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72.変装(クリストファー視点)

第四章に入りましたが、もうしばらくクリストファー視点が続きます。全三話です。

「失礼します、ダードリー卿」


 ハロルドが王立魔法研究所の最も奥まった場所にある研究室のドアを返事も待たずに開ける。一見するとあまりにも行儀の悪い行動なのだが、一度でもここを訪れた経験のある者は皆こうなる。無論、俺もそれを咎める気など全くない。


「相変わらず汚い部屋っすね……」


 さっそく部屋の主に聞こえないように小声でぼやき始めたハロルド。彼の言う通り、この研究室の床や机には資料が散乱しており、その上には更に大量の魔道具や魔石が転がっていて足の踏み場もない状態なので無理もない。前回ここを訪れた時からまったく改善されておらず、俺としてはこのような環境で本当に研究が出来るのか甚だ疑問である。


「研究者というのは皆こういうものなのか?」


「他の研究室を見たことがないのでなんとも……」


 そんな会話を小声で交わしながら、そろりそろりと可能な限り床の物を踏まないように進む。すると、ようやく研究室の最奥で目的の人物の姿を見つけた。


「ダードリー卿」


 ……しかし集中しているのか、ハロルドの呼び掛けにも反応がない。


「ダードリー卿!!!!」


「……ん? おぉ! 王太子殿下、ハロルド殿、よくぞおいで下さいました!」


 ようやく反応したと思えばこれだ。彼から放たれるほんわかとした雰囲気に毒気を抜かれてしまう。


 彼、ヴィルヘルム・ダードリー男爵はクローヴェル卿と同じS級ハンターである。もっとも彼女とは毛色が違い、純粋なハンターとしての腕前は極々平凡だと聞いている。もうかれこれ二十年はこの研究所にいるので、もはや戦い方を忘れている可能性すらある。


 しかし魔法を扱える者の少ない平民でありながら、その魔道具に対する探究心は留まるところを知らず、この研究所に入って以降は凄まじい勢いで頭角を現し、今では貴族の研究者たちからも一目置かれる存在にまでなっている凄腕である。


 ハンター業と魔道具研究の二足のわらじで常に金欠だったようで、その日暮らしの生活から脱却して研究に没頭できるようになったことに心底満足しているらしい。基本的にはこのように腰が低く穏やかな気性だが、やはり研究者らしく変わったところも感じられる人物だ。


「いい加減、助手を付けたらどうなのだ?」


「はっはっは、魔法の研究に携わる者は皆貴族ですから私のような平民上がりに付きたいという者など居やしませんよ。かといってそこいらの平民を連れてきたところで研究の役には立ちませんから、これで良いのです」


 俺の苦言は軽く笑い飛ばされてしまった。彼なりの事情があるらしいとはいえ、ここを訪れる度にこのような手間を掛けさせられるのは正直勘弁して欲しいのだが……。こちらとしては研究室を掃除し、伝達役として我々との間に入ってくれる者がいるだけで充分役に立つではないかと思わずにはいられない。


「……まぁいい、本題に入ろう。例の魔道具について色々と判明したそうだが」


 俺とて歓談に来たのではない。ロートレック子爵令息らが入れ替わりの手段として用いていたという魔道具を押収し、彼に調べさせていたのだ。


「はい、こちらです」


 そう言ってヴィルヘルムは俺たちを唯一整頓されている……というよりただスペースが空けられている机の元へと案内する。その机の上には指輪がひとつだけ、ぽつんと置かれていた。


 彼は細かな銀色の装飾に怪しげな紫の宝石が光るそれをひょいと摘まみ上げる。


「これは一言で言いますと『変装の魔道具』です」


「変装の……」


「そうです。なりたい姿をイメージしながら魔力を込めると、魔力が供給されている間、身体の周りにその姿に見えるようにする魔法の膜を作り出すことが出来ます」


「これで部下にロートレック子爵令息の姿をイメージさせていたということですか……」


「話を伺った限りではそうなりますな」


 顎に手を当てながら興味深そうに指輪を覗き込むハロルド。見た目がかなり特徴的な子爵令息の影武者を作り出すにはただの変装では難しいとあの場にいた誰もが思っていたので、そういう意味では納得のいく話ではあった。


