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93.一目惚れの影響

 翌日の晩、私は王都にあるウェスター公爵であるグラハム家の屋敷での夕食に招待された。


 といってもメンバーは次期領主夫妻であるパトリック様とブリジットと私の三人だけだ。既に何度も夕食をご一緒しているだけあってパトリック様ともだいぶ気安い関係になっているので、王都に居ながらとても落ち着ける雰囲気だ。


「はぁ……レオナが王都にばかり居ることになって寂しくなるわね……」


「私ならエルグランツまで一日で移動出来るんだから、会おうと思えばいつでも会えるわよ……」


 ブリジットが本気で憂鬱そうな顔で食後のお茶に口を付けている。私はそんな彼女を最近自分に言い聞かせている言葉で慰める。


「卿にウェスター騎士団の指南役を頼んだのは英断だったろう? でなければエルグランツに来る機会が激減してしまっていただろうからな」


「本当に……。それが無ければレオナに魔道具の件で殿下に相談なさいと返事を書くのに、一体どれだけ頭を悩ませていたことか……」


 二人とも私が出世してエルグランツを離れてしまうことまで予想していたようだ。あの手紙の裏にはまさかそこまでの考えが含まれていたとは……。


「全く使わない屋敷を維持させるのも使用人たちに申し訳ないし、維持してもらう理由が残ったのには本当に感謝してるわ……」


「エルグランツはいつだって貴女の帰る場所よ。それを忘れないでちょうだい」


「……ありがとう」


 ビリー様に続いてブリジットからも私には帰る場所があると言ってもらえた。それはとても幸せなことだなとしみじみ思う。


「それにしても騎士長に就任した初日から団長ひとりを叩きのめしてしまうとは傑作だな!」


 私から聞くまでもなく、既にその情報を仕入れていたパトリック様は楽しそうに笑い飛ばしている。


「相手は最初から喧嘩腰だったので殿下も多分そうした方が早いと考えたのかなと今となっては思います。許可を取ろうとしたら『思い知らせてやれ』と、表情はともかく言葉だけはノリノリでしたから」


「確かに奴の考えそうなことだ。まぁ俺も同じ立場なら卿の価値を周囲に知らしめる為にも同じようにするだろうな」


 パトリック様も殿下に同調し、平然と頷いている。そんな物騒なことを考えるなんてやはり恐ろしい人だ。……って実際に叩きのめした私が言う台詞ではないか。


「笑いごとじゃありませんよ……。レオナ、この国にはまだまだその馬鹿以外にも貴女のことを知らないまま良く思っていない人間が必ずいるわ。話が伝わりづらい国の北側の領地、特にリヴェール公爵領出身の貴族には気を付けなさい」


 リヴェール公爵領はバーグマン伯爵領の北、ドラゴンゾンビを見つけたパシュミナ湖の向こうの山を越えた先にある国の北側で最も広く、力のある領地だ。


 中央山脈と樹海の間を抜ける必要があるバーグマン領ですら田舎扱いなのに、更に大きな山を越えなければならないので超田舎になる――と見せかけて、実はエルグランツと双璧をなす大都市があるので逆に都会だったりする。


「やけに具体的な気がするんだけど誰か面倒な人でもいるの?」


「……えぇ、リヴェール公爵令嬢のフェリシア・バーネット。ーー殿下の婚約者候補だった女性よ」


「そういえば殿下って王太子なのに普段は全然女っ気がないわよね。一応そういう相手も居たんだ、へぇ~」


 私が感心していると、パトリック様もブリジットも揃って呆れ顔を浮かべて溜め息を吐いてしまった。夫婦息ピッタリで羨ましい限りだ。


「どうやら知らないようだぞ……」


「学園に通っていなかったのを良いことに、あの頃の話は聞かされていないようですね……」


 この距離なので普通にこちらに聞こえてくる、そのわざとらしいヒソヒソ話に私が眉を顰めていると、パトリック様が説明を始めてくれた。


「誰かさんへの恋を引き摺って在学中も一切女性と親密な関係になることもなく、卒業しても婚約者を決めるのを拒み続け、その代償に危うく王位継承権まで失いかけている大馬鹿者がいるのだよ」


