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91.魔法研究所

 私は早速ブリジットに手紙を書いた。


 その内容は魔道具はどこで作られているのか、通常どのようにして流通しているのか、商品化することは可能かどうか、などだ。


 二日後に届いた返信を要約するとこう書かれていた。


 魔道具は王都にある魔法研究所で作られており、王宮に魔道具を購入する旨の手紙を送ると、現在作る事が出来る魔道具のカタログが送られてくるらしい。それに印をつけて代金と共に送り返せば希望の魔道具が届くという流れだそうだ。まさかの通販。


 ちなみに壊れた場合はあちらに送れば修理してくれるらしい。勝手に直したり捨てたりする事は禁止されているのだとか。


 商品化については珍しくわからないと返ってきた。カタログに無いものを要望として送ることは認められているけれど、それが実際に作られる保証はないそうだ。


 手紙の最後に『これ以上を知りたい場合は殿下に可愛くおねだりしてみなさい』と書かれていた。あと『何か面白い物を作ることが出来たなら真っ先に教えて欲しい』とも。……ちゃっかりしている。




 どうせならと殿下にも手紙を書いてみた。


 あくまで普通に。可愛くおねだりはしていない。


 すると『詳しく話を聞きたい。内容や条件次第では紹介しよう』と返事がきた。


 私はブリジットからの手紙を元にロベルト達とどういう話の流れになるか、出されそうな条件について、商売が出来そうな場合の利益の確保の仕方などを予め話し合ってから、王都へと向かった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 王都と言っても今回向かうのは騎士団ではなく王宮だ。


 陛下との謁見以来になるこの場所を衛兵に案内されながら殿下の執務室へと辿り着いた。


「――失礼します。レオナ・クローヴェル女男爵殿をお連れ致しました」


「ご苦労。下がってくれ」


「はっ!」


 殿下は執務机に座ったまま指示を出し、衛兵が退室していく。


「こちらへ」


「はい」


 私も促されて執務机の正面に立つ。机の上には私が出した手紙が広げられているのが見えた。


 殿下は両肘を机について口元で両手を組んでいる。なので顔の下半分は見えないけれど、その目はいつもの優しいものではなく、とても真剣なものだった。


「君の望むものは全て叶えてあげたいという気持ちはあるのだが……今回ばかりは少々デリケートな問題でな。俺の一存では許可は出せないのだ」


「そのお気持ちだけで充分です。魔道具に関しては厳重に管理されているように見受けられましたので、すんなりいくとは思っておりません」


「……ふむ、どうやら勢いだけでやって来てはいないようで安心したよ」


 そう言いながら殿下の表情が少しだけ緩んだ。


「まず今回どうして魔道具で商売をしたいと思ったのか、考えを聞かせてくれるか?」


「はい。暮らしを便利にする魔道具の充実や、低価格化によって平民への普及が出来ないかと考えたのが発端でございます」


「ふむ、より良い暮らしのためにか。……君らしいな」


 殿下は少し笑いながら椅子を引いて立ち上がった。そして背面の腰あたりで手を組みながら部屋の窓の方へとゆっくり歩いて行く。


「それはとても良いことだと俺も思う。実際に暮らしを便利にする魔道具を作り出している魔法研究所だが、それ以外にも役割があるのだがそれはわかるか?」


 何故ここまで厳重なのかという理由についてはロベルトたちと一緒に考えた。


 最終的に出した結論は――


「軍事的な理由……ですね?」


 私の返答に殿下は大きく頷いた。


「……その通りだ。こちらは他国に攻め入る気がなくとも、他国もそうとは限らない。暮らしを守るために力をつける必要がある。だから暮らしの充実のために人手を割きすぎる訳にはいかない」


 この世は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ世界だ。私自身もそれを体験してきた。自国が強者であり続けるためにはそれはとても大事なことだ。


