僕の思っていたようなものにはならなかった。


 教官殿は目の前の王太子殿下一本に絞る気は一切ないようなのだ。他の男の手に渡る前に手に入れてみせろと挑発する教官殿はこれまでに見たこともないほどに綺麗で、妖艶で、そしてこれまでよりもずっと身近な存在に思えた。


(こんな僕でも……あの人を求めても良いのだろうか……)


 僕は心が浮足立ったまま、他の男性が教官殿に群がりダンスに誘う様子を、遠くの壁際からただ眺めていた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 結局あれから何も行動に移さないまま半年以上が経過した。教官殿は騎士長となり、毎日僕たちの訓練を見るようになった。相変わらずC組から抜け出せていない僕は彼女に怒鳴られてばかりだ。


 風の噂によるとあの夜会以降沢山の男性が彼女に近づき、そして玉砕していったらしい。そんな話を聞くたびに僕は告白するのを躊躇してしまっていた。


(どうせ僕も駄目だろうし、早いところ楽になった方が良いんだろうけど……)


 そう思いながらも今も動けていないのは、教官殿の様子が以前とは少し違うからだった。


 ふとした瞬間にとても寂しそうな顔を浮かべている時があって、そこに玉砕覚悟でプロポーズしにいくのは何だか良くない事のように思えたのだ。


(――そうだ!)


 ウジウジするくらいならせめてそう伝えてしまった方が彼女にとっても良いのではないだろうか。たとえ断られたとしても、もしかしたら何か相談に乗って差し上げられるかもしれない。


 その日の夕方、僕は意を決して教官殿にプロポーズをした。


「まさかロジャーまでプロポーズしてくるなんてね……もうその気のある騎士は全滅したものだと思ってたわ。でもどうして今になって?」


 教官殿は最初こそ意外そうにしていたけれど、すぐに表情を引き締めて僕に問いかける。それでも彼女の訓練中とは違う少し気安い雰囲気に心臓が高鳴っているのがわかる。


「ここ最近ずっと寂しそうな顔をしているので、せめて僕がその寂しさを紛らわせることが出来たらと……」


 僕の返答に教官殿は目を見開いて驚き、そして困ったように微笑んだ。


「……そう、その気持ちはとても嬉しいわ。でもプロポーズとしては五十点ってところかしら」


 五十点……それはどう考えても合格点とは呼べないだろう。


(やっぱり僕じゃ駄目だったか……)


 わかっていたこととはいえ、ショックには違いない。


 情けなくて教官殿の顔も見れずに俯いてしまう。


「そ、そうですよね……。小柄だし、強くもないし、僕みたいな男じゃ……」


「何言ってるのよ」


「えっ……?」


「これでもプロポーズしてきた男たちの中ではかなり高い方よ? 本人に自信はなくても根は優しいんだから、今後もっと私を理解してくれたら受け入れる事だって充分有り得るわ」


 この言葉だけで教官殿は僕の身体の大きさや騎士としての力量などではなく、内面を見てくれているのが一目瞭然だった。


 それはまるでこれまでずっとコンプレックスに苦しみ卑屈になっていた僕に差し込んだ一筋の光のように、目の前を明るく照らし出してくれる。


「あ、ありがとうございます! 次こそは受け入れてもらえるよう頑張ります!」


「ええ、それじゃまた明日ね」


 ――嬉しい。これまで散々周囲から言われてきたのが気にならなくなるくらいに。


 彼女に認めてもらった自身の「優しさ」がとても誇らしいものに感じられる。


(……これからは自分の中のこの心を大切にしよう)


 そしていつか――彼女に振り向いてもらうのだ。


 遠ざかっていく教官殿の後姿を目で追い掛けながら、僕は決意を固めた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 その翌日の訓練中、体力をつけるための走り込みを終えて一息ついているところに魔力切れでフラフラになったディーノがやってきたので、昨日のことを話してみた。


「へぇ~。ちょっと背筋が伸びて前向きになってるように見えたのはそういう事か」


「うん、お陰で自信が持てるようになってきたんだ!」


「一度振られたとは思えない顔だな……」


 ディーノは呆れながらも何だか嬉しそうにしている。


「もっと教官殿のことを知らないといけないんだけど、その方法についてはまだ浮かばないんだよね」


 訓練場の中央に騎士を相手に怒声を飛ばす教官殿の姿がある。ちょうど今はA組を相手しているのだろう、一対二なのに互角以上の戦いを繰り広げている様は僕にとっては恐ろしいの一言だ。


