71.今の君、未来の君(クリストファー視点)
「やはり参加していたかクローヴェル卿! 逢いたかったぞ!」
探し人を見つけたらしいラディウスはその巨体に自信を滾らせながら、のしのしと彼女へと近づいていく。
「まだ俺と結婚する気にはならないか?」
「あははは……」
(なっ!?)
「ラディウス・カーディル様!?」
ラディウスのまるで食事にでも誘うような、あまりにも軽いプロポーズの言葉に驚愕し、不本意ながらブライアンと大差ない反応をしてしまう。
(いくらなんでもアレで彼女を射止めるのは無理なのでは……苦笑いで済まされているではないか)
これは酷い。
彼のプロポーズがではない。
いやまぁアレはアレで酷いのだが、今回の俺の取った一連の行動の話だ。
(もしかして俺は良く調べもせず、アレに焦って自滅したのか……?)
これでは女性陣やハロルドを怒らせるのも当然だ。まさか自分がここまで冷静さを失って突っ走っていたとは……。
自身の馬鹿さ加減に思わず頭を抱えてしまう。
「その女は元平民ですよ!? 侯爵家の人間である貴方様がそのような者と釣り合うはずがありません!」
「そうです、どうせS級ハンターというのも嘘に違いない! どこぞの男を誑し込んだ金で爵位を買ったのでしょう!」
「何を言っている……? 彼女は今でこそハンターではあるが、元々は其方のところの前領主の家の出だぞ?」
『なぁ!?』
「……ッ!」
自身の愚かさに頭を抱えている間にも、あの男のお陰で状況が良くなっていく。階級が相当上の者でないと、こういった輩はまともに話を聞かないから面倒なものだ。
それにしても聞くに堪えない彼女への侮辱、よくも妄想だけでここまで頭の悪さを晒せるものだ。S級ハンターの認定に異を唱えるということは、すなわち王族の決定に異を唱えているのと同義だと理解しているのだろうか。……どうせ何も考えてはいないのだろうな。
「ヒッ……!」
俺が衝立の隙間から彼らを睨み付けていたところに使用人が不運にもやってきてしまい、声にならない悲鳴を上げる。そのお陰で俺はようやく頭に血が上りかけていたことにに気付き、冷静さを取り戻すことが出来た。
ひとまず使用人に視線と手の動きで怖がらせてしまったことを詫びておく。
(あのような小物をムキになって罰したところで、ああやって耐えている彼女が喜ぶはずもない。とにかく奴のお陰で彼女の前に出なくて済んだのだから、ここは素直に感謝せねば……)
彼女に感謝され、好感を得られる機会を譲るのは少々惜しいが、致し方あるまい。
「卿も何故侮られたままにしているのだ? このようなヒョロヒョロな男共など、その美しく圧倒的な力で思い知らせてやれば良かろうに」
驚いている奴らなど気にする様子もなく、不思議そうに彼女に尋ねるラディウス。
(いやいや、お前は一体何を言っているのだ……)
それが出来ないのがわかっていたから、こうやって其方が矢面に立ったのではないのか。このような場所で暴力に訴えて良いはずがないだろう。
もう滅茶苦茶だ。プロポーズといい、この男は俺の理解を超えている。張り合うだけ無駄な気がしてきた……。
流石にこれには彼女も呆れた表情を隠そうともしていない。
「いくら不快であろうと、ラディウス殿の様に私の逆鱗に触れてもいないのに、このような場所で実力行使など出来るはずがありませんよ。私とて赤子の手を捻るにも時と場所は選びます」
彼女がまともな感覚を持ってくれているのはとても喜ばしい。そのはずなのに、やり取りから仄かに香ってくる穏やかではない雰囲気は一体何なのか。
「ふははは、耳が痛いな! ……とまぁそういうことだ。其方らが今どのような相手を馬鹿にしているのか理解出来たのなら早く消えろ。でないと俺のように死に掛けることになるぞ」
脅し文句のつもりなのだろうが、まったく格好が付いていないではないか。しかも逆鱗だの死に掛けるだの、一体彼らの間には何があったというのか……。そんな物騒な単語が飛び交っておきながら何故そのように普通に喋っていられるのか、まるで理解出来ない。
こんなことならばプロポーズの件だけでなく、ウェスター騎士団での彼女の活動全般をもっとしっかりと調べておくべきだった。どう考えてもただ訓練をしていただけのはずがない。
無礼な男たちは無事追い払ってくれたものの、まさか今日はずっとこんな調子なのかと頭を痛めていると、そこに怒りの笑顔を顔に貼りつけたブリジットが現れ、ラディウスを連行していった。
彼女のこのあたりのバランス感覚は流石だ。……正直、とても助かった。
「……クローヴェル卿、少し良いだろうか?」
ようやく一息つけると思ったが、まだ終わりではなかった。ビリー・レガント伯爵令息がこの場に残っていたのだ。彼は連れの二人の無礼な態度について謝罪したいらしい。
