表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/158

95.シャルロット殿下

 すっかり冬が深まり、雪がちらつくようになった王都。王妃様とお茶をして以来、私は午後の時間を騎士数名と共に巡回するようになった。王都に暮らす人々と触れ合い、この場所を好きになるために。もうハンターとしてE級の依頼をこなすのは立場上無理があるので、こういう形で住民と関わることを選んだのだ。


 騎士たちは私が訓練に出るのが午前だけになったことを残念がっていたけれど、申し出を受けた殿下は快く送り出してくれた。まぁこうやって毎日街に出るのは今のうちだけだから皆には我慢してもらいたい。


 ということで街を歩き、特別なにか事件が起こったりしなくても困っていそうな人を見つければ騎士たちと一緒に助けたり、情報収集と称して何気ない世間話をしたりしている。


 しばらく続けてみた成果は上々だと思う。住民たちと仲良くなってきて、あちらから話しかけてくることも増えてきた。侯爵相当の貴族が平民と道端で談笑しているのを見て、同行している騎士たちも始めのうちは戸惑いを隠せていなかった。王妃様とお茶をしたあの日のように誘拐された平民の子供の体力を気に掛けることは出来ても、お膝元なだけあってか王国騎士団はウェスター騎士団ほど住民との距離は近くはないのだ。


 しかしこの活動の結果、外から入ってくる情報量が明らかに増えたことで皆も認識を改めたようで、騎士たちの住民に対する態度が次第に軟化していき、私の居ない午前中の巡回でも住民とのやり取りが増えてきたと報告があった。とても良い傾向だと思う。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そんなことをして過ごすうちに学園が冬休みに入り、シャルロット殿下とエドワード殿下が王宮に帰って来た。私も他の団長と一緒にクリストファー殿下の護衛としてお出迎えに参加する。


 王宮の入り口に停まった馬車から出てきたのは、金髪に赤い瞳の美少女と、同じく金髪に青い瞳の美少年。陛下が銀髪に赤い瞳、王妃様が金髪に青い瞳なので、殿下たちは全員それらを受け継ぎつつも組み合わせが違うようだ。


 双子の姉であるシャルロット殿下の身長はブリジットと同じくらいだろうか、小柄な部類ではある。王妃様譲りの金髪は前髪がぱっつんの、とても癖のないストレートのロングヘアで、私と似たような赤い瞳で吊り目のキリッとした美少女だった。金髪に赤い瞳は私と同じでもあるので、それだけでなんだか親近感を覚えてしまう。


 対して弟のエドワード殿下は身長は私と同じくらいだけど、かなりの細身で、ヒョロいと言って良いくらいだった。兄のクリストファー殿下は騎士団にいるだけあって細マッチョ系なので、並び立つとその差が良くわかる。その長い金髪は毛量が多く跳ね気味で、申し訳程度に後ろでくくってある。その目つきはかなりキツめだ。


「おかえり、シャル、エド。学園での生活はどうだい?」


「退屈だったわ」

「……別に」


「ふふっ、そうか。寒いから風邪を引かないうちに入ろう」


 クリストファー殿下の親しみの籠った挨拶にとても淡々と答える二人。しかしクリストファー殿下はそれに腹を立てることもなく、にこやかに歩き始める。


(うーん、兄相手に生意気盛りって感じの返事ね……)


 クリストファー殿下の後ろを歩く二人。彼らが整列している私たちの前を通るタイミングで、イボルグ殿やホセ殿と声を合わせて挨拶をする。


『おかえりなさいませ!』


 そこに混じった聞き慣れない声に反応したのか、二人は初めてこちらを向いた。……というか明らかに二人とも私を見ている。しかも何故かシャルロット殿下は鼻で笑いながら不敵な笑みを浮かべており、エドワード殿下に至ってはどう見ても敵意を含んだ瞳でこちらを睨んできている。


(えぇ……なんで?)


