08.初めてのお友達
「――では、ここで暫く待っていてくれたまえ。ゆっくり寛いでくれたらいい」
そう言われて案内されたのは二階の正面にあるホールだった。
白いクロスの掛かった丸いテーブルの他に長いテーブルが中央に置いてあり、私たちの入室に合わせて豪華な料理が次々と並べられていく。とても美味しそうだ。
しかし流石にまだ他の招待客すら来ていないのに真っ先にそれらに食いついてしまってはお行儀が悪いどころではない。みんな早く来て。
奥には中庭を眺められる広いテラスと、その両端から中庭へと降りられる階段が伸びていた。その中庭の中心付近には大きな直方体の枠が組まれており、白い布が張られている。
「大きいわねぇ……あれがそのお披露目される魔物かしら?」
お母様は早くも興味津々だ。本当に魔物であれば体長十メートルはあるそれは確かに異様な存在感を放っている。
しかし倒してからそこそこ日数が経っているのだから腐っているのではないか。それとも既に博物館にありそうな骨の標本みたいになっているのだろうか。
そんな調子で布の向こう側へのイメージを膨らませていると、背後の入り口からぞろぞろと集団が入ってきた。先頭は私と同じ年頃の、爽やかな銀髪に深い青色の瞳をした少年だ。
その集団を見た両親はすぐさま挨拶へ向かったので、私も慌ててその後を追いかける。
「これはこれはクリストファー殿下、ご機嫌麗しゅう」
「…………バーグマン伯爵、其方も元気そうで何よりだ」
今、お父様の名前を思い出すのに少し時間が掛かったこの少年が王太子、つまり第一王子であるクリストファー・スヴァール・ローザリア殿下だ。
国王は二男一女をもうけており、その一番上がクリストファー殿下である。
どうやら今回の視察は学園や騎士団に入る前の社会勉強らしい。私が昨日王族の馬車を見かけたと伝えると、お父様はすぐにそのように解釈していた。聴取や魔物の素材の受け取りといった主だった手続きは同伴している文官が担当するのだろうと。
次期国王候補である王太子は成人してからしばらくは王国騎士団のとある団長の地位に就き、そこで武勲をあげることが王位継承の条件となっているという。
武勲といっても人間同士の戦いではなく強力な魔物を討伐することを指すらしく、現国王もブルードラゴンという最上級の魔物を討伐して王位を継承したのだとか。長い間魔物と戦ってきた歴史を持つ国ならではのしきたりといった感じだ。
なので病弱だったりしてそれが出来ないような王太子の場合は、弟たちに譲らざるを得なかったりといった事例もあるそうな。私は魔物と戦いたくないから魔力を隠して生きるけれど、生まれながらにして戦うことを周囲から期待されている殿下に少し同情しなくもない。
まぁ本人がそれについてどう思っているのかは知らないので余計なお世話かもしれないけれど……。
「お初にお目にかかります、クリストファー殿下。ヘンリー・クローヴェルの娘、レナ・クローヴェルと申します。以後お見知りおきを」
(今日はあと何回この挨拶をするのかしら……)
そんなどうでも良いことを考えながら、両親に続いて私も王太子様に挨拶をする。
そこまでは良かったのだけれど、挨拶を受けた王太子様は何故か目をぱちくりとさせている。
(あれ、挨拶の仕方を間違えたかな? でも侯爵様の時と一緒のはずだけど……)
「娘は殿下と同じ八歳ですからいずれ学園でもご一緒することになるでしょう。どうか今から仲良くしてやってください」
流石に王太子様に失礼があるのはよろしくないぞと私が不安になっていると、お父様がすかさずフォローに入ってくれる。
「え、あぁ。……よろしく」
対して王太子様の反応がどうも鈍い。表情を見ても嫌われているようには思えないので、ある可能性が頭の中にチラつく。
(まさかそんなことはないわよね……。前世だって小学校時代にはそういうのはなかったわけだし……)
そうこうしている内に他の招待客が続々と到着し、王太子様に挨拶していく。私たちは一旦その場を離れて王太子様との挨拶が終わった方々と挨拶していく形になる。
挨拶を一通り終えた頃には会場は大勢の招待客で賑わっていた。
「レナさん」
すると端の方で一息ついていた私たちの元に、同じ年頃の女の子が一人やってきた。
こげ茶色のボブヘアーに、金色の瞳、赤いドレスと頭のリボンが可愛らしい、ルデン侯爵のお孫さんであるブリジット・ネフラン様だ。
さっき次期領主夫妻やご兄弟と一緒に挨拶をしたところなのだけれど、一体どうしたのだろうか。
「あらブリジット様、いかがなさいました?」
「この後一緒に魔物を見学しませんか? 同年代の女の子を集めて一緒に見て回ろうと思っていたのですけれど、他の方は体調不良での欠席などで、どうやら今日は私たちだけみたいなの」
「そういうことでしたら喜んで!」
私は微笑んで受け入れると、ブリジット様の表情がぱっと明るくなった。するとそこにお母様が心配した様子で話に入ってきた。
「ブリジット様がレナとお友達になって下さるのはとっても嬉しいのですが、お一人で動き回られてはご両親が心配されませんか……?」
お母様のその保護者ならではの視点に思わず感心する私。
「それでしたら、ここはうちの敷地内ですし警備の者も常に見ていてくれているので、よほど変な行動をしなければ大丈夫です。お父様からも許可は得ています」
「それなら安心ですね」
ブリジット様のキッチリしっかりとした返答にお母様もにっこりと頷いている。そして続けて私に耳打ちしてきた。
「もし何かあったらバレない範囲で守ってあげてね! 相手は侯爵家のお嬢様なんだから」
