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07.初めてのお出かけ

 月日が流れるのは早いもので、あの家族での話し合いからもう一年が経った。剣術も、魔法も、勉強も、どれも順調に進んでいると思う。


 剣術は今では素振りだけでは終わらず、対面で直接剣を見てもらえるようになっている。警備隊長さんは屋敷の警備員さんたちを纏めているだけあってとても強く、現時点ではまったく歯が立たない。


 筋力も、技術も、経験も向こうの方が遥かに上なのだから当然といえば当然なのだけれど、お陰でこの人とまともに戦えるようになりたいというわかりやすい目標が出来た。


 それに稽古中に魔法を使わないよう決めたのは我ながら良い判断だったと思う。魔力量以外は他人と何も変わらないただの美少女なのだということを忘れずにいられるから――。




 その一方で最近の魔法の授業は殆ど自習に近い形になっている。


 ホルガー先生は魔法を使う時には横で見ていてくれるし、質問があれば答えてくれる。時には一緒になって考えてもくれるけれど、あくまで補助という感じ。


 最近は主に身体強化の魔法をガンガン使って動き回りながら他の魔法を使う練習をしている。普段とは違う身体の動きや感覚に慣れて、より自然に行動出来るようにしたいからだ。


 決してオリジナルの魔法を考えるのが思っていた以上に上手くいかなかったからではない。


 それにしても私の魔力は未だに底が見えず、いくら使っても魔力切れの兆候など一向に現れる気配がない。私に何故こんなに魔力があるのかなんてわからないけれど、あるものを使わないなんて勿体ないので、割り切って眠る時以外は全力で消費するようにしている。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そんなお嬢様らしい(?)日々を過ごしていたある日のこと――。


「ルデン侯爵のお城でパーティ?」


 私は自室でポムのお腹を撫でまわしながら、声の主の方へと顔を上げる。視線の先にいる侍女のアンナがお父様宛ての手紙を手にしていた。


「はい。なんでも樹海から新種の強力な魔物が現れて、それを王国騎士団ではなくルデン侯爵の擁する騎士団が討伐したとかで、王都からの視察にあわせてお披露目パーティを開くのだそうです」


 ルデン侯爵領はここバーグマン伯爵領の南に面していて、人が生活する範囲はうちの領地とも広さはさして変わらないものの、その約十倍もの広さの人の手の届かない未開の樹海を抱えているとても大きな領地だ。


 樹海は大量の魔物が蔓延る危険な場所で、未だにその全容は明らかになっていない。人の手に余るそれを全て押し付けられている可哀そうな領地と言えなくもない。


 ちなみにルデン侯爵の城のある町は樹海や中央山脈よりもこちら側にあるので田舎仲間である。


「ふーん……。それでお父様たちが参加するのに私も付いて来いって?」


「『顔繋ぎの場として活用しなさい』とのことです」


 必要なことなんだろうけれど、正直なところ全然興味が湧いてこない。それなら屋敷で訓練していた方が絶対楽しいし後々のためになると思う。


 どうやら考えていたことが表情に思いきり出ていたようで、アンナに溜め息を吐かれてしまう。


「社交だって『完全無欠のレディ』には欠かせないものですよ?」


「またそれを……」


 今度は私がため息を吐く番である。以前私が剣術の稽古を受けたいがために捻りだした言葉が今、私に剣術と魔法『以外』のことをさせるための言葉として猛威を振るっているのだ。完全な自業自得だとはわかっていても面白くない。とはいえ断る理由は特に思いつかないのが悲しいところ。


「もう、わかったわよ! 完全無欠のレディになったら覚えてなさいよね!」


 実際に何かされるとは微塵も考えていないのだろう、アンナは満足げに頷いている。


(くそぅ…いつか見てなさいよ……!)


 具体的なプランなんて何もないけれど、いつか絶対ビッグになって驚かせてやるんだから。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そして私は今、両親と一緒に馬車に揺られている。確かに社交の場には興味がないけれど、よくよく考えれば屋敷から外に出たことはないのだし、純粋に外の世界には興味はあると気付いたのだ。……そんな単純なことに気付くのが遅れるくらいには屋敷での箱入りっぷりに磨きがかかっていたともいえる。


「レナはずっと外を見ているね。そんなに楽しいかい?」


 馬車の窓を開け、縁に手を着いて外を眺める私にお父様が声を掛けてきた。馬車内に顔を向けると風がこれまでとは反対側の頬を優しく撫で始める。


「はい、屋敷からでは見られない風景ならもう何でも楽しいかもしれないです」


 前世で済んでいた地域は都市部だったので、この延々と続く田園風景はただ眺めているだけでも案外飽きないものだった。


「良い気分転換になっているなら嬉しいよ。普段は安全の為とはいえ屋敷に押し込めてしまっているからね」


 お父様は申し訳なさそうにそう言うけれど、私は首を振って否定する。


「屋敷が嫌だと思ったことは一度もないですから気にしないでください。それに、それは恵まれているんだってことも理解しているつもりです」


 広い屋敷に住み、毎日綺麗な服を着て、美味しいご飯も食べられて、これだけ家庭内で充実した教育を受けられて、学園への入学も決まっているなんて恵まれているに決まっている。