俺はあの時二人を止めに入らなかった彼に憤りを感じていたが、それは彼女も同じだったようで、それに対する返答はなかなかに辛辣だ。
彼は『いばら姫』についての噂と前領主、つまり彼女の両親をどれだけ尊敬していたのかを語る。これについては現領主の息子である彼が前領主一族に関心を持っていたとしても別におかしな話ではない。
「それで、一体私にどのような関係が?」
「状況が状況なので、気を悪くしないでもらいたいのだが……私と共に、将来バーグマン領を経営していく気はないだろうか」
「それはつまり……」
「結婚しないか、ということだ。卿がまたバーグマン領の屋敷で暮らせるように」
(なるほど、そうきたか……)
これでも一応驚いてはいる。それでもラディウスのプロポーズに比べれば幾分理解しやすく、納得の行く話だった。彼やその両親は尊敬する前領主の娘を領地経営に舞い戻らせたいのだ。
……だが今ならわかる、このプロポーズは失敗するだろう。――それは何故か。
俺と同じだからだ。前領主の娘である彼女ばかりを見て、今の彼女を見てはいないから。
「……そのお気持ちだけいただいておきます」
案の定、彼女はプロポーズを断った。しかし俺の時のような呆れ果て冷たく突き放すような口調ではなく、懇切丁寧に自身の考えを言葉にしていく。
故郷に未練はなく、特段領地経営に携わりたいとは思わないこと。
両親のような幸せな恋愛結婚をして、幸せな家庭を築きたいこと。
憐みや同情といった感情は、自身の望む結婚には必要だと思わないこと。
「レガント家の皆様が私のことを気に掛けて下さったことには感謝しております。しかし私は過去のレナではなく、今の私を愛し、未来を共に歩んでくれる人を愛したいのです」
きっとこれは、愛はなくとも彼女のことを考えた末のプロポーズに対する、彼女なりの誠意なのだろう。
クローヴェル卿はブリジットが結婚する際に誰が結婚するかも知らなかったように、少し抜けている部分もあるものの、こと自身の恋愛や結婚に関しては驚くほどに相手の心情を的確に見抜き、理解する能力に長けている。
その彼女がここまで誠意を見せているということはつまり、今のプロポーズは俺のものよりも好印象だったということだ。それだけ俺のものが酷かったとも言えるが……。
だがこの程度で諦めてなどいられない。彼女はまだ誰の手も取っていないのだから、俺にもチャンスは残されているはずだ。
盗み聞きではあったが、確実に彼女の求める結婚というものが見えてきている。後はいかに早く、別の相手を見つけるよりも先に彼女の欲しい言葉を見つけられるかどうかに掛かっているだろう。
ミーティアを抱きしめたり、三人で笑い合ったりしている姿を眺めながら、俺は負けてなるものかと己を奮い立たせる。
「……想いを言葉にするって大事よね」
そんな中、突然彼女が独りぽつりと呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。しみじみと、噛み締めるように呟いた言葉なのだ、重要に決まっている。
(想いを言葉に……。プロポーズの言葉は当然だが、俺にまだ出来ていないことはないか……? 彼女に伝えていない言葉は……)
俺は必死に自らを振り返る。
これがきっと今後を左右する――直感的にそう思ったからだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
夜会も終盤になり、盛り上がりも落ち着いてきた。もう俺がこの衝立の後ろに隠れていられる時間もそう長くはない。あれ以降、彼女たちは特に男性と話すこともなく、いつもの三人でお喋りに興じている。お陰でライバルが増えなくて嬉しい反面、彼女の魅力をまだまだ理解していない男たちに俺は若干の苛立ちを覚えていた。
(我ながら我儘だな……)
思わず苦笑いが零れた。
彼女が絡む時だけ己の子供っぽい部分が表面化しているようで、なんともみっともない。相変わらず余裕が足りていないらしい。
もうあまり大きな動きのない会場を眺めながら、気持ちを落ち着かせる。
(このまま夜会は終わりを迎えるのだろうか……)
一応彼女の結婚観がより明確になったという収穫はあったものの、それ以外で彼女への理解が深まった部分は見受けられない。こんな調子では再びプロポーズ出来るのはいつになるのかもわからない。
このまま、また月に三日だけ騎士団で会うだけの無難なやり取りしか行わない関係が続いてしまうのではないか、急にそんな不安が襲ってきた。実際に有り得そうだから余計に不安なのだ。
その不安とまるで呼応するように、レベッカたちとの会話がひと段落したらしい彼女が立ち上がった。
(彼女が帰って、今日が終わってしまえばまた――――)
それが現実になりそうな、そんな気がした瞬間――自然と体が動いていた。
