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88.私の帰る場所

 それからは食事等の休憩時間や寝る時間以外はほぼ全て浄化作業に費やした。


 休ませてもらっている村で私の屋敷に手紙を書き、これらの作業が全て終わるまで帰らない旨を伝え、同時にクローヴェル商会の出来る範囲でバーグマン領の住民への支援をするように指示を出しておく。私が直接何かする以外でも領地の力になれることはあるはずだ。


 結局湖岸も含めて入念に浄化していると湖の部分だけで一週間もの時間が掛かってしまったけれど、その間も村人たちからは丁重に扱ってもらえたし、応援もしてくれていたので精神的にはそこまで苦ではなかった。


 湖の水は塞ぎ止めておいたまま村人たちに見送られながら湖から川の本流を下り、その先で浄化していた貴族たちと合流する。


「レオナ様!?」


「あら、マール様! 帰っていらしたのですね」


 するとそこには見知った顔も混ざっていた。屋外作業用の服を着ていて貴族ではなかなか見ることのない格好のマール様が私を見つけて驚いている。バーグマン領に来る時に彼女の馬車を追い抜いていたのだから、もう彼女も既に到着していても何もおかしくはないのに作業に没頭していて完全に忘れていた……。


「帰った途端に両親から手を貸せと呼び出されまして……」


 そう言いながらマール様が作業中の貴族の集団に視線を向けた。恐らくマール様と同じあの水色の髪の男性が彼女の父親なのだろう。あとで挨拶くらいはしておこうか。


「レオナ様は何故こちらに? とっくにエルグランツに帰られたものだと……」


「両親の墓参りに来たのです。そこで偶々このような事件が発生したので、微力ながらお手伝いをと思いまして」


「あの広さの湖を一人でもう終わらせたのか……? 凄まじいな……」


 いつの間にかやってきていたビリー様はそう言うけれど、こちらの作業の進み具合も想像していたよりもずっと進んでいて私もびっくりしている。やはり数の力というのは凄いものだ。


「結構この作業にも慣れてきましたから」


 私はそう言いながら本流の川幅サイズに大きさを調整した洗浄の魔法で、まだ手を付けられていない場所を綺麗にしてみせる。流石に湖であれだけ使っていればこの辺りの感覚を掴むのは容易だった。


「わぁっ! レオナ様、凄い……!」


 その様子を見たマール様も、この場の貴族たちも驚きの声を上げている。


「これなら騎士団だけではなく、俺たちも支流に向かった方が良さそうだな……」


 たったそれだけでビリー様は私一人に任せた方が良いと判断したようだ。私もそう思うし、ビリー様が貴族たちに提案してくれれば角も立たない。領地の為にためらいなく効率を重視するその思い切りの良さはとても素晴らしいと思う。


「それがよろしいかと。こちらはお任せください」


「あぁ。……其方が居てくれて本当に助かっている」


 そうして皆が他の場所へ移動してからも、私は一人で黙々と浄化作業を続ける。




 時折付近に住む住民たちが感謝の言葉を贈ってくれたり、差し入れをくれたり、休憩中に話し相手になってくれたりと、魔法が使えない彼らなりに応援してくれる。


 川沿いに集落が作られやすいというのもあって、浄化作業を通して、これまでイングラードとブルデラ以外何も知らなかったバーグマン領について理解が深まっていく。


 なので作業は大変ではあったけれど、精神的にはそこまで苦ではなかった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そしてそれから一か月後、下流のルデン侯爵領を通る部分まで全ての浄化が完了した。


 それを祝って領主様の屋敷で領内の貴族を集め、パーティが開かれた。


「本当によくやってくれた……。其方が居なければ年単位の作業になっていただろう。そうなれば住民たちも、この領地も、大きな打撃を被る羽目になっていたはずだ」


「お役に立てて光栄でございます」


 皆の前で領主様から公式に感謝を述べられ、周囲から拍手が巻き起こる。


 前世ではタンカーの事故で海に浮いた油を、シートに吸わせたりしていたのをテレビで見た覚えがある。それに比べればかなり少ない労力で取り除けたのだから、この世界に魔法があって、あの液体が魔法で除去出来るもので本当に良かったと思う。


 それにこの領地の主力であるワインも、ブドウの木が水をあまり必要としない植物であったことで被害を免れたのも大きかった。もちろんそれ以外の農産物で被害は出ていたけれど、そこは貯蓄されていた食糧を放出することと、農家への災害補償で何とかカバーは出来るそうだ。