 実際イングラードの街中では私と同じくらいの歳でお店や家の手伝いをして働いている子供たちを何人も見かけた。多分それだってまだ良い方で、私の知らない場所ではもっと酷い環境で過ごしている子供だっているだろう。これで文句を言っては罰が当たる。


「そうかい? レナは本当にお利口でこっちも助かっているよ」


「普段すごく頑張ってるんだから、たまには我儘を言ってくれたって良いのよ~? 何か欲しい物とか、して欲しいことはない?」


「そう言われても……」


 あまりに突然のことにうーんと唸っても、すぐに何かアイディアが出て来る気配はない。そんな私を見て両親は笑っている。


「まぁ何か思いついたら遠慮なく言ってみなさい。僕としてはレナのお願いなら何でも叶えてあげたいからね」


「――あら、私のお願いは叶えてくれないのかしら?」


「もちろんシェーラもだけど……手加減はしてくれよ?」


 お母様がとても無邪気で可愛らしくて、そして悪い顔をしている。またこのパターンだ。本当に二人は仲が良いなと傍から見ていても思う。


 お母様がお願いを一つ挙げる毎に、顔色が悪くなっていくお父様を面白おかしく眺めているうちにルデン侯爵の城がある街、フュレムに到着した。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 フュレムは石造りの立派な外壁に囲われており、北側の入り口を抜けると真っすぐ南へと大通りが続いていて、通り沿いにお店が並んでいた。


 遥か南端には大きな門がそびえ立っていて、その周辺は砦のようになっているのが見える。


「あの門の向こうには樹海が広がっていて、魔物が入ってこないように町の南側はかなり警備が厳重になっているのさ」


「あそこの人たちが今回の新種の魔物を倒したのでしょうか」


「……そうかもしれないね。だからこそ皆安心して暮らしていられるのだろう」


 馬車の外を行き交う人々の表情は活気に満ちていた。騒がしいと言えなくもないけれど不思議と嫌な気分にはならず、むしろ元気をもらえるというか、自分も頑張ろうと前向きになれるというか……とにかく良い雰囲気の街だ。


 その大通りに面した高級そうな宿で一泊し、明日のパーティに備えることになった。


 しかしまだまだ日が高いので勿体なく感じた私は、お父様に許可をもらって街を歩いてみることにした。流石に馬車は飽きたので歩きたい。当然のように一人では許されなかったので、アンナと護衛数人が一緒だ。




 宿から順番に大通りの店を眺めながら、大きな十字路の南側に広がる市場へとやってくる。売られている食材に関しては見覚えのあるものばかりだけれど、このような露店で売られていること自体が新鮮だ。まるで前世のテレビで見た海外の市場のよう。


(それにこんなに人がたくさん……)


 スーパーやコンビニで淡々と買い物をするのとは違って、店の人とお客さんが対面でやり取りしているし、それどころか世間話で盛り上がっている。そんなお店が沢山集まっているのだからそれはもう騒がしい。でも皆楽しそうだし、ここにいるだけで私もなんだか楽しい気分になれる。


 ただ人ごみに慣れていないせいか、しばらくすると少し気分が悪くなってきた……。素直にアンナに伝えると、市場を出て十字路まで連れ戻されてしまう。


 休憩出来そうなベンチを見つけてくれたので座って休んでいると、目の前を豪華な馬車が通過して十字路を北から東に曲がっていく様子がたまたま目に入った。


「――あの紋章は王家のものですね。王都から視察が来るとは聞いていましたが、まさか王族の方が直々に来られるとは思いませんでした」


 私の視線の先に気付いたアンナがすぐに察して説明してくれる。


「王族かぁ……。明日パーティで挨拶しないといけないのよね、少し緊張するわ」


「お嬢様でしたら大丈夫ですよ」


「だといいのだけど……」


 ブレンダ先生から日々授業を受けているとはいえ不安なものは不安だ。国一番の権力者ともなれば場合によってはとんでもなく横暴な人たちかもしれないし、身分制度のあるこの世界ではパワハラなんて言葉も通用しないだろう。


 戦々恐々としながらしばらく休み、気分も楽になってきたので大人しく宿へと帰ることにする。


 護衛やアンナと連れ立って歩くその道すがら、少し気になったことを尋ねてみた。


「武器を持った人をちらほら見かけるけど、ただの警備の人とは違うわよね?」


「それは恐らくハンターですね。魔物と戦う平民です」


「やっぱりそうなのね。皆見た目もバラバラだし、騎士団って感じではないもの」


 街中を巡回している人たちは皆一様に清潔感のある赤と白の制服に身を包んでいる。おそらく彼らが騎士団の人間なのだろう。対して今挙げた人たちはどこか小汚い感じだ。


 ハンターといえば魔物についての授業に騎士団と一緒に登場したくらいなので、もうちょっとキッチリした職業なのだと勝手に思っていたけれど、彼らの見た目は完全にごろつきといって遜色ないようなものだった。