「……は?」


 突然とんでもない話が飛び出して思考が止まる。王位継承権とあるから殿下の話で間違いないと思うのだけれど、それにしてもあんまりな内容だ。


「それって殿下の話……ですよね?」


 私が恐るおそる確認を取ると、ブリジットが深く頷いた。


「そして最初の『誰かさん』は貴女よ……」


「あははははは…………うそぉ……」


 だって当時私は死んだと思われていたのだ、いくら一目惚れしたといっても相手が死んでいれば多少の傷心はあるにしても、立場もある殿下ならば切り替えていくのが普通ではないのか。ブリジットだって切り替えて私の死を乗り越えていたのだし。


(殿下の言っていた一目惚れってそこまでのものだったの!?)


 あの時のプロポーズの結果が変わることはないにせよ、受ける印象はガラリと変わってくる。過去の私への想いが盲目的なものになるのも仕方がないと思えるくらいには……。


 殿下が私に向けている愛情の深さを思い知らされ、かっと顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


「そんなだから奴の愛は重いぞ?」


「レオナも重いからお似合いじゃないかしら?」


「確かに! あっはっはっはっは!」

「うふふふふふ……!」


 そうやって夫婦は言いたい放題言って笑い飛ばしてくる。


 ……しかしそれに言い返す術は今の私にはなかった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「えぇと、脱線してしまったわね……何処からだったかしら……」


 ひとしきり笑って落ち着いたのか、ブリジットが話を戻そうとしている。


「……元婚約者候補のフェなんとかさん?」


「あぁそうそう、フェリシア・バーネットね。卒業して婚約者を決める段階で殿下が拒んだのだけど、そのせいで王族とリヴェール公爵家の関係はかなりごたついたみたいね」


 私ですら素直にその人と結婚したら良かったのではと思ってしまうほどだ、きっと周囲もそう思っていたに違いない。


 性格が最悪で結婚したくなかったというのであれば同情の余地はないこともないけれど……。


「リヴェール公爵は今の宰相の兄にあたる人物なのだが、その息子夫婦が自身の娘を王室に入れようとかなりしつこく迫ったようだ。……だが身分や状況的に全く問題ないにも関わらずクリスは折れず、結果相手側の面子を傷つけた代償として、そして結婚に少しでも前向きにさせるために陛下は渋々クリスに条件を出したのだ。『二十五歳までに相手を決めて結婚しなければ弟に王位継承権を譲れ』と」


「国内のまともな令嬢は公爵家に睨まれるせいで迂闊に近づけない。国外の姫君だろうと殿下がその気になるかはわからない。下手に話を持っていって国家間で話がこじれれば更に面倒なことになるからリスクが高いのよ。殿下が折れなければ完全に八方塞がりね。それでも期限付きにしたのは陛下の親心といったところかしら……」


 政略結婚を跳ね除けてしまうのだから、それはそれは物凄い抵抗だったのだろう。ブリジットの言うように、今もまだ王太子で居られているのは陛下や王妃様に親としての情があったからこそなのかもしれない。


「……だがクリスにとっても絶望的なその状況がここにきて一変した。其方が生きていたからだ。しかもそれは国内どころか国家間の力関係にすらも影響を及ぼすほどの力を持った女性だった。クリスは今必死だろう、其方と結ばれれば奴にとっての全てが上手く行くのだからな」


「なんだか凄い話になってきているように思うのですが……」


 もう完全にただの恋愛話ではなくなってしまっている。もちろん相手が王太子なのだから何かしらの政治的な話が出てくるのは仕方ないにしても、想像以上に殿下の周りの事情がこじれているのは如何ともしがたい。


「そうよ? あの日初めて殿下と出会った日に彼を魅了してしまったのが運の尽きね。美しさは罪ってところかしら。……まぁ私も殿下の気持ちは凄くわかるのだけどね。同じ女で良かったわ本当に……」