 しかしこのような訓練中の様子などこれまでにも見てきているので、新たな発見など特別得られそうな気配はない。何か別のアプローチが必要なのだということだけはわかる。


「なら周囲の人間に聞いて回るとかどうだ? たとえば~……特務の奴らなら俺たちより距離が近そうだから色々知ってるかもな。……まぁ恐らく歓迎はされないだろうけどよ」


「特務の人たちかぁ~……」


 いくら騎士団内では実家の階級を気にしないという風潮があるとはいっても、王太子殿下直属のエリート集団だけあって、僕たちのような一般の騎士と絡んだりすることは殆どない。何かしらの壁を感じるのは確かなのでディーノの言う通りになりそうだ。


「いや……でもそのくらいで怯んでたら駄目だよね」


「おぉ……お前凄ぇな……! 頑張ってきな、応援してるぜ!」


 ディーノは僕の赤い髪をわしゃわしゃと掻きまわして気合を入れてくれる。


 そうさ、僕には体格も強さもないけれど、教官殿に認めて貰った心がある。


 心だけは負けてなるものか。


「でも訓練中の今は皆殺気立ってて怖いから、訓練が終わってからね……」


 まだ負けてないはず……。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 訓練が終わり、騎士たちがゾロゾロと訓練場から出ていこうとする中、僕は一人の特務騎士に話し掛ける。


「あの! すみません!」


 その声に反応して薄桃色の髪の女性騎士が振り返る。


「……何か?」


 こちらとそこまで歳の変わらない女性の青い瞳が僕を睨み付ける。一緒に居たもう一人の女性騎士も訝し気な顔をしている。やはり歓迎はされないようだ。


「僕、教官殿のことをもっと知りたいんです! あの人のことなら何でも良いので教えてもらえないでしょうか……?」


「嫌よ」


 即答だった。


「レオナ様が来る人拒まずなスタイルなのは私も承知している。だからといって私までそれに同調し、協力する気はない。私が協力するかは私が決める。――そして貴方に協力する気はない。……ていうかアンタC組でしょ? あのお方を追いかける前に騎士としてやるべきことがあるんじゃないの?」


 最初は固い口調で自らのスタンスを説明していた彼女も、最後の方は呆れたように両手を腰に当て、顎を持ち上げて睨み付けてくる。身長が同じくらいの相手にもこうして見下されてしまっているのが何だか悲しい。


 そしてその「雑魚が夢を見るな」という言葉も尤もだと思う。


 分かっている、自分が弱いことなど百も承知だ。それでも――


「強くなるまで待っててくれなんて言える訳がない。僕はそのどちらも全力でやるしかないんだ!」


 僕がその決意を口にすると、彼女は眉を持ち上げて挑戦的な笑みを浮かべた。


「へぇ……言うじゃない。情報が欲しいなら実力で奪ってみなさいよ」


 彼女が突然こちらの腕を取ってきて、僕は訓練場の中央へと連行されてしまう。そしてそのまま魔法なしでの勝負が始まり、あっという間に負けてしまう。


「さすが未だにC組なだけあるわね……弱い……」


「も、もう一本!」


 でもこんなことで諦めてはいけない。僕の武器は心なのだから。


 その後も喰らい付いては負けてを繰り返す。


 もう悔しいとかそんなことを言っていられるご身分ではない。


 ただ負けるのではなく、少しでも戦いから何かを得ようと必死だった。


「あぁもう何回目よ! レベッカ交替!」

「えぇ~……」


 それは相手が交替しようと変わらない。


 騒ぎを聞きつけたのか、次第に他の特務の人たちまで面白がって参加しだした。相変わらず勝てる気配は微塵もないけれど、ただひたすらに目の前の相手に集中した。


「……はぁ、……はぁ」


「……ん、俺で最後だったか? これだけの数相手に負け続けても折れないってなかなかのモンだと思うんだが、どうだ? ミーティア?」


 この場にいる特務の騎士で最後だったらしい濃い金髪の男性がニヤリとして最初の薄桃色の髪の女性騎士に話し掛ける。それに対して彼女は納得がいかないような渋い顔をしている。


 そして早足でこちらに近づいてきた。


「貴方ってマジで弱いけど、その根性だけは認めてあげるわ」


 その言葉と共に周囲からパチパチと拍手が送られる。


「一度しか言わないから良く聞きなさい。レオナ様の好きなものはイチゴ、苦手なものはセロリよ。――それじゃ」


 彼女はそれだけ言って訓練場の出口へと歩き出し、周囲の特務騎士たちもそれに続く。ただその際に手を振ったり笑いかけてくれたりと今回の件については好意的に見てくれたみたいだ。