「なので本来であればそのバランスをいじるような真似はしたくない。だが今回提案してきたのが君なのであれば、条件次第でそれを許可しても良い」


 殿下の言いたいことが何なのかわかった気がする。


「……君がこの国のために命を懸けて戦うと誓ってくれるのであれば」


 窓の縁に手を掛けながら、真っすぐに私を見つめる殿下。


 国からしてみれば軍事的な発展の遅れを、ドラゴンを単独で瞬殺出来る人間離れした戦力を取り込むことで補填したいのだ。


 現状の関係も悪くはないが、ふわふわした関係には違いない。それを確固たる繋がりにしてしまいたいのだろう。


 普通に考えれば多少の儲けと、ほんの少しの便利な暮らしのために命を懸けろと言われているのだからまるで割に合わない要求である。


 しかし、私にしてみればそんなものはとっくに覚悟していることで、むしろデメリットなど殆どないと言って良かった。


「……誓いを立てる条件に殿下との婚約、若しくはそれに近しいものが含まれていなければ」


 客観的に見れば失礼極まりない私のこの発言にも、殿下は怒ることなく笑ってくれる。


「あぁ、君からの愛を得られないまま、そのような形で結婚したところで何の意味もないからな。予定としては君には陛下の前で誓いを立てて貰い、君だけの爵位と王国騎士団での相応の地位を与えるつもりだ」


 きっと向こうの話し合いの中では私は話を受けると予想していたのだろう。訓練の指南役として遠慮がちに囲い込んでいたものを晴れて堂々と取り込めるのだから、それに見合った待遇を期待したいものだ。


「……承知致しました」


「では、魔法研究所へ案内しよう」


 そう言って歩き出した殿下は、いつもの優しい彼に戻っていた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 魔法研究所は王宮から見て騎士団とは反対側の廊下を進み、中庭を抜けた先にあった。建物内は全体的に薄暗く、ホールやそこから伸びる廊下には人気が感じられない。ただ、ずらりと並ぶ研究室のドアの向こうからは異音や異臭がしてくるので無人という訳ではないようだ。


「……ダードリー卿、入るぞ」


 相手の返事を待つことなくズンズンと研究室の奥へと進んで行く殿下。そのあまりの遠慮のなさに思わずぎょっとしたけれど、部屋の中の様子を見て大体その理由が掴めてきた。研究の虫に配慮したところで意味がないということなのだろう。


「ダードリー卿!」


 殿下が声を張り上げて研究室の奥で作業している男性の名前を呼んだ。それは四十代ぐらいのボサボサの茶髪に白衣を着た小太りで小柄な男性だった。


「……ん? おおっ! これは王太子殿下、ようこそおいで下さいました。例の魔道具はあと二日もあれば完成する予定ですが、いかがなされましたかな?」


「そうか、良くやってくれているな。今日はそれとは別件でやって来たのだ。――紹介しよう、彼女が其方と同じS級ハンターのレオナ・クローヴェル女男爵だ」


 殿下がこちらを振り返りながら手で促すと、ダードリー卿と呼ばれた男性はその分厚そうな眼鏡越しにこちらを見た。その深みのある青い色の目が細められ、柔らかい笑みに変わる。


(私と同じ……!? じゃあこの人が……!)


「おお、彼女が! いやはや、寸分違わぬ見事なイメージでしたな殿下! ……おっと失礼、お初にお目にかかるクローヴェル卿。私はヴィルヘルム・ダードリー。S級ハンターと認められて以来、ここで二十年ほど研究を続けている者だ」