「戦いを生業にするだけあって荒くれ者が多いですから、あまりじろじろ見ないようにしてくださいね。ハンターが犯罪を起こすと罪が重くなるという制約はあるようですが、向こうが例え捕えられて死刑になろうと、お嬢様が怪我をされては取り返しがつきませんので」


 咄嗟に「怪我であれば治癒の魔法でいくらでも治せるよ」と口を衝いて出そうになるが、これはそういう話ではないだろうし、怒られたくはないので素直に頷いておく。


「えぇ、わかったわ。……でもそんな荒くれ者たちが本当に魔物と戦っているの?」


「ベテランになると魔物の専門家と呼べるくらいにはなるそうですよ。それまでは何でも屋みたいな側面が強いみたいです。一度町の外に出ると何をするにしても魔物が絡んできますから、偏にハンター業といっても様々な仕事があるのですよ」


「なるほどね~」


 確かにここに来るまでにも何度か魔物に襲撃されていて、護衛の人たちが倒しているのを私も見ていた。きっとウチのように自前で護衛を用意出来ない人々はハンターにお願いするのだろう。


 やはり色んなものを見て疑問を持つことはためになる。屋敷に帰ると勉強だ訓練だとついそればっかりになってしまうので、こういう機会に出歩いて正解だったかもしれない。


 その後はハンターたちを刺激しないように、はしたなくキョロキョロしすぎないように気を付けながら町を観察しつつ宿へと戻り、残りの時間を両親と一緒に過ごした。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 翌朝、パーティの時間より気持ち早めに宿を出発する。


 恐らく大した距離ではないだろうに、それでも馬車を利用しないといけないのは私としては少々面倒くさい。でも貴族が歩いて訪問してきたらきっと向こうもビックリしてしまうのだろう。


 既に見慣れた十字路を東に曲がった突き当りがルデン侯爵のお城だった。門番がこちらの身元を確認し、敷地内へと通される。


「うわぁ、立派なお庭……!」


「僕も何度か来ているけれど、本当に立派なお庭だよね。流石侯爵様だ」


 うちの倍以上はありそうな庭を進み、入り口で馬車が止まる。すると背が低くて丸っこい身体をした人懐こそうなおじさんが出てきて、両手を広げながら馬車へと近づいてきた。


「よく来てくれたヘンリー君! そしてそのご家族の方々」


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。まさか侯爵様直々にお出迎えいただけるとは……」


「其方らが一番乗りさ。お披露目が楽しみすぎて中で大人しく待っていられなかったわい。ワッハッハッハ!」」


 そう挨拶しながら握手を交わす二人。人懐こそうなおじさんって言っちゃったけど、まさか侯爵様ご本人だったとは……。


「お初にお目にかかります、アインドルフ・ネフラン閣下。ヘンリー・クローヴェルの娘、レナ・クローヴェルと申します。以後お見知りおきを」


 そういえばブレンダ先生からマナーを教わって初めての実践だ。先生の名誉のためにもキッチリとこなしてみせなければ。


 私の挨拶に対し、侯爵様はニッカリと笑みを返してくれた。


「良く来てくれたレナ君。今日は楽しんでいってくれたまえ!」


「はい! ありがとうございます!」


 侯爵なのだからきっと凄い人なんだろうけど、とても親しみやすそうな人で少しほっとする。なんせ初めて会う身分が上の貴族なのだ、もっと高圧的で恐ろしい人なのではと不安になるのも無理もないだろう。


「うむ! 流石伯爵のところのお嬢さんだ、よく教育が行き届いているな。夫人にも似て将来が楽しみじゃわい。ワッハッハッハ!」


「ありがとうございます。今回ご招待いただいたお礼にと、いくつかの贈り物をお持ち致しましたので、どうぞお納めください」


「おお、わざわざすまないな! 其方のところのワインが飲めるのなら魔物を退治した甲斐があったというものだ! こちらも後で何か良いものを贈るよう手配しておこう」


「畏れ入ります」


 なるほど、誰も乗っていないのに馬車が後ろにもう一台あったのはそのためか。領地間の、領主間の大人の付き合いというのはこういうものなのね。


 侯爵様は笑いながら手で合図を送り、すぐさま後ろに控える使用人たちが荷下ろしに動き出す。その様子を見て満足げに頷いた侯爵様はウキウキとした足取りで歩きだした。


「では会場に案内しよう!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] お屋敷から出て、市場を見てまわれたりとてもいい経験になりましたね(*'ω'*) ハンターが傭兵のようなちょっと荒くれ者のイメージですが、いつかこういう人たちとの接点もできるのかな(*'ω'…
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