 通り過ぎる二人の後ろを揃って付いていきながら、団長二人に小声で話しかける。


「なんだか私、殿下お二人に物凄く嫌われてませんか? ホセ殿の時みたいに……」


「う、うむ……確かに良い反応とは言えなかったな……。何故だろうか……」


「反省しておりますから、もうそれは言わないでくだされ……」


 どうやらイボルグ殿の目にもそう映ったようだ。けれどその理由はまるで見当が付かない。両陛下やクリストファー殿下が私のことを悪く言っているとは到底思えないし。


 結局、謁見の間に到着するまでの間ずっと考えてみても、私程度の頭ではそれらしい理由が思い浮かびはしなかった。




「よく戻って来た、シャルロット、エドワード」

「おかえりなさい、二人とも」


 謁見の間といってもここに居るのは両陛下と殿下三人、宰相閣下、総長閣下、団長二人と私という状態なのでとても気安い雰囲気で会話は進んで行く。……決して私にとっての気安い雰囲気という意味ではない。


「既に耳には入っているとは思うが改めて紹介しよう。この冬から騎士団に所属することになったレオナ・クローヴェル魔導伯だ。其方らの護衛を務めることもあるだろう」


「ご紹介に賜りました、レオナ・クローヴェルと申します。何卒よろしくお願い申し上げます」


 陛下に振られて殿下たちに挨拶して頭を下げる。


「やはり貴女が『いばら姫』なのね。……よろしく」

「……よろしく頼む」


 決して愛想が良いとは言えないけれど、とりあえず返事だけはまともなものが返ってきた。流石に陛下の前では先程のような態度は取らないみたいだ。


 移動で疲れただろうということで、その後も結局二つ三つ軽く話をしただけで割と簡単に斬り上げられてしまい、殿下たちについてはあまりわからないまま終わってしまった。学園での生活については少し興味があっただけに少々残念だった。


 その日の晩、自室に王妃様の遣いがやってきて、明日指定の時間にシャルロット殿下の私室で見張りをお願いすると連絡があった。


 学園から帰ってきた翌日から早速勉強するのかと少し気の毒に思いはしたけれど、とにかく了承しておいた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そして午前中の訓練を終え、指定の時間通りにシャルロット殿下の私室へとやってきた。


 王妃様の私室と比べて、少しフリフリした可愛いものが多い室内には、既に講師の貴族女性とシャルロット殿下が私の到着を待っていた。


「シャルロット殿下、ご機嫌麗しゅう」


「……来たわね、さぁ始めるわよ」


 私の姿を認め、用意されている机に向かうシャルロット殿下。


(……あら?)


 一体どれだけ我儘な子なのかと不安だったのだけれど、拍子抜けする程あっさりと勉強する姿勢を見せてくれている。王妃様もムラがあるとは言っていたが、まさか初日からお役目御免になるとは思わなかった。


 ほっとしていると、シャルロット殿下が訝し気な顔をこちらに向けてくる。


「……何をしているの? 突っ立っていないで早く座りなさい」


「……?」


 よくよく見れば机と椅子は二つ用意されている。見張りなのだから立っているだけで何も問題ないはずなのに、何故座らされるのだろうか。


 私が不思議な顔をしていると、シャルロット殿下の顔が更に険しくなっていく。


「貴女……今日は何のためにここに来いとお母様に言われたの?」


「シャルロット殿下がちゃんと勉強するか見張るようにと……」


 私が正直に説明するとシャルロット殿下は深い溜め息を吐いた。


「……そういうことね。見張りはいらないから、貴女もここに座って勉強に参加しなさい」


「えぇっ!? 何故そんな……」


 何に納得しているのか、どうしてそうなるのか、まるで理解出来ない。


 シャルロット殿下はそんな私を出来の悪い子を見るように、呆れた表情を一切隠すことなく説明を続ける。


「お兄様に迫られている貴女は将来的に王太子妃になる。だから私のついでに一緒に教育を受けさせてしまおうっていうお母様の悪知恵よ。見張り役はむしろ私の方。……貴女が逃げないようにね」


(は……嵌められた!? うそぉ!?)