「それなりに癖のある魔道具ですがとても良く出来ていますよ。私も今回調べてみて唸りました」


「癖というのは?」


「あくまで元の姿を見えなくしたうえで作り出した幻を見せているだけというのがポイントですね。仮に自身より背の高い者に変装した場合は、実体より上の部分は触ろうにもすり抜けてしまいます」


 ということは逆に自身より背の低い人物に変装したとしたら、変装姿の頭上には触れることが出来る透明な実体が存在していることになるのだろうか。


「試してみても?」


「えぇ、どうぞお試しください」


 さっそくヴィルヘルムから受け取った指輪を右手の中指にはめて魔力を籠めてみる。


「……ぶっ!」


 そして続けて変装する姿を頭に思い描いた途端、何故かハロルドが噴き出した。


「殿下……。イメージがしやすいのはわかりますが、本人の居ない場所でやるのは少々行儀が悪いのでは?」


「ほぅ、これが殿下が夢中になっていると噂の女性ですか……。確かにお美しい方ですな」


 ――そう、俺は彼らの言う通りクローヴェル卿の姿をイメージしてみた。まだまだ彼女の内面については知らなくてはならないことは多いが、既に外見に関しては誰よりも上手に頭の中にその姿を思い描ける自信がある。現に彼らの反応を見るに変装は問題なく出来ているようだ。


「ハロルド、この姿での頭の先から上を探ってみてくれ」


「はっ!」


 ハロルドが掌を下に向け、手を水平にしてゆっくりと近づけてくる。俺の目線は変わらないが、そこが彼女の頭の高さなのだろう。手はちょうど俺の顎と唇の間あたりに触れる。


「おお……! 見えないですが、確かに触れる何かがありますね。位置的に殿下の顔の下半分のどこかだとは思いますが」


「唇の下あたりに触れたな。……ではこうするとどう見える?」


 そう言いながら今度は二人に背を向けて歩いてみる。足元に転がる物を避けながらそのまま壁まで進み、折り返してまた同じ位置に戻ってくると、ヴィルヘルムはともかく、ハロルドは何やら不満気な顔をしていた。


「ちゃんと歩いてはいます……が、歩き方は男性そのものですね。本物はもっと動きがしなやかで色っぽいので違和感が酷いです。クローヴェル卿のイメージを損ねるのでちゃんと真似てくださいよ……」


「無茶を言うな……」


 こちらの動きをキッチリと模倣するらしく、変装する相手との所作が違いすぎると違和感が生じてしまうようだ。……まぁそれについては普通の変装も同じか。


「この魔道具の凄いところはそのように本人の動きに連動してイメージした姿もちゃんと動くところです。目線なども自動で調整されるので、変装した本人と身長差があってもごく自然に見えるようになっています。かなり手の込んだ代物ですよこれは」


「これならば触れられたり、声を発したりしなければ早々バレることはないだろうな」


「喋るのも変声の魔道具があれば問題ないでしょう」


 貴族が身内以外と直接触れ合うなどそうあることではない。これではハロルドたちが子爵令息の入れ替わりを見破るのは難しかっただろう。


「やはり一度変装されてしまうと気付くのは難しいか?」


「大きく姿を変えているなら実際に触れてみるのが最も手っ取り早いですが、体格や服装はそのままに、髪型や肌の色、瞳の色、髪型など細かいところを変えただけの場合は困難極まるでしょうな。その場合は今のように言動の癖を見抜くか、魔道具の微弱な魔力を感じ取るくらいしか手はないかと……」


 そう言われて自然と指に嵌まった指輪に視線を落とす。そこからは微かに魔力が感じられるが、普段から抵抗の魔法などを使用している貴族が身に着けていると簡単に埋もれてしまいそうな程にか細いものだった。