 私の顔を見たリアクションがなんだかおかしい。


 何故か殿下が明後日の方向を向いているので、過去に何か私のついて話していたようだ。それも少し疚しく感じてしまうようなことを。


 一方でダードリー卿はそういうものを感じさせずに、にこやかに近づき握手を求めてくる。何と言うか人懐こい人だなと思いながら私からも歩み寄って固く握手を交わす。


「よろしくお願いしますダードリー卿。ハンターギルドでそのお名前は伺っておりましたが、今まで一度もお会い出来なかったのはそういうことだったのですね……」


 そういえば陛下も研究室がどうと言っていたのを思い出した。まさか研究所がこういう意味合いを持つ場所で、そこに二十年も籠っていたとは当時は考えもしなかった。


「ははは、そうとも! それで、本日は何用で来られたのかな?」


「えぇと、実は……」


 私は魔道具で商売をしたいことと、それを作ってくれる人を探していることを話し、あと簡単にイメージしている商品を紹介する。


「ふむ……まずは王太子殿下」


「どうした?」


「これは王族の命令などでは御座いませんな?」


「あぁ、違うぞ。其方も上手く交渉したまえ」


 その言葉にほっとした様子のダードリー卿。一番最初の会話から察するに最近何か頼まれていたようなので、それを気にしていたのだろうか。


「承知致しました。もうここまで連れられて来ているのですから、ここの存在意義云々ではもう断れないでしょうな。……ではクローヴェル卿」


「はい」


「其方の考える魔道具の作製は恐らく可能だ。だが商売となると同じ物を沢山作ることになるだろう? 私はそこまで協力する気はない。私には私の研究があるからな」


 元々研究したくてここに居る人ばかりだろうし、自分の研究が大事というのは良くわかる。


「そうですね。ではどこまでご協力頂けますでしょうか?」


「完成品をひとつ作るところまではやってやろう。後は他の金が無くて暇な者に複製させるなりしてくれたまえ。勿論完成品を作った分の報酬は頂くぞ」


「なるほど。……それでその為の条件は何でしょうか?」


 単純に作った分の報酬を受け取るだけであれば先程の話と大して変わらない。研究を放り出してまで情だけでやってくれるはずがない、何かしらの条件があるに決まっている。私もほんの少しは貴族との交渉というものを理解してきているつもりだ。


 その読みは合っていたようで、楽しそうに笑うダードリー卿。


「ははは、話が早くて助かるな! 私の研究の助手になれる人物を紹介して欲しい」


「……助手は要らないんじゃなかったのか?」


 どうやら以前にもそういう話をしていたらしく、殿下がすかさずツッコミを入れた。何だかその光景が目に浮かんでくる。こんなに汚い研究室なら誰か入れて掃除させれば良いのにと私ですら思うのだから。


「ただの使用人は要りませんが外部の人材は欲しいのですよ。私のようなC級からS級になったのではない、ハンターとして確かな実績もあるクローヴェル卿であれば貴族以外にも顔が広いでしょうし」


「どういった人材をご所望なのですか?」


「私は戦闘用の魔道具が専門でね、実際にそれを使って魔物と戦える平民の助手が欲しいのだ。魔法が扱えて細かい感覚まで分かりそうな実力者が望ましい。これまでは騎士団の人間に依頼していたが、貴族相手ではその費用も高くつくのでね……」


(魔法が使えて戦える平民の知り合いとなると、アクセルやユノさん、エイミー……はっ!)


 これはもしかすると、もしかするかもしれない。


「ダードリー卿、例えば魔道具に身体強化の補助をしてくれるだとか、武器に魔法効果を付与出来るだとか、そういった類の物はありますか?」


「あぁ、勿論だとも」


「そういう物を欲しがっている、戦うのが大好きなA級ハンターが知り合いに居ますので、声を掛けてみましょう」


「おぉ、それは有望だな! では話の続きは助手が決まり次第ということで」


「承知しました」


 再び固く握手を交わして、とりあえずこの場はこれでお開きになった。


 そしてその帰り道に殿下に思い出したように騎士団用の衣装のための採寸に連れていかれた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 エルグランツへ帰還した私はハンターギルドへとやってきた。


 とはいえ前回のようにそう都合よく『鋼牙』の面々に会えるはずもなく、モカさんに『話があるので都合の良い時にメンバー全員で屋敷に来て欲しい』と伝言を頼むことにした。


 実際に彼らが屋敷にやってきたのはその三日後だった。


 前回中にまで入ってきて慣れたのか、エイミーもダリアも落ち着いている。逆に男性陣は……アルフレッドさんだけ落ち着かない様子。『鋼の男』は流石だった、全く動じていない。