 ただ水を飲んで倒れた人が全員亡くなったのに関してはどうしようもなかったけれど……。


「其方の活躍については国にしっかり報告しておいた。この偉業は我々バーグマン領の者だけに留まらず、全ての国民に知れ渡り、其方の輝かしい功績として後世に残ることになるだろう」


「持って生まれたこの力、今後も国のために役立てて参ります」


「今後も其方の活躍を期待しているよ」


 また大きな拍手を送られ、それからは領地内の貴族たちと色々と話をする流れになった。


 あちらからすれば元々領主の娘で全く接点のない赤の他人ではないため、話しかけやすかったのもあるのだろう。


 皆はこれまで両親が領主としてこの土地でどんなことをしてくれていたのかなどを語ってくれる。最初は現領主の前でそんな話をして良いのかと焦りもしたけれど、領主様やビリー様たちはその様子をニコニコしながら眺めていた。なので私もお父様やお母様の話が聞けるとあって純粋にそれを楽しんだ。


 あとマールのお父様が、私が王国騎士団に出入りしていると聞いてハロルドについて尋ねてきたのには参った……。二人の結婚がかかっている手前下手なことは言えないので、王都を発つ直前の彼の様子を多少誇張して褒めちぎっておいた。 感謝しなさいよハロルド。




 パーティも終わって、屋敷で一晩泊まることになった私は、また同じ夫人の部屋で過ごさせてもらうことにした。


 一度あんなことがあったので領主様たちから心配されてしまうけれど、やはりどれだけ寂しかろうとあの空間で過ごせる数少ない機会を逃すのは惜しいと思ったのだ。


 しかしいざ部屋で過ごしてみても領地を守れた達成感に包まれていたせいか、不思議と寂しさを感じることはなかった。


 それどころか夢の中に現れた両親に「領地を守ってくれてありがとう」と言われ、むしろ誇らしげに笑い返したくらいだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「ちょっといいか、クローヴェル卿」


 翌朝、屋敷を出発しようとしているところをビリー様や領主夫妻に呼び止められた。


「どうされました?」


「昨日両親と話し合ったのだが、領地としてだけでなくレガント家としても其方に礼がしたい。……そこでだ、これからは其方に対してはいつでも屋敷を開放しようと思う」


 ビリー様がそう宣言する後ろで領主夫妻もにこやかに頷いている。


「いつでも……ですか?」


「あぁ。近くに立ち寄った時でも、墓参りのついででも構わない」


 その気になればいつでもこの屋敷を訪れて、昔の思い出に浸っても良いらしい。それは素直に嬉しい申し出だった。


「こんなことを言うのはおかしなことかもしれないが……」


 ビリー様はそう言いながら照れくさそうに苦笑いを浮かべて頭に手をやるが、すぐに姿勢を正し、表情を引き締めて真っすぐに私を見つめた。


「事件が起こった日の前の晩に辛い思いをさせてしまったと知って、やはりこの領地で暮らしてもらえるようプロポーズをやり直すべきではないかと悩みもした。……だがまた憐れみと同情の感情で動いては其方のためにならない。それに……」


「……それに?」


「今回の事件で其方は誰よりも此処バーグマン領のために力を尽くしてくれた。領地を大切に想う気持ちは領主一族に迎えなくとも決して変わらないのだと、その行動を以って示してくれた。……ならば我々が其方にすべきことはそんなことではないはずだ」


 ビリー様は腕を軽く持ち上げて拳を力強く握り込んだ。


「だから我々レガント家は誓おう! 誇りと責任を持ってこの領地と、大切な其方のこの屋敷での思い出を守っていくと! ……だからもう悲しみに暮れる必要はない、其方の帰る場所はいつでも此処に在る。それを忘れないでくれ」


 もう夜会で昔の領主の娘としての私だけを見ていた頃とは違う。今の私を見て、今の私が大切にしているものを理解し、それを守ると言ってくれている。


 こんなに嬉しいことはない。


「忘れませんよ……。忘れてたまるものですか……!」


 言葉では強がってみても、涙が溢れて止まらない。


 両親の愛したバーグマン領は今も暖かく私を優しく包み込んでくれている。


 そしてこれからも――ずっと。



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