 彼らが見えなくなって訓練場に独り残された僕は力が抜けて、思わず仰向けに倒れ込んだ。しかし今のこの疲労感はとても心地良いものだった。


 諦めない心が特務の人たちに認められた、その事実がとても嬉しかったのだ。


「でもこれだけ頑張って得られた情報がイチゴとセロリかぁ……」


 それが何だかシュール過ぎて、笑わずにはいられなかった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それからも特務以外の騎士からも尋ねたりしてちょこちょこと情報を集めたものの、量としてはそこまで大したものではなかった。


 なので訓練以外での教官殿を知るべく、こっそり後をつけてみることにした。


 騎士団の廊下の先を歩く教官殿。しかし向かう先は寮の方向であると気付いて、今日は何もなさそうだなと残念に思っていると、彼女は意外な人物と鉢合わせした。


 それは王太子殿下だった。


(そうだ、僕はあのお方に勝たないといけないんだ……)


 相手は王太子。権力があるだけでなく、背も高く美形で頭脳明晰で腕も立つと評判で、僕のような者からすれば完璧過ぎて同じ人間とは思えないような存在だ。


 そんな相手に僕が勝つのは普通に考えれば困難極まりないこと。


(何か……手を打たないといけないよな……)


 あのお方の評判を落とすような噂を流すだとか、何か不利益になるような誤解をさせるだとか、これまで一切縁のなかったことまでしなくては出し抜くことは不可能に近い。


(でも一国の王太子相手にそんな……)


 そんなことをして犯人が僕だとバレたらまず命はないだろう。リスクが高すぎる。


 どうすべきか悩んでいる間に、殿下と教官殿は話を終えたようだ。教官殿はこれまでの道を奥に進んでいくが、なんと殿下はこちらにやってくるではないか。


 僕は咄嗟に柱の陰に隠れて見つからないように祈った。


「――む? 其方は……第二騎士団のロジャー・ランデルか。そんなところで何をしている?」


 しかしそんなに大きな柱でもないので、願いも空しく普通に見つかってしまった。


「あ……いえ、その……」


「この先には団長の執務室と寮しかない。王都に実家のある其方に用事はないはずだが?」


 状況からあっという間に不審者扱いされてしまう。


 僕が何も言えないでいると、殿下はキョロキョロと周囲を見渡し、何かに気付いたのか面白がるようにこちらを覗き込んできた。


「……もしかして、お目当てはクローヴェル卿だったか?」


 後をつけていたことがバレてしまい、心臓が跳ねた。殿下も彼女を求めている人間の一人だ。その相手に弱味を握られてしまっては今後の行動に大きな支障が出てしまう。


 僕が言葉に詰まったのを見て確信したらしい殿下はくつくつと笑った。


「そうか、其方もその段階に来たのだな」


「えっ……?」


 その反応が予想とは違っていて混乱する僕。


「其方も彼女の外見に囚われず、内面に迫ろうとしている。だが取れる手段が限られている者は自然とこのような行動を取ってしまうのだろうな、その気持ちは良くわかる」


 どうやら僕の行動に理解を示して下さっているようだ。殿下は苦笑いを浮かべている。


「ライバルが一人増えてしまったことは残念ではあるが、彼女の理解者が増えつつある状況については歓迎しよう。だが俺も負けるつもりはないからな? 正々堂々勝負しようじゃないか」


 そう言って諫めるでもなく、僕の肩を軽く叩いて殿下はにこやかに去っていってしまった。


 僕はそれを呆然と立ち尽くして見送ることしか出来なかった。


「……帰ろう」


 どうせ教官殿は寮の自室に戻るだけだ。ここに居ても仕方がない。




 帰宅し、自室に戻った僕はベッドに仰向けに寝て先程のやり取りを思い出す。


(殿下は僕を脅したりせず、正々堂々と勝負しようとしていた……)


 それどころか教官殿の理解者が増えることについては歓迎までしてくれていた。


(それに比べて僕は……)


 殿下に勝つために碌でもないことばかり考えていた。


 自らの欲望を満たすために人を陥れることと、自身の命を秤にかけて揺れていた。


 そこには最初教官殿に告げたような、相手を思いやる気持ちなんてどこにもなかった。


 ――――醜い、醜い醜い醜い。


 たまらずベッドから跳ね起きて頭を抱える。


(僕はこんな人間だったのか……)


 身体も小さく強くもない僕の、唯一の誇りだった心すら、知らず知らずのうちに悪魔に売り渡してしまっていた。


「うぅぅ……なんて情けない……」


 こんな僕は教官殿には相応しくない、愛される資格などない。


 ――そう、心の底から思い知らされてしまった。



いくらレオナが相手の地位など気にしないと言ってはいても、

彼女を取り巻く環境を考えると一般の平民や貴族にとって結ばれることは決して容易ではない、そんなお話でした。

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