衝立から出た俺の姿を認めた周囲にどよめきが起こる。そこでようやく自分が今何をしているのかに気付いた。
(俺は何をやって……!? いや、もう遅いか……)
既に彼女に見つかってしまった。もう後戻りは出来ない。プロポーズの言葉をまだ贈ることが出来ないのなら、せめて今の想いを言葉にして伝えなくては……。
その一心で彼女の方へと歩を進める。
そうしていざ目の前まで来てみると、近くから見る彼女のドレス姿は衝立の向こう側から見るよりも遥かに輝いて見えた。
「……あぁ、やはり近くから見る君のドレス姿は美しいな」
「殿下、何故ここに……。あれ? むしろ何時から……?」
彼女は明らかに戸惑っている。普通こんな所に王太子が隠れているはずがないのだから、その疑問も当然だ。
「……すまない。君に合わせる顔がなくて、今の今まで隠れていた」
「隠れ……えぇっ!?」
彼女はまだ戸惑っている。しかしそれ以外に言いようがないのだ。
「ただ君に伝えたいことがある」
「何でしょう?」
「まずは君に……不甲斐ないプロポーズをしてしまったことを謝罪したい」
今の俺がまず真っ先にすべきことはこれだ。彼女の望むものから完全にかけ離れた、不誠実極まりないプロポーズ。周囲が誰も幸せになれない碌でもないものだった。……もっとも謝らないといけない相手は彼女だけではないのだが。
「あんなものはプロポーズとは呼べない。この一か月で頭を冷やし、痛感した」
それに気付かせてくれたのも、元はと言えばハロルドを寄越してくれた君だった。そうまでした価値があったと感じてもらわなければ。
「だが冷静になった今でも、君への想いは変わらない。だからもう一度チャンスが欲しい。俺が如何に今の君を愛し、未来の君と共に在りたいかを言葉にする為のチャンスを……!」
そしてこれが今の俺の素直な気持ちだ。君を諦めきれない、君に認められるためなら何でもしてみせるという、その意気込みを伝えたい。
気のせいかもしれないが、彼女が今の言葉に僅かに反応したような気がした。ほんの少しでも以前の俺とは違うというところを感じ取ってもらえると良いのだが……。
「――ひとつ、殿下は勘違いされていますね」
「勘違い……?」
少しの間を置いて、彼女がぽつりと呟いた。
いきなり一言目から拒絶はされなかったものの、「勘違い」という単語に俺は内心怯んでいた。また何か無意識の内に彼女を傷つけてしまっていたのではないかと気が気ではなかった。
「私は『いばら姫』ですよ? これまで数多くの殿方からナンパやプロポーズをされてきました。同じ方から何度も告白されることも日常茶飯事です」
「あ、あぁ……。君と再会する前からナンパ嫌いだと噂で聞いていたくらいだったな……」
ふとレッドドラゴンと戦う前に騎士たちがそんなことを話していたのを思い出す。忘れていた記憶が掘り返され、これまでに得た情報とすんなり組み合わさっていく。
(……そうか。彼女は告白され慣れているから、男たちの心情を見抜く能力もそれで培われたという訳だな。本人としては嬉しくもないだろうが……)
それはそれだけ碌でもないナンパやプロポーズばかりだったということでもある。ナンパ嫌いだと周囲からも噂されるほどに。大方一目惚れした俺のように彼女の内面を無視していたか、もしくはブライアンたちのように下心しかない下品なものだったのだろう。
『今の私を愛し、未来を共に歩んでくれる人を愛したいのです』
あの時ビリーに向けた言葉――ここにはもう外見がどうとか、地位がどうとか、そういった話は一切関係ないのではないか。
彼女の人柄を理解し、受け入れて傍に居られる男性を彼女は探し続けている。それが出来る相手であれば誰だろうと愛すると言っているように思えた。……そして二人で一緒に幸せな家庭を築こうと。
実際に王太子の地位にいる俺も断られたのだし、ラディウスやビリーに関しても容姿については一切言及していないのを考えるとその可能性は極めて高い。
人々の目を引く抜群の美貌を持ちながら、それによって周囲に振り回され、苦悩し、相手の容姿を一切考慮しなくなるなど、なんとも皮肉な話だ。
(人の内面を理解するというのはこういうことか……)
決してポジティブな内容ではないが、彼女という人間を構成する一要素として、理解が深まったのは間違いない。綺麗な部分だけを眺めるのではなく、そういう部分まで受け入れる度量が必要という訳か。
「そうです。一度の告白しか許さないような酷い女ではございません」
「それでは……!」
「……ですが、それは一般人相手での話です」
もう一度プロポーズしても良いと言ってくれたことに喜びを隠せずにいたが、間髪入れずに不穏な言葉で否定されてしまう。
(つまり貴族、いや王族の場合は許さないと!? もう俺は君を求めてはいけないのか!?)
