82.宣伝
消滅したゴルドマ商会に代わって、次々と困窮していた取引先や従業員を取り込んでいくクローヴェル商会。それは当初予定していた通りだったので良いのだけれど、これまで関わりのなかった人々からもウチで働きたい、取引をしたいという申し出が後を絶たなくなった。どうやら平民の間で悪徳商会から人々を救った善良な商会という評判が広がっているようだ。
実際ここまで大きな話になるとは思っていなかった。元はイルヘンの村人たちを助けたかっただけなのだから。そう素直にロベルトに伝えると「ロートレック領最大の商会が潰れて何も起こらないはずがないでしょう?」と呆れられてしまった。
ただ人手が欲しいのは事実ではあったものの、急激に膨れ上がった従業員を管理し教育する負担が大きすぎて、その全てを受け入れることは出来なかったそうな。なんせ設立して間もない商会なのだ、これは仕方がないと思う。
基本的にロベルトに任せているので私に全員囲い込みたい気持ちがあっても口出しはしない。良くわかってもいない人間が引っ掻き回したところで何も良いことはないだろうから。
私に出来ることで何か頼まれた時にはそれには全力で応えるつもりだし、私に頼ることで最もスムーズに物事が運ぶのであれば真っ先に頼れと日頃から言ってあるけれど、必要以上にしゃしゃり出ないように気を付けている。
なので現場ではちょっと顔を出して挨拶をしながら様子を見たり、怪我した従業員を魔法で癒してあげるくらいしかしていない。簡単な荷物運びですら止められたので諦めた。とりあえず魔力は余っているから怪我した時は遠慮せずに言って欲しいとだけは伝えておいた。
彼らと少しお喋りをしてみると皆やる気に眼を輝かせており、そのモチベーションの高さが伺えたのでひとまず良い方向に進んでいると見ていいだろう。
とはいえそれは現場での話で、それ以外で全く何もせずにただふんぞり返っている訳ではない。私もその地位と、見た目と、魔力で出来ることをしなければ。
ブリジットは渡した試供品をとても気に入ってくれた。そのこげ茶色の長い髪は苦労も多かったらしく、その綺麗な顔を綻ばせてそれはもう喜んでいた。それは公爵夫人であるヴィクトリア様にもすぐに伝わり、今ではお得意様第一号・二号になってくれている。
なので今私はそんなブリジットの力を借りつつ貴族に向けての宣伝に力を入れている。そしてそれは全て領主の城の応接室でお茶会を開いて行われている。自分の屋敷でしろよと常々思ってはいるものの、ブリジット的には私たちの関係を強くアピールしたいという狙いもあるようで、お言葉に甘えさせてもらっている状態だ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
そして今日もそのお茶会が領主の城の応接室で行われようとしている。私はもうこの場所には慣れたものだけれど、今回呼ばれた若いご令嬢二人は緊張しているようで動きが少々ぎこちない。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ご機嫌麗しゅう存じます、ブリジット様、クローヴェル卿」
そう挨拶するのはモニカ・オーシェル伯爵令嬢とマール・ネーヴィッツ男爵令嬢。どちらも以前の夜会で殿下とのダンスの後に知り合った人たちだ。
モニカ・オーシェル伯爵令嬢はロートレック子爵領の北、レッドドラゴンを倒した場所でもあるフェルゼン伯爵領にある家の方で、私よりも長い深緑の髪と黒い瞳の知的な雰囲気の女性だ。それでいて実は恋バナが大好きで、夜会では殿下との関係を聞き出そうと真っ先に近づいてきたのが彼女だった。
マール・ネーヴィッツ男爵令嬢は、バーグマン領出身のあの失礼なキノコ頭のショーン・ネーヴィッツ男爵令息の妹にあたり、兄の無礼を謝罪されたことをきっかけに話すようになった。小柄で兄と同じ綺麗な水色の髪に青い瞳の儚げな彼女は何だか守ってあげたくなるような、そんな庇護欲を刺激する可愛らしい女の子だ。
「ようこそおいで下さいました。モニカ様、マール様。どうぞ私のことは気軽に名前でお呼びください」
「……で、ではお言葉に甘えさせていただきます。レオナ様」
遠慮がちにそう言うモニカ様の横で、マール様も頷いている。
「本日は見せたい物があると伺って参りましたが……」