「これは骨が折れそうですね……」


 ハロルドも厳しい表情を浮かべている。


「この魔道具について今回判明したのはそれだけではありません。これを使用させた子爵令息は行商人から購入したと供述していたそうですが、どうやらこれはフレーゼ王国で作られている物のようなのです」


「――なにっ!?」


 フレーゼ王国とは海を挟んで南東に位置する温暖な気候の友好国である。国民はそこに降り注ぐ太陽のように明るく陽気で、アルメリア教の信仰が特に篤いことでも知られている。俺も学園に在籍中、長期休暇のタイミングに社会勉強と称して連れていかれた。期間のほとんどは船旅の時間に取られてしまったが、それでも我が国との違いが多く、興味深かったのは良く覚えている。


「指輪の裏に『我らに母なる大地を与えたもうた女神を讃えよ』とありました。魔道具の内部に刻む魔法の刻印とは別にアルメリア教の祈りの言葉を刻み込むのがフレーゼ王国流なのです」


「それはつまり商人から他国に流出するほどに、あの国ではこれが流通し、蔓延っているということなのでは……」


「……その可能性が高いな」


 ハロルドは俺の懸念を見事に言い当てている。これは外交のリスクが跳ね上がったということを意味しているに他ならない。こんなものが当たり前に存在していてはあちらの人間が全く信用出来なくなってしまう。


「これでは国内も荒れているのではないか? 魔力の扱い方を知らない平民はともかく、貴族同士の騙し合いや闇討ちには打ってつけだ。それは王室とて例外ではないだろう」


「今のところ特にそのような話は聞いておりませんが、大いに有り得ますね……」


「今後の付き合いの為にも早急に調べさせた方が良さそうだな」


 俺はダードリー卿に向き直る。


「よくやってくれた。褒美は期待しておいてくれ」


「有難きお言葉でございます」


「この魔道具は持っていって大丈夫か? まだ調べ足りないなら構わないが」


「もう分析は終わっておりますのでお持ちいただいて結構ですよ。その気になれば作ることも出来ますが?」


 突然そんなことを言い出す彼に、今の話を聞いていなかったのかとぎょっとする。


「それは最低でもフレーゼ王国の調査が終わるまでは止めてくれ。下手をすると国が荒れかねない。それよりも急いでこの魔道具の微弱な魔力のみを検知して知らせる魔道具を作って欲しい」


「お任せください! はっはっは、腕が鳴りますな!」


 どうやら作られたものがその後どのように使われるのかといったことには一切関心がないようだ。とても危うい人物ではあるが、それも含めて管理するのが我々の仕事なのだから仕方がない。上手く手綱を握っていかねば。


(まったく……優秀過ぎるのも困り者だな)


「よろしく頼む。――では失礼する」


 俺は変装の魔道具を持ってハロルドと共に魔法研究所を後にした。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 続けて向かったのは王宮。国家間のやり取りに支障を来す恐れがあると判った以上、すぐに報告しなければならない。急ぎ足でやってきた執務室にはうんざりした顔をしながら嘆願書か何かの書類を睨んでいる父の姿があった。


「お忙しいところ申し訳ございません陛下。早急にお耳に入れたい事案が御座います」


「――む、其方が慌てているとは珍しいな。聞こう」


 心なしか嬉しそうに見えたのは気にしないようにして、ロートレック子爵令息から押収した変装の魔道具のその特徴、そしてその出所がフレーゼ王国だということを伝える。


「……確かにこれは危険だな。大至急、調査員をフレーゼ王国へと向かわせろ。その魔道具がどこで作られ、どこまで広がり、どのような影響をあの国で及ぼしているのか、徹底的に調べ上げるのだ!」


「はっ!」


「ヴィルヘルムにその場で探知用の魔道具の作製を指示したのも良い判断だ。あと現状で打てる手は、かの国から持ち込まれる品の検査の強化あたりか……」


 父上が言葉を発する度に、文官が一人、また一人と執務室から退室していく。大まかな指示を出すだけでこちらの意図を汲んで細かいところまで詰めるべく動いてくれるのだから頼もしい限りだ。