一瞬にして絶望が俺の心を埋め尽くす。
……しかしこの後、彼女が口にした内容は思いも寄らないものだった。
「このような衆人環視のもとで堂々と話されてしまった以上、殿下のような立場のお方に何度も挑戦すれば良いというスタンスで軽々しくプロポーズされ続けるというのは、私の女としての社会的な価値に瑕がついてしまいます」
そこで俺は初めてハッとして周囲を見回した。参加者も使用人も、主催者であるブリジットですらも、この会場の人間全員がこちらに好奇の眼差しを向けている。
(俺は何ということを……!)
これでは彼女が王太子妃候補だと公に発表したようなものではないか。今の彼女の価値を知らずに、女男爵であることだけで安易にこれを相応しくないと反発する者が出てきてもおかしくない。もし排除や妨害の動きがあれば彼女に迷惑が掛かってしまう。
……物事に集中して視野が狭くなるのは俺の悪い癖だ。レッドドラゴンと対峙していた時もそう、一度目のプロポーズの時もそう、今も想いを言葉にすることばかりを考えてまるで周囲の状況が見えていなかった。
(「何が冷静になった」だ……まるで学習していないではないか……)
このような体たらくでは彼女に見限られてしまっても仕方がない。仕方がないのだが、一体これから俺はどう過ごせば良いのか……。彼女が他の男に取られるのを指を咥えて見ているしかないのだろうか。
「ですからあと一度だけ……です、殿下。もちろん今すぐにとは申しません」
しかし意外なことに彼女は面倒事が付きまとう俺を突き放したりせず、もう一度チャンスを与えてくれた。口元に人差し指を一本立てて、こちらを見つめる彼女の何と美しいことか。
「あぁ……! 必ず君の望む言葉を贈ると約束する! それまで待っていてくれ!」
「――あら、それまでの間に他の方からのプロポーズを受け付けないという意味であれば待つ気はありませんよ?」
「はっ!?」
このまま見守られながら今後に向けて勢いをつけて踏み出せると思ったのだが、更なる予想外の言葉で俺だけが置いてけぼりにされる。
その一方で彼女はとても楽しそうにその美しい深い赤の目を細めている。
「私が何を好み、何を嫌がり、何を大切にしてるのかを知り、そして私の求めるプロポーズの言葉が何なのかを……全てご自身で考えるのです。それを他の男性の手に渡る前に成し遂げなければならないのですから、頭の中を私以外のもので埋める余裕などありはしませんよ」
ゆっくりこちらへ近づいてくる彼女は、俺が想定していた距離感の更に内側まで躊躇なく入り込んでくる。
(ちょっ、ち……近い! 顔が近い!)
しかもそのまま吐息が掛かるほどの距離まで近づいてくるではないか。これには俺もぎょっとして、心臓が跳ねた。
俺がその気になればすぐにでも身体を引き寄せてその唇を奪ってしまえる距離感で、彼女はほんの少し身体を横に逸らせて耳元で囁いた。
「私の全てを理解し、愛してみせて下さい。それが出来た貴方の全てを私は受け入れ、愛してみせましょう。……もっと私に必死になって下さいませ? 殿下」
そう言い終わった彼女に顎を撫でられ、身体が硬直してしまう。
こちらに向けられる楽しそうな笑みは、見上げる潤んだ瞳と、ほんのり赤く染まった頬、艶のある唇と相まって、これまでに見たことのない彼女の大人の色気となって俺を魅了する。
普段は落ち着いた雰囲気の彼女がその気になればこれほどまでに妖艶になれるのだと、この時俺は初めて思い知らされたのだった。
「あ、あぁ……」
そのあまりの衝撃に言葉が出ず、まともに返事すら返せない。
「……最高のプロポーズを心待ちにしておりますわ」
そんな俺を満足げに眺めて彼女は離れていく。そしてレベッカやミーティアと並び立ち、こちらの様子を伺っている。隣の二人が頬を染めながら自分を見上げていることには気付いていないようだが。
(ハッ……! いかんいかん、このまま突っ立っているつもりか!?)