「……話というのは何だ? わざわざメンバー全員にとは……」


「えぇ、ざっくりと前回二人と話していた内容から説明するわね」


 二人の欲しい物や魔道具の話、魔法研究所の役割、私が出された条件を飲んだこと、そしてダードリー卿からの交換条件を説明する。


「……なるほど、魔道具のテスト役か。それを俺たちにやらせたいわけだな」


「そうそう。最初はエイミーだけに頼もうかと思ったんだけど、王都への移動も発生するからいっそのことパーティ全員にお願いした方がそちらも動きやすいかなって」


「それは確かにそうだけど……貴女はそれで良かったの? 商品のために完全に騎士団に取り込まれちゃったじゃない。しかも私たちが乗らなければ商品化も頓挫してしまうのでしょう?」


 ダリアは私のことを心配してくれている。頓挫は確かにそうなのだけど、ダメージはそんなにないので大丈夫なことだけは伝えておかないといけない。


「国や住民のために戦うのは今も変わらないし、その覚悟はとっくに出来ているから問題ないわ。爵位も今よりも上になるみたいだから貴族社会でも立ち回りやすくなるし、そう悪い話じゃないのよ。……心配してくれてありがとう」


「そう……」


「アタシはやりたい! 良いモンが出来れば強くなれるんだろ?」


 エイミーが右手の拳を握りながら立ち上がり、ハッキリと意思表明する。さっきも言ったように最初にエイミーに紹介しようと思ったぐらいには適任だ。断られるとは思っていなかったけれど、こうやって改めて頷いてくれると結構嬉しいものだ。


「そうね、完成品は助手なんだし優先的に回して貰えると思うわ。パーティ全体の強化に繋がるのは間違いないはずよ。私からも貴方達の待遇についてはダードリー卿にしっかりとお願いするつもりだから」


「それなら僕もとても良い話だと思うな。……貴族は怖いけど、このレベルの話は後から僕たちが望んでも叶うようなものじゃないだろうからね」


 私の言葉を受けてか、慎重なアルフレッドさんも乗り気だ。向こうの求める人材がドンピシャなのはそうあることではないので貴重な機会であるのも間違っていない。


「……アナタは?」


「貴族は好きじゃないが、何のためにハンターやってるのかを考えれば答えはひとつしか無いだろう。それに誰よりも身体張ってる奴が目の前に居るんだ、情けない姿なんて見せられるか。ダリアも良いな?」


「……えぇ」


 そしてマーカスさんからは確固たる信念がハッキリと伝わってくる。これも一切ブレることのない『強者の筋』だ。とてもかっこいい。


 マーカスさんが真っすぐにこちらを見た。


「決まりだ、その話乗ったぜ。そのダードリー卿とやらを紹介してくれ」


「うん、ありがとう。私が紹介するんだもの、貴方たちの立場が悪くなるような真似は絶対させないから安心して頂戴」


「ははは、これが『いばらの加護』か……。頼もしいにも程があるね」


 アルフレッドさんが嬉しそうにそう言うけれど、まさかここでもその言葉を聞くことになるとは。私はただ紹介する側の責任を果たすだけだというのに。


「あとお礼といってはなんだけど、暖房の魔道具と加熱調理用の魔道具を注文してそちらの宿に届けておくわね」


「~~~!!」


 ダリアが歓喜に目を輝かせてマーカスさんの両手を掴んでぶんぶんと上下に振りながら、声なのか息なのか分からないような音を口から発している。そんな突然の妻の興奮にも動じない『鋼の男』は凄い……。


 私たちは揃って王都へ向かい、ダードリー卿に紹介した。


 まさかの四人という人数に両手を上げて喜び、私が彼らの待遇についてお願いをすると二つ返事で快諾してくれた。


 実戦での検証は最近滞っていたらしく、大量の魔道具の中からメンバーのスタイルに合ったものを選んでゆくダードリー卿の顔は少年のように輝いていた。



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