「そんなことは滅多に無いと思いますけど……わかりました」
「……?」
満足そうに頷くお母様から視線を正面に戻すと、ブリジット様が不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「いえ、こちらの話です」
すかさず笑顔で誤魔化した直後、侯爵様の楽しげな声が会場に響いた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「本日は我がお披露目パーティにお集まりいただき感謝いたします」
声のした方向、中庭の見える広いテラスに立つ侯爵様に会場の視線が集中する。手に持っているマイクのような物はたぶん拡声用の魔道具だ。
「今回の新種の魔物は突如樹海から姿を現し、街の中へ侵入しようとその巨体で門に体当たりを始めたのです。騎士たちがそれを阻止すべく応戦し、何とか討伐に成功致しました。ここまでの大物は過去にも確認されておりませんし、近年魔物が活発化しているという報告がありますから恐らくはその影響なのでしょう」
解説しながら侯爵様は脇の階段を使って中庭へ降りていく。同時に使用人たちがそれまで侯爵様のいたテラスの方へと私たちを誘導し始める。
「新種の発見と討伐の褒美として国から命名権を頂戴しましたので、この地とその外見から『フォレストドラゴン』と名付けさせていただきました。これより皆様にご覧いただきますので、どうぞテラスの前の方へお進みください!」
ホールからどんどん人がテラスの方へと移動していく。とはいえ中庭を見下ろせないといけないので、テラスの人は前から二・三列分くらいで後は両脇の階段の手すり沿いに並んでいる。
私たちは出遅れたせいで階段を降りはしていないものの、後ろの方の微妙な位置になってしまった。
「よろしいですかな? ……よし、布を外せ!」
侯爵様がそう号令を掛けるとその瞬間、会場に大きなどよめきが走った。あの布が取り外されて魔物の姿が露になったようだ。
(ん~! 見えない~!)
しかし今の立ち位置と身長的に私にはそれが見えず、会場の雰囲気に出遅れてしまった。
それに少しだけ苛立ちながら他の招待客を掻き分けてテラスの前の方を目指して移動していく。レディとしてとてもはしたない行為だけれど、子供のすることなのでどうか許して欲しい。
そうしてようやく視界に捉えられたその魔物の姿は骨などではなく、大きな損傷も見られない綺麗な死体だった。
体長十メートル、幅や高さは四メートルぐらいの四足歩行で、立派な背中の甲羅の縁には横向きの棘がずらりと並んでいる。尻尾も棘だらけだ。頭には水牛のような左右の角と、正面にサイのような大きくて立派な一本角。顔はワニというか、確かにドラゴンって言いたくなるような怖い顔をしている。
一言で言ってしまうと「物凄く大きくて、強そうな陸亀」という感じだった。甲羅のインパクトが強すぎて亀以外の感想が出てこない。
「この巨体と、頑強な甲羅、鋭い棘に我が騎士団も大変苦戦させられました。この街の自慢の門も破壊されるのではと危機感を抱いたほどです。さぁさぁ、ご興味のある方はもっと近くでご覧ください! ただし、死体ですので近くに来られた際は少々臭いがします。それだけはあらかじめご了承いただきますようお願い致します」
それを聞いた招待客の中から何人もの人が階段を降りていく。みんな男性ばかりだ。やはりこういうのは男性の方が好奇心が旺盛なのだろう。あと女性は臭いを嫌がっているのも大きいと思う。
テラスから中庭へと人が移動したことで密度が減り、少し窮屈さが軽減されたところで突然袖をくいっと引かれた。振り向くとブリジット様がこちらを見ていた。
「レナさん、私たちも近くで見に行ってみましょう?」
そう言ってきらきらとその金色の瞳を輝かせているブリジット様はとても可愛らしい。好奇心が旺盛なのは男性に限った話ではないということか。
「えぇ、行きましょう。――お父様、二人で見に行ってきてもいいですか?」
いつの間にか結構近くまできていた両親に一応確認を取る。
「僕たちはここで見ているから行ってくるといいよ。ここからなら二人の姿も良く見えるだろうからね」
「階段があるから足元には気を付けるのよ~」
無事オーケーをもらえたので一安心だ。
「こっちよ!」
ブリジット様が何事もないように私の手を取る。その子供特有の温かくて潤いのある柔らかな手に引かれて彼女の後をついていく。
そのまま侯爵様の孫娘だと気付いて避けてくれている招待客の間を縫うように移動し、テラスの端にある階段を下り始める。
「お父様もお爺様も『お披露目の日まで内緒だ』っなんて言って全く見せてくれなかったの。私だけ仲間外れよ! だから今日はそのぶんしっかり見てやるんだから!」
ぷりぷり怒りながら一緒に階段を降りるブリジット様。きっと侯爵様たちも驚かせたかったんだろうなと思うと他所のご家庭のことながらほっこりしてしまい、その微笑ましさに思わず笑みが零れてしまう。
「ふふ……」
「……? レナさん、どうしましたの?」
「いえ、ブリジット様はご家族に愛されていらっしゃいますね」
私が変わらず微笑みながらそう言うと、ブリジット様の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「そっ……そんなことないですったら、もう!」
そう否定しながらも、階段を降りるスピードが速くなり、私の手を握っているその温かな手は更に熱を持ち始めている。
ブリジット様の挨拶の時の侯爵令嬢らしいキリッとした雰囲気と、今のこの可愛らしさのギャップに私は心の中で悶えていた。