「ひとまずご苦労だった」


「畏れ入ります」


「ところで、もう一度変装の魔道具を使ってみてくれぬか?」


「はぁ……」


 説明の際に研究所の時と同様にクローヴェル卿の姿に変装してみせたのだが……求められた以上は仕方がない。もう一度指輪に魔力を籠める。


「ふむ……なにやら実物より胸が大きくないか?」


「と、突然何を言い出すのですか!? 洒落にならないのでやめてください!」


 慌てて指輪に籠めていた魔力を止めて元の姿に戻る。このやり取りが本人の耳に届いたらどうするつもりなのだ。外見だけを見て近づいてくる男たちに傷ついてきた彼女をそのような目で見たくない、本当に傷つけかねないのだから冗談でもやめて欲しい。そもそも彼女は元から十二分に豊満ではないか、大きくする必要がどこにあるというのか。


 俺は本気の抗議の意志を込めて父を中心に、この場にいる者全員を睨みつける。周囲も父上に乗りかかって笑いかけていたところだったので、誰もが慌てて表情を引き締めなおそうとしている。


「……冗談だ、冗談。で? 最近は上手くやれているのか?」


 流石にこちらの本気度が伝わったのか、何事もなかったかのように話題を変えてきた。ならば初めから言うなというのに。


「以前よりは理解も深まりましたし、距離も多少縮まったとは思います」


「なんだ、まだその程度か……もっと気張らんか。必死になれと言われたのだろう?」


「ですが四六時中引っ付いている訳にもいきませんし、人目もありますので……」


 彼女には彼女の生活があるのだし、俺の都合で振り回してばかりではいけない。これは『遠慮』というよりは『配慮』だと思うのだが、女性に対して必死な男というのはこういった配慮すらしないものなのだろうか。


 それに任務という大義名分がある状態でなら牽制の意味も込めて見せつけて回るのは構わないのだが、そうでない時に周囲を嗅ぎまわる姿を見られるのはいささか抵抗がある。かといってもう部下には任せられない。報告を受けただけで理解した気になってしまうのは危険である。


「自分で彼女との関係を周囲に盛大にバラしておいてまだそんなことを言っているのか?」


「うっ……」


「どれだけ女性の尻を追いかけている間抜けな王太子と言われようと、最終的に彼女に受け入れられれば一途な恋として美談になるだろうよ」


 身内に向けたものだとは到底思えない言い草である。追いかけているのは公然の事実ではあるし、最終的にはそのように語られそうなのも完全に否定は出来ないのが癪だが……。


「……あぁ、丁度いいものがあるではないか」


 不満を隠さずにいると父上が何やら思いついたらしく、ぽんと手を打った。


「そこまで世間体を気にするのであれば『それ』も活用して良いぞ」


「『それ』とは……?」


「其方が今指に付けている『それ』だ」


 父上は俺の指先で怪しく煌く魔道具を指差した。


「これは重要な押収品なのでは……」


「ヴィルヘルムは作れるとまで言ったのだろう? 我々はそれが必要になるほど欲深い人間ではないのでな。欲塗れの人間が使うのが丁度良かろうよ」


 人の恋愛感情をただの欲呼ばわりとは随分ではないかと思うが、実際これがあれば情報収集が捗りそうなのは確かだ。これ以上この場に居てもおちょくられるだけだろうし、いちいち言葉尻に噛みつくのも得策ではない。また気が変わられても困るので、さっさと行動に移すとしよう。 


「許可が下りるのであれば遠慮なく使わせていただきます。……それでは失礼します」


「――あぁ、一応忠告しておくが」


 身を翻し、出口の扉を開けたところで呼び止められる。


「いくら好きだといっても人としての一線は超えるなよ?」

『バタン!』


 返事などこれで充分だろう。


(父上め……いつか覚えていろよ……)


 必ず彼女と結ばれて王位を継承し、早々に隠居させてやる。


 俺はぐっと拳を握り込みながら、普段よりも大きな歩幅で自室へと急いだ。




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