 そう言いながらブリジットは赤く染まった頬に手を当てて悩ましげに息を吐いている。その様子を見て苦笑いを浮かべるパトリック様。そりゃ自分の奥さんがこんな状態ではもう笑うしかないだろう。


「そんな……私にどうしろっていうのよ……」


「幸いにも殿下とはいい具合に進んでいるのでしょう? 私はレオナの味方だから最終的な判断に文句なんてないけれど、付き合いが長いぶん殿下に対する情もそれなりにあるの。彼のプロポーズが貴女の望むものになるように応援するくらいはしても良いとは思っているわ」


「俺はブリジットよりもう少しクリス寄りだが、二人が上手く行けば良いと思っているのは一緒だ。奴は二十五になるまでに必ず人生を掛けたプロポーズをする、それは確実なのだから、其方には出来ればそれまでは奴の傍に居てその成功を祈ってやって欲しい」


 つまり私は殿下の事情を知ったというだけで別に何もやることは変わらない――と。プロポーズのその時まで周囲を警戒しながら自分の立場を固めていれば良いらしい。


 私としては振った相手の後のことを考えながらプロポーズを受けたくはない。しかしもう聞いてしまった以上、まったく意識しないというのも難しい。


 ならばせめてブリジットの言うように私も彼を応援するくらいはしても良いかもしれない。その方がそれでもダメだった時に諦めもつきやすいだろうし。


「……わかりました。それで、フェなんとかさんはどんな人なの?」


「フェリシア・バーネット! ……もう!」


「あはは……ごめんごめん……」


 ブリジットには悪いけれど、他の話が濃すぎて名前が頭に入ってこないのだ……。


「年齢は私たちよりひとつ上。学生としてはとても優秀な人で、在学中から頻繁に殿下にアタックしていたわね。生徒会では私も勝手に睨まれていたもの。こちらは自分のことに精一杯で興味もないのに失礼しちゃうわ」


「出た、生徒会! 『女傑』に睨みを利かせるなんてなかなかの大物ねぇ……」


 ブリジットに対抗できる相手となると大変だ。正直関わり合いになりたくないけれど、そうはいかないだろうなと心の中で溜め息を吐く。


「今は雪深い領地から出て来られないだろうけど、春の成人式の時期にはきっとこっちに出てくるわよ。今から覚悟しておきなさい」


「俺は在学期間が一切被らなかったが、卒業後に会ったことならある。まぁ一応美人の類ではあったかな。……だが俺に言わせればつまらない女だ、ブリジットと比べるべくもない」


「つまらない女、ですか?」


「優秀なのかもしれないが、良くも悪くも典型的な大人しい貴族令嬢だ。其方も普段ブリジットと一緒に居るから、いざ彼女と話したところで刺激もなにもなくて退屈だろうよ」


 その典型的な大人しい貴族令嬢がブリジットと張り合えているというのが既にヤバいとしか思えない。それなのにパトリック様はもうフェリシア様に興味はないようで、代わりに自分の奥さんの素晴らしさを語ろうとしている。


「……まぁ私のブリジットに敵う相手なんて居ないでしょうからね。こんなに美しくて頭も良いのに、性格も優しくて、芯の通った気高さも魅力的で――」


「待て! 内容には一言一句同意するが、『俺の』ブリジットだぞ!!」


「突然二人は一体何を話しているのよ!?」


 私たちのじゃれ合いに顔を真っ赤にして突っ込んでくるブリジットが可愛くて、ついパトリック様と揃ってデレデレになってしまう。


「俺も其方が女で良かった。男だとブリジットの取り合いになって面倒なことになりそうだし、お陰でこうして遠慮なく惚気られるからな!」


 パトリック様は何やら火が点いたらしくブリジット様の素晴らしさを改めて語り出した。私もそれに張り合っては二人揃ってブリジットに怒られを繰り返し、この楽しい時間は終わってしまった。


 フェリシア様の話については中途半端だった気もしないでもないけれど、まぁ大体の人物像は掴めたので大丈夫だろう。 ……多分。




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