おずおずと話を切り出すマール様。椅子に座って対面していても小柄なせいで上目遣いになっており、その不安気な表情と相まってとても可愛らしい。
「えぇ、お二人にはこちらを差し上げます」
「これは……?」
「液体のようですが……」
ブリジットの時と同様に試供品を使用人たちから渡してもらう。二人のまじまじと試供品の瓶を見る目もそっくりだ。
「シャンプー、リンス、ヘアオイル、それに化粧水です。髪や肌の美しさを保つ為の物と言えば良いでしょうか、綺麗な御髪のお二人にも是非とも使っていただきたいと思いまして」
「まぁ! 確かにレオナ様の御髪が輝いていらっしゃるとは思っていましたが、このような物をお使いになられていたのですね……!」
「本当に頂戴してもよろしいのですか……?」
「もちろんです」
最初は盛大に売り出そうと思ったが、じわじわとお風呂の楽しさを広めていく方針に路線変更した。この世界はお風呂との付き合い方が少し違うので、突然売り出したところで手に取ってはもらえない可能性があるのだ。
これまでウェスター公爵領の貴族を中心に少しずつ広めてきたものを更に遠くまで広めていきたい。――そこで今回の二人の出番だ。
二人がこれらを気に入ってくれた暁には、モニカ様に国の北東側で、マール様に国の西側で宣伝してもらおうという腹積もりである。出身地だけでなく、二人ともとても綺麗な色の髪なので、宣伝効果も期待出来そうだという点も理由のひとつだ。
ちなみに王都の方では既にレベッカとミーティアに協力してもらっている。ただあちらでは殿下との関係を噂で聞いていても実際の面識すらないため信用してもらえず、中々手に取ってもらえないようだ。結局ハンターあがりの女男爵という立場は平民相手はともかく、貴族相手では大した武器にはならないということだろう。
「私もレオナのお陰でお風呂の時間がとても楽しいものになったの。きっと二人も同じようになるはずよ」
お風呂に入らない訳にもいかないけれど、既存の石鹸で髪がガサガサになるのは嫌だというジレンマを抱えていたブリジットも最近は目に見えて上機嫌で、妻の髪が綺麗になってパトリック様まで釣られて機嫌が良くなっている。そしてそれは更にヴィクトリア様やアルベルト閣下にまで波及していっているのだから面白い。
次期公爵夫人であるブリジットのお墨付きもあってか、モニカ様もマール様も目を輝かせて瓶を見つめている。
「私はもっとお風呂の良さ、楽しさを人々に伝えたいのです。なのでお気に召したらで結構ですので、お二人には宣伝にご協力いただきたいのです」
「協力だなんて、むしろこちらからお願いしたいくらいです!」
「その役目に選んでいただけて光栄です……!」
「ありがとうございます」
二人ともとても良い顔で協力を受け入れてくれた。やっぱり綺麗になりたいという気持ちは女性なら誰しも一緒なのだ。
私は心からの笑みで歓迎する。この二人とも仲良くなれそうだ。
「ねぇレオナ、今の口振りだと他にも楽しみ方を知っているってことよね? まだ教えてくれないの?」
私の言葉尻からまだ情報があると睨んでくるあたりは流石ブリジット、抜け目がない。今彼女の中で関心が高まっている事柄なのでとてもギラギラしている。
まぁ皆にお風呂好きになってもらうためにも、この場で教えてしまって構わないだろう。
「……じゃあ、しばらくは宣伝する人だけの内緒ね?」
「お二人とも、よろしいですわね!?」
『は、はい!』
ブリジットのもはや有無を言わさぬ確認に、大きく頷く二人。
私はまずは試供品の使い方を教え、そこからお風呂の効能の説明や、半身浴のやり方、お風呂に浮かべると薬用効果のある植物、湯上り後のストレッチのやり方などを時折注意事項を交えながらを教えていく――。
「――とりあえずこんなところかしら」
「あぁ……早く夜にならないかしら……」
ブリジットの呟いた切実な願いに思わず吹き出しそうになる。それは他の二人も同じだったようで、上品に口元を押さえながら微笑んでいる。
「うふふ。そのお気持ち、とてもわかります」
「私も今すぐ入りたいくらいです。こんな気持ちになったのは初めてかもしれません」
関心を持ってくれたのは素直に嬉しいけれど残念ながらまだ午前中だ、我慢してもらうしかない。この調子でお風呂を楽しみつつ綺麗になってもらえれば良い宣伝になるだろう。