 王妃様にそんな素振りなど一切なかった。しかし現にシャルロット殿下はそのメッセージを汲み取って私に説明してくれている。


 彼女の作り話の可能性もあるけれど、講師の女性が平然としている様子を鑑みるに特に間違ったことは言っていないと考えるべきなのだろう。


「一度振ったとはいえ、満更でもないのでしょう? ならどのみち必要になるのだから、今から勉強しておいた方が楽でしょうに。結婚が決まってから詰め込んでも辛いだけよ。……わかったら早く座ってちょうだい、時間が勿体ないわ」


 まるでもう結婚が確実だと言われてしまっているけれど、私はプロポーズがダメだと判断すれば、いくらクリストファー殿下でも、どんな事情があろうとも容赦なく振るつもりだ。


 ただ、それを今説明したところで聞いてもらえそうにないので、仕方なく授業を受けることにした。多分王妃様だって私の為を想って言ってくれたのだと思うし、知識を増やすこと自体は悪いことではないのだからと自分に言い聞かせて。




「夏休み以来ですから、まずは基本的なところのおさらいから参りましょうか」


「覚えているから大丈夫よ。試しに彼女に質問してみたらどう? 間違ってるところは全て私が答えてあげるわ」


 殿下が優秀なのはとても喜ばしいことだと思うのだけれど、私に振るのは止めて欲しい。


 講師の女性もにこやかに頷いて同意を示している。


「それは良いですね。――ではクローヴェル卿」


「は、はい……」


「隣国であるリリアーナ王国の現在の王族の名前を全て挙げなさい」


 リリアーナ王国は故郷であるバーグマン伯爵領の西、ウィリアムの出身地であるレイドス辺境伯領と陸続きの隣国だ。それは知っているけれど……。


「国王が確か、ジョルダン・ファロス・リリアーナで……後は……存じ上げません」


 ホルガー先生の授業でも国王と王妃の名前までぐらいしか習わなかった気がする。その王妃の名前すらも、もう忘れてしまったけれど……。


 私が正直にそう言うと、二人は信じられないという顔をして固まってしまった。


 部屋の中が何とも言えない空気に包まれる。


「……では、都市の名前と主な産業は?」


 講師が気を取り直して別の質問を投げてくれたものの……


「王都がベルガニアということだけはわかりますが、他は全く……」


 国内の地名ですら何かしらに関連付けないと覚えるのが大変だった記憶があるのに、国外ともなれば完全にお手上げだった。講師の顔をまともに見れず、顔を伏せて首を横に振る。


「本気で言っているの……? 教科書の内容をただ覚えるだけの初歩的なものよ?」


「教科書と呼べるものはここ十年、手に取ってすらおりませんでしたので……」


 二人の沈黙が痛い。まさか王妃様に良いように乗せられ、こうやって無知の恥を晒す羽目になるとは思わなかった。


 情けなくて、恥ずかしくて、今すぐこの場から消えてしまいたい。


「……仕方ありませんね。これからの授業内容をしっかり聞いて、知識を頭に詰め込むのを第一に考えなさい。……よろしいですね?」


「畏まりました……」


 いくら出来が悪かろうとも王妃様が送り出してきた人物である以上は無下には出来ない、そう講師が考えているのが手に取るようにわかる。


「先程の質問も宿題として出しますので、明日までに覚えてくるように」


(ぬぁぁぁ………騎士団内ランニング百周の方が全然マシよぉ……)


 ちょっと楽しくなってきた王都での生活が、一転して絶望的に楽しくない状況になってしまった。


 私は心の中で頭を抱え、全速力で転がりまわっていた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 各国の礼儀作法や思想の違いなど、王族らしい外交の上で重要になってくる事柄をひたすら浴びせかけられ、授業が終わる頃には完全に満身創痍になっていた。