俺は顔を振り、両頬を叩いて浮ついた感情をリセットする。彼女は俺に必死になれと言ったのに、このまま何もせずに帰るようではこれまでと何も変わらない。
(ここは夜会の会場なのだ、それならば……!)
この場で出来ることで彼女への理解を深めてみようじゃないか。折角なのだから、その美しいドレス姿を間近で目に焼き付けさせてもらおう。
「早速だが、一曲付き合ってもらえるかな?」
「私、ダンスなんて久しぶりですから、きっと下手ですよ?」
「それでも構わないさ。『今の君』を知ることが出来るのなら」
「うぐ……!」
俺の手を取った彼女と一緒に周囲の視線が集まる中、会場の中心へと歩いてゆく。その動きはいつもの彼女よりも幾分ぎこちなく感じる。
先程も少し反応があったが、やはり気のせいではないようだ。俺が彼女のことを知ろうとする姿勢を見せるほど、彼女から余裕がなくなっていっているように思えた。
(もしかすると内面を理解されることを望んではいても、実際に行動に移された経験は少ないのではないか……?)
きっとそうに違いない。現にあの日夜景を見た時とそう変わらない距離感にも関わらず、明らかに落ち着きがない。あの時の淡々とした態度とは全く違う。
周囲を気にしてダンスに集中出来ていない彼女を少し揶揄ってみれば、周りも俺の顔も見れずに顔を真っ赤にして俯いてしまったではないか。
(あぁ、君はなんて可愛らしい人なのだ……!)
先程まで俺を翻弄していた彼女が今、羞恥に頬を染めながら小さくなって踊っている。これを可愛らしいと言わずに何と言うのか。
彼女の感情が大きく揺れる様を間近で見られて、頬が緩むのを抑えられない。たとえ足を踏まれようが全く気にならない。むしろ微笑ましくすらある。
俺は一目惚れしたあの日以上の感情が湧き出てくるのを確と感じ、この至福とも言える時間を存分に堪能する。それはこれまでの人生で最も充実した時間だったと胸を張って言える。
しかしどんなに素晴らしい時間も長くは続かないものだ。彼女と離れるのは名残惜しいが、あまり揶揄って嫌われてしまっては元も子もない。
「俺の我儘に付き合ってくれて感謝する。……なるほど、これが今の君のダンスか。やはり実際に踊ってみないとわからないものだな、勉強になったよ」
「未来の私もそうとは限りませんから……!」
俺の少し意地悪な感想にムキになって応える彼女もまた愛おしい。結構負けず嫌いな所もあるのではないだろうか。この調子であれば、きっとまたどこかで踊る機会があれば完璧に仕上げてくるだろう。
(あぁ、俺は今確かに彼女の内面の一部を知れたのかもしれないな……)
関心を持つというのがどういうことか身に染みてわかった。たった一度のダンスでこれだ。ならば彼女に関する知識と一緒に過ごす時間を増やせば、きっと次々と新しい彼女の一面が見えてくるに違いない。今から楽しみで仕方がない。
中には先程のように決してポジティブではないものもあるだろうが、それらも含めて彼女の全てを理解して受け入れてみせよう。
これまでにない気付きを得た俺は満足し、会場を後にした。
俺が帰った後、あの場にいた貴族男性がこぞって彼女にダンスを申し込んだと後日耳にした。だがそれを聞いたところで焦りはしない。
もう他の男になど負ける気がしない。
彼女を愛し、そして愛されるのはこの俺だ。
これにて第三章終了です。次の話から第四章が始まります。
王太子を筆頭とした王族と少しずつ互いの理解が深まっていく過程と、主人公の行動によってローザリアを取り巻く状況が変化していく様をお楽しみ下さい。
ここまでで少しでも面白いと感じていただけましたら、
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とても励みになります。