「楽しんでいただけたようで何よりです」
「それにしても、レオナは良くそこまで色々知っているわね?」
多分本人にとっては素朴な疑問なのだろうそれに心臓が跳ねた。これから話す気もないのに大盤振る舞いし過ぎたようだ。
「両親にも長風呂だって言われていたぐらい生まれつきお風呂が好きなのよ。それにハンターは身体が資本だから健康には人一倍関心があって、好きな物に関連付けて調べた結果なの。平民はお風呂に入る習慣がないし、貴族も嫌々入ってる人が多いだろうから結構盲点だったんじゃないかしら?」
私は慌ててそれらしい理由を並べ立てる。
もしこれで納得してもらえなかったらどうしよう。この知識の元になっている前世の記憶のことは未だに誰にも話していないけれど、ブリジットになら話しても大丈夫なのだろうか。
……いや、流石に突拍子が無さ過ぎて信じてもらえないか。
私は心の中で納得してくれと必死に祈る。視線から何を読み取られるかもわからないので、ブリジットの顔を見れなくて他の二人の方を見て誤魔化しながら。
「……言われてみればそうね。私もお風呂とはそういうものだと割り切っていて、今まで特別に関心を持ったことはなかったもの」
ブリジットはそうやっていつものように冷静に理解を示してカップに口を付けた。こちらの願いが通じたのか、それとも何かを隠しているのに気付きつつも引いてくれたのか、とりあえずこの場では納得はしてもらえる流れになって私は胸を撫でおろした。
(危ないあぶない……みんな喜んでくれるものだから調子に乗り過ぎたわ……)
「レオナ様はS級ハンターなのですよね? 普段はどのように過ごされているのですか? 私、ハンターについては詳しくなくて……」
するとマール様がおずおずと別の話題を振ってくれた。正直とても有難い。公爵家の方々ですらハンターについては深く知らなかったくらいなのだから、そんなに申し訳なさそうにしなくても良いのに……。
「うん? そうね……最近は商会を設立するのでゴタゴタしていたけれど、基本的にはここと王都の騎士団で訓練の指南役を務めながら騎士団から頼まれる任務をこなしたり、ギルドの依頼をこなしたりしています」
「私もたまに城の窓から訓練の様子を覗いているの。レオナは本当に強くて、そしてその姿は誰よりも美しくて格好良いのよ……」
横からのまさかの援護射撃に思わずブリジットの方を向くと、また艶のある意地悪な視線を向けられていた。かぁっと顔が熱くなり、つい下を向いてしまう。
(これってロベルトの時の仕返しかしら……)
凄く恥ずかしいけれど、それでもさっきのやり取りのせいで何か心理的に距離を取られてしまったりはしていないだけずっと良い。
そんな私たちを見て、その白い頬を赤く染めるマール様。
「それは素敵ですね……私もいつかその様子を一目見てみたいです……」
「もうすぐ次の訓練の日よねレオナ? 見学させてあげたらどう?」
「えぇ、三日後で良ければ」
ブリジットもこう言っているし、騎士団もダメということはないだろう。
しかしマール様の表情はいかにも気まずそうなものになっている。もしかして社交辞令を真に受けたせいで困らせてしまっただろうか。
「実は明日にはこちらを発って王都に向かう予定でして……申し訳ございません……」
どうやらここまですぐに実現するとは思っていなかったようだ。まぁ「いつか」と言っていたぐらいだ。
「――あら、王都ですか? あちらではどれほど?」
「親戚の元で一週間ほど過ごす予定です」
「それなら丁度向こうの騎士団での訓練をお見せ出来そうですよ。王国騎士団に話を通しておきましょうか?」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「王都ということは、殿下ともお逢いになるのですか? それなら私も王都で見学させていただこうかしら」
「執務の合間を縫って訓練に参加されたりしますので……まぁ……」
すると喜んでいるマリー様を見て何故か恋バナの匂いを嗅ぎ取ったらしいモニカ様まで乗っかってきた。話で聞くだけでは飽き足らずに行動に移すその原動力は一体何処から湧いてくるのだろう、不思議だ……。
まぁ増える分には問題ない。私はあくまでお仕事として騎士団に行くだけなのだから。殿下がそれをどう思っているかまではわからないけども。