 そんな私を見て、呆れを通り越して憐みの目を向けてくるシャルロット殿下。


「お兄様を振った相手だから、どんな女性かと楽しみにしていたのに……期待外れだったわね。継承権も掛かっているお兄様には悪いけれど、貴女ではまるで釣り合わないわ」


 なるほど、あの時の不敵な笑みはそのような好奇心が混じっていたものだったのか。素っ気ない態度を取ってはいてもやはり家族、兄を慕う気持ちは持ち合わせているらしい。


 それにしても今聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた。


(釣り合わないですって……!?)


 私は外面ではなく内面を全て愛してくれる人を、その全てを愛し返すと決めている。愛し返すというのは気持ちの面だけではなく、共に支え合って暮らして幸せになるという意味も含まれている。


 釣り合わないと言われるのは『いくらクリストファー殿下がお前を愛そうが、お前は相手を幸せにすることが出来ない』と言われているのと同義だった。


 散々相手に愛してみせろと言っておいて、私自身がそんな評価を受けているなど、あってはならない。


 これは私のプライドだ。ここで折れるようであれば私はこの恋愛スタイルを取る資格などないのだ。


 机をバンと叩きながら勢いよく立ち上がる。


 これまで項垂れていた私が突然動いたものだから、シャルロット殿下も少しビクッと驚いて私を見上げた。


「私が男性と釣り合わないなんてことはあってはならないのです。冬休み中に見返して差し上げますから、覚悟しておいて下さい……! ――それでは失礼します!」


 目を見開いて固まっているシャルロット殿下に素早く礼をして部屋を出ていく。


 王妃様から言われているので不敬云々は大丈夫のはずだ。とにかく今はそんなことを気にする時間が惜しい。


 渡された教科書を抱えながら早足で廊下を歩く。王宮内では走れないのがとてももどかしい。なんとか自室に戻った私はすぐさまマチルダに声を掛ける。


「紙とインクとペンを用意して頂戴。そしてそれ以降は夕食の時間まで話しかけないで!」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それ以降、私は出されている宿題を完璧にこなし、授業にもついていっている。


 シャルロット殿下とは挨拶以外では特に言葉を交わしていない。今の私にはお喋りを楽しむような余裕はないのだ。シャルロット殿下も何も言わずに、ただ黙って私の様子を観察しているようだった。




「レオナ様、大丈夫ですか……?」

「目が死んでますよ……。休まれた方が……」


 朝の訓練中、レベッカとミーティアに何故か体調を心配されてしまう。


「大丈夫、大丈夫~! むしろこの訓練の時間が一番の癒しだから、どんどん掛かってきなさいな~」


 本当のことだし、心配はさせたくないのでちゃんと説明したつもりなのに、二人とも何故か泣きそうになっている。


「ミーティアまずいよ~! なんかフワフワしてるよ~……」

「こんなレオナ様初めてみた……どうしようレベッカ……」


「大丈夫だってば~……」


 二人に安心してもらおうと普段通り騎士たちの相手をしていく。周りも微妙な顔をしているけれど、戦い始めればそんなものはもう関係ない。


 一人目、二人目、三人目、四人目……………………


 ほらちゃんと戦えているし、何も問題ない。


「くしゅん!」


 くしゃみが出た。


「くしゅん! くしゅん!」


 おかしい。くしゃみが止まらないし、なんだかぼーっとしてきた。


(あれ……?)


 気が付いたら曇り空とちらつく雪が目の前に広がっていた。


 そこに泣きそうな顔のレベッカとミーティアが入り込んでくる。


「あ~ん! やっぱり~……!」

「レベッカ、そっち持って! 急いで!」


  身体がふわりと浮かび上がった感覚があったところで、私の意識が途切れた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