「モニカ様も希望されるのであれば構いませんよ。それではマール様と同じ日時でよろしいですね?」
「はい、よろしくお願い致します!」
「ふふっ、お風呂以外にもまた楽しみがひとつ増えました!」
とはいえただ見学が増えるだけの話だし、純粋に楽しんでもらえば良いだろう。
この時はマール様の嬉しそうな様子を眺めながら、そう考えていた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ウェスター騎士団での訓練を終えた私は、先に出発した二人を追いかける形で王都へと向かった。
そして王国騎士団での指導の初日、ずらりと並んだ騎士たちの前に立っていつもの挨拶をする。この流れ自体はもう慣れたものだ。初めのうちは殿下や総長閣下が付き添ってくれていたのも今では私一人に任されるようになり、二人の姿を見ることはなくなった。
「本日はご令嬢がお二人、訓練の見学に来て下さっているが、お目当てはお前たちではないので浮かれて羽目を外さぬよう、くれぐれも注意するように!」
私の忠告に笑いが起こり、それでも話を聞かないお馬鹿な奴らが「おおっ……!」と上の階にある、見学用に作られている席に座っているモニカ様とマール様の姿を見つけて期待の声を上げている。
「それではまずはC組の状況から確認する! A組とB組はそれが終わるまで各自で訓練を開始しなさい!」
そう言って騎士たちを引き連れ、いつものスペースで訓練を開始する。最初にC組からB組に上がる者がいないか確認するのも、もう大半がB組になっているのでそう時間は掛からない。この調子でいけばいずれA組も増えてくるだろう。
ウィリアムやハロルドは遂にA組入りを果たした。ただ元々考えていた通りに身体強化の出力を上げて戦うだけなのも代わり映えがしなくて面白くないので、A組の訓練方法は二対一で戦う形式に変更してみた。これは二人の連携の訓練にもなるし、相手をする私の方も出力を高め過ぎなければとても良い刺激になったので、我ながら良い判断だったと思っている。
「一丁前にご令嬢方を意識していつもより動きがぎこちない者が多いぞ! 情けない姿を見られたくなかったらもっと集中しろ!」
「自分でもわかってますから言わないでくださいよ!」
「クソッ! 今日の教官殿は本当に容赦ないな……!」
こんな調子で令嬢二人が見ていようと構わず、普段通りに騎士たちに檄を飛ばしながら訓練を続けた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
昼の休憩時間になり、私は二人のいる見学席へと向かった。折角なのでレベッカやミーティアとも一緒だ。
「騎士団の訓練はいかがでしたか?」
「失礼ながら……私の想像の百倍はレオナ様が強かったです……」
モニカ様は頬に手を当てて少し恥ずかしそうにしている。
「ブリジット様がああ仰っていたのも納得ですね……。勇ましくて美しくて格好良かったです」
マール様はそんなモニカ様を見て苦笑いしながら、真っすぐに褒めてくれる。
「あはは……楽しんでいただけたのなら良かったです」
「それで、あの……つかぬことをお伺いしますが……」
すると何やらもじもじしながら、とても控えめに尋ねてくるマール様。
「はい、何でしょう?」
「レオナ様が一対二で戦っていた、金髪の男性騎士の方はどちら様でしょうか?」
「金髪の方であればハロルドですね。家名は……何だったっけ?」
ついど忘れして横に立つミーティアの方を向きながら尋ねると、彼女に呆れ顔向けられてしまう。
「ハロルド・フリュール。ここ王都にあるフリュール子爵家の次男ですよ」
「そうだフリュールだ……。で、そのハロルドが何か……?」
そこまで聞いても、顔を赤くしたままもじもじしているマール様。その様子を見てここで一つの可能性が浮かび上がってしまう。
(え、これってまさか……!?)
咄嗟にミーティアやレベッカの方を見ると、どうやら私と同じことを考えていたようで、あちらも少し頬を染めながら「まさか」という顔でこちらを見ていた。
「ハロルド様と……あの……少しお話させていただくことは出来ませんか……?」
『ええっ!?』
「きゃあ~~~~~!」
突然降って湧いた恋バナに、私たちの驚きの声と共にモニカ様の歓喜の声が見学席じゅうに